百鬼夜行.9
ダンジョンへ入った僕達は、周囲の光景がいつもと違うことに気がついた。ーー上層の順路、そこに配置してあった灯りが全て壊されている。灯りが付いていたとしても薄暗かったダンジョン。今は入口からの光で何とか見える程度だ、奥は暗くて何も見えない。
「灯りを壊して、進行速度を遅くさせる様にしてるみたいだね」
「知恵が回る。リョウ、魔王は変異種と言っていたという話だが、本当にオーガの変異種なのかい?」
「多分ね」
勿論、中層域はほぼ未開の地と言っても過言じゃない。オーガ以外にも僕達が知らない何かが居て、その魔物が変異して……という可能性もあるんだけど。
今回、中央都市に侵攻してきているのはオーガだけ。ゴブリンやキラーバット、他の魔物は一体も見ていない。となれば、オーガに命令しているのは変異種となったオーガではないかと算段をつけた。
「それにしても、流石に視界が悪いなーーーー光の精よ、我が周囲を灯し御身を護りたまえ」
フルーラが詠唱をすると、フルーラの近くに光の球が出現した。その球を中心に辺り一面が光に照らされていく。元々順路にあった光源なんか非ではなく、日中かと思う程視界が開けた。
「……相変わらず凄いね」
「私の魔法は基本的に戦闘向きではないからね、こういう時にこそ使わないと」
フルーラは苦笑したが、これ程明るく出来るのも光属性に適正があるからだろう。僕も同じ系統を使うことは出来るけど、精々自分を照らすのがやっとだ。
すると、奥の方で咆哮が聞こえた。ゴブリンではない。近くまで行くと、二体のオーガがこちらへ向かい歩を進めていた。どちらも青色、手に棒状の岩を持っている。
「フルーラ、受けれるかい?」
「あぁ、試してみよう!」
こちらに気づいた二体が、走り込んできて武器を振りかぶった。フルーラが僕の前へ出て盾を構える。フルーラへ向けほぼ同時に放たれた攻撃を、盾に当たった瞬間、その衝撃を綺麗に受け流していた。オーガなんて殆ど対峙したことないだろうに、流石だね。僕はそれを見届けてから、一閃を放つ。青色は近接で一閃を放てば倒せるのは把握している。一体、また一体とオーガはその場に崩れ落ちた。そこから大きな魔石が生み出されていく、倒れたオーガの肉体はゆっくりと崩れ去った。
「良い盾だね。結構な衝撃のはずだったけど、歪んですらいない」
「最近、都市の外れに武具屋が出来たんだ。まだ名は知られていないようなんだけど、どれも一目で性能が良い物だと分かったよ」
この盾を見る限り、腕の良い職人の様だ。僕も今度お邪魔してみようかな。
「今度行ってみようかな、そっちの方は……うん、オーガが転がってるね」
腕が切断されている所を見ると、ゾマが倒したものだろう。なんで腕だけ切断するんだろうか、少しだけ気になった。
「……そういえば、都市に侵入したオーガは倒れたままだね。魔石を落とすどころか、身体が崩れていく様子は無さそう」
「確かに。肉体もそのままだったしね、後処理が大変そうだ」
なんか後処理も参加させられそうだけど……その辺は終わってから考えよう、師匠に押し付けて逃げてもいいな。僕は思考を切り替えて、フルーラを先頭にダンジョンの奥へと進んでいく。
「リョウ、すまない。私の進行に付き合わせて。風神の加護がある君なら、殆ど一瞬でいけるだろうに」
「そんな大層なものじゃないよ。それこそ、ダンジョン内や建物の中じゃ、フーさんの力は使えないんだ」
「そうなんだ?」
フーさんが力を貸してくれる条件は二つ。フーさんが乗り気であること、それと、屋外にいること。屋内にも加護自体は届けられるみたいだけど、繊細さを要求される様で。本人いわく面倒くせぇから嫌だと言っていた。……そこ頑張ってよ。ダンジョンも、奥まで来てしまうとフーさんの中では屋内認定らしい。溢れ出ていた力も、いつの間にか元に戻っていた。
「それに、暗いのは怖いからね。フルーラの灯りが頼りだよ」
「ふふ、ありがとう」
フルーラは冗談と取ったのか、おかしそうに笑っていた。知っている道でも、暗闇の中をずっと進むのは怖いよね。
話をしながら、それでもほぼ戦闘もなく中層入口に到着した。フルーラが真剣な表情で話し始める。
「リョウ」
「ん? なんだい?」
「もし、私に何かあったらーー」
「……冗談言わないでよ。そんな事になる前には、一目散に逃げよう」
後の事は師匠に任せればいいさ、未だに会議室でのんびりしてるんだろうしね。僕が笑いながら悪態をつくと、フルーラは肩の力を抜いて改めて話し出した。
「まぁ、そうだね……リョウとなら、何とかなると思わせてくれる」
