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鵺とぬえ 1-7

 足を止め、振り返る。ここが目標の場所なのだろう。

 背後には崖がある。斜面はまだ新しいようで、木々はおろか、植物も生えてはいない。おそらくは頻繁に土砂崩れが起き、芽吹いた植物は流される。再度、新たな植物が芽吹くが、土砂に流される。その繰り返しで地盤はいつまでも固まらず、もろく弱い。日当たりは良いとは言えず、水はけも悪いため、崖下は泥が溜まり、落下した植物と野生動物の死骸が腐敗し、底なし沼の様に黒く染まっている。


 鵺がゆっくりと姿を見せるが、それはもう伝承される鵺の姿形ではない。。

 骨の槍で背部は覆われ、胴体は鼬の様にひどく長く、小回りを利かせるため、足の数が四対に、それでいて短いものに変わっている。だというのに、蛇を模した尾――正確には頭だが――に変化がないため不格好、そのうえ、首なしである。


 生物としての形を成しておらず、合理性も論理性もない。進化という区分にも当てはまらぬ、文字通りの異形。


「さて、ここからですね。如何様にしてアレを崖下に落としますか」


「ああ、それなら簡単だよ」


 なんてことないと言わんばかりの口調であった。


「え?」


「こんな化け物から、普通の人間が逃げ続けられるわけないでしょ?」


 およそ十分。野生動物、それも魔力によって強化された禍鬼という化け物と対峙するにはあまりにも長すぎる時間だ。基本的に禍鬼との戦闘は一撃離脱とされている。訓練を受けた魔導官でも、正面から真向にぶつかるなど、死にに行くようなものである。


 それがただの人間であれば、なおさらである。逃げれらるわけがないのだ。だが、彼はそれを為した。


「君たちのは、異能っていうんだっけ。そっちの方が格好いいなあ」


 六之介が鵺に手を向ける。


「自分のは『サイキック』……『超能力』って言ってね、前の世界ではそこそこの能力だったんだよね」


 瞬間、鵺が消える。

 六之介はすかさず背面を指さす。鵺がいた。中空を重力に引かれるがまま、真っすぐに落下する。


 ──何が起こった。


 一瞬の混乱。それを断ち切るのは六之介の静かな声。


「魔導官さん」


「は、はい!」


 華也かやは意識を鵺に向ける。六之介が何者であるのか、今それを考える時ではない。

 今は目の前の敵を殲滅することが全てである。


 急な足場の喪失に、鵺はなすすべがない。華也かやは大きく振りかぶり、『きょう』を放る。

 『きょう』は感魔力式の捕縛魔術具である。触れれば、その効果を発揮する。


 現れた百二十四の縄が、再び鵺の体にめり込む。


「降ります!」


 そう言うや否や、華也かやは戸惑うことなく崖を飛び降りる。お淑やかな見た目のわりに行動力があるなあなどと思いながら、六之介はその後を追う。


 鵺の姿はない。拘束された状態で落下したため、逃げ出したというのはありえない。おそらくは、泥沼に飲み込まれたのだろう。だとすれば、このまま放っておけば自然と沼底へと沈んでいく。


「片付いたかな?」


「だといいのですが」


 華也かやは死体を見るまで安心はできない、そう言いたげな表情である。

 だからといって、このままいつまでも土砂を眺め続けるのは御免被るというのが、六之介の気持であった。


「まあ、大丈夫じゃない?」


 疲れたから帰りたい、とは声にはしなかったが、彼女には伝わっていそうである。


 刹那、土砂が跳ね上がり、一陣の黒い風が凪ぐ。それは六之介に向かって伸びる鵺の頭、蛇であった。『きょう』の拘束から抜け出した頭部のみが攻撃を仕掛けてきたのだ。

 顎を大きく開き、四本の毒歯が光る。


 避けようにも、体は動かない。戦闘時の緊張はもう解けている。とっさの反応に移れる状態ではなかった。

 六之介の首筋をめがけ、真っすぐに牙は迫る。


 思わず目をつぶり、襲い来るであろう痛みに備えるが、それはいつまでたっても訪れない。

 恐る恐る目を開くと、切断された蛇の頭が転がり、パクパクと口を動かしている。切断面は焼き潰されており、出血すらしていない。


「お怪我は?」


 そう案ずる華也かやの右手には、赤熱した刃を携えた陽炎。

 なるほど、彼女は異能と武器、魔導兵装をそう組み合わせて戦うのか、と納得し、ぺたんと腰を下ろす。


「たすかった」


 ようやく、安心できるようになったのだろう。華也かやの表情が和らぐ。


「今日は、貴方に助けられっぱなしでしたから、一つでも借りが返せてよかったです」


「今のでチャラだよ」


 本心である。あれほどまで敵意と殺意を帯びた禍鬼まがつきの毒だ。噛まれればただでは済まなかっただろう。


「お手を」


 手を取り立ち上がる。思ったよりもずっと柔らかく、温かい。それでも鍛えられた戦士の手だ。それゆえに彼女はやり遂げた。


「ありがと。さて、これで任務完了かな?」


「はい、そのはずです」


 蛇の首を拾い上げ、皮でできた光沢のある袋にしまう。証拠品あるいは首実検といった所か。


 ふうと大きく息を吐き出し、空を見上げる。ここはもう西山ではなく、光を遮る緑の天井はない。日は陰りつつあったが、まだ十分に明るい。


「じゃあ、帰ろうか」


「はい……あ」


 何か思い出したように、声をあげ、こちらを見る。夕焼け色の瞳がまっすぐ向けられる。


「おうけぃ、です……使い方あってます?」


「あってるあってる」


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