「またまた。褒めても何も出ないよ? それこそ、やる気を上げるために都市で恋人でも作ったら? 絶対帰ってみせる! ってね。フルーラなら困らないだろうに」
フルーラは端正な顔立ちをしている。女性からもよく話し掛けられているのを見るし、引く手あまただろう。
「こんな仕事だから、何かあってパートナーを困らせるのも良くないなと思って、今までそんな事思ってもいなかったけど……考えて、みようかな」
「それがいい、いい子が居たら僕にも紹介してね?」
「あぁ、分かったよ」
苦笑するフルーラを横目に、じゃあ行きますか! と気合を入れ直して、僕達は事の始まりであろう中層域へ向かった。
ーー中層域。上層とは構造がまるで違っていた。まるで荒野が広がっているみたいに開けている。勿論天井はあるが、上層みたいに洞窟の様な造りではない。ただただ広い。灯りはないから、フルーラの光源頼りだけど容易に想像できた。
「これが、中層……本当に階層が変わると様相も変わるんだね」
フルーラはどこか感心している様だった。中層自体、そうやすやすと来れる場所じゃない。僕も初めて見る光景に少なからず高揚していた。騒ぎじゃなければ、ゆっくり見て回りたい位だ。
「そうだね、こんなに広いとは思ってなかったな」
広くて視界が開けるのはいいが、上層と違い全方位に注意を払わないといけなくなる。それをしているだけで精神を削られるだろう。知能が低いとはいえ、ここはオーガの生息域。他にも僕達が知らない魔物がいるかも。油断していると致命傷になりかねない。
「周囲にオーガはいないようだけど……私が前を行くよ、警戒していこう。オーガ以外にも何かいるかも知れない」
フルーラも同じ事を考えていた。頼もしい限りだ。
「ありがとう、後ろは任せて」
「ああ」
互いに視界をカバーしながら、前進していく。ただただ広い荒野に、一つの灯りがゆっくりと移動している。これだけ見ると、魔物も寄ってきそうなものだけど、不思議な事に一体も現れる事なく僕達は奥へと進めていた。
ふと、フルーラが足を止める。
「フルーラ?」
「リョウ、前を見てくれ……何かいるみたいだ」
フルーラに促され、僕は前方に注意を向ける。大岩があちこちに散乱していた。中層の始まりはこの様な障害物は無く、歩きやすかった。その中で一際大きい大岩に、何か座っている様に見える。
「……貴様等か? 我が同胞を屠っているのは」
岩の上にいる何かは、人語を解しこちらへ話し掛けてきた。中層に人が常駐しているなんて話は、一度も聞いたことがない。僕もフルーラも警戒を強め前進していく。
近付くとフルーラの光源が話し掛けてきた相手を照らし、全容が明らかになった。それは紫の肌をしており、角が三本生えていた。
「リョウ、あれは……」
「……魔王の言った通り、予想的中だね。嬉しくはないけど」
ーーそこには、変異種であろうオーガが大岩に腰掛けていた。体格こそオーガと同等だが、人語を解す事から明らかに知性が見られる。同胞と言っている事からも間違いなさそうだ。
「我の質問に答えろ。同胞達を地上へ送ったが、異常な速度で数を減らしている。罠にでも掛けているのか?」
怒るでもなく、淡々と質問してくる変異種。オーガの地上での動きを感じ取れている様だ。厄介な能力だな。異常な速度でってのは、ゾマのせいなんだろうなぁ。
「こっちも自衛の為にね。君なら理解出来るんだろう? 地上のオーガ達を引っ込めてくれないかな? そうすれば僕達も引き上げるよ」
僕の言葉が癪に触ったようで、変異種は怒気を強めて発言してきた。
「我より弱き矮小な人間風情が……あまり調子に乗るなよ、何を見下す様な発言をしている! そもそも、お前達人間が地上を制圧している事自体がおかしいのだ! 何故我らがこんな所でひっそりとしておらねばならん! 立場を弁えろ!」
「そんな事言われてもね」
「どうせ意地汚い貴様らは、なにかしら大義を掲げ地上を我らに渡すことはしないのであろう。ならば力ずくで奪う他あるまい!」
そう告げて、変異種は大岩から地上へと降り立った。そして座っていた大岩に自身の拳をぶつける。凄まじい轟音と衝撃で大岩は粉々になった。砕けた岩の一つを持ち、こちらへ向き直る。
「我が出るまでもないと思っていたが……多少認識を改めてやろう。我自ら、地上にいる人間を皆殺しにしてくれる!」
ゆっくりと向かってくる変異種に、僕は腰の武器に手を掛けて呟く。
「……穏便に済ませたかったなぁ」
「そうなれば一番だったけどね……さ、やろう!」
こうして、僕達は変異種のオーガと対峙した。




