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鵺とぬえ 1-6

 無数の骨が発射される。ジグザグに走り、できるだけ太く大きな木が障害物になるよう動く。それでも、鵺による攻撃は絶大な威力と貫通性を示しており、樹齢百年になろう巨木の幹は一瞬にしてえぐり取られ、微細な木片と化す。


 背後より響く、咆哮。いったいどの部位から声が出ているのかは分からないが、およそ生物のものとは思えないような不気味で、どこか無機質な音であった。


 小枝の折れる音と地面を踏みしめる音が混成し届く。六之介を獲物として、追い始めたのだろう。

 まずは想定通りの動きに、ほっと息を漏らす。あとはこのまま時間を稼ぎ、足断あしだちにたどり着くだけである。とはいえ、野生動物。それも魔力によって不自然に強化され変貌した存在との鬼ごっこである。人間ではとうてい逃げきれない。捕まり、喰われるのが必然。故に華也かやはこの策を良しとしなかったのだ。


 六之介は魔導官ではない。ごく普通の一般人、というのが彼女の認識である。一般的に魔導官でない者は、強力な魔導も、異能も持たない。魔導官以外は、禍鬼まがつきと対峙するには、あまりにも脆弱な存在なのだ。だから、華也かやは護らねばと思っていた。


 六之介は、自分自身が囮となり、村のために死を選択している。


 彼女はそう思っているのだろう。


 にいと、口角が不気味に吊り上がる。


「そんなわけないじゃないか」


 勝算のない戦いなどするわけがない。確実に勝てる術があるからこそ、戦うのだ。

 視界の端に鵺の姿が映る。四足歩行の獣としてみれば、首なしの化け物である。切断面から、黒い血が未だに零れ出ている。


 動きはかなり速い。単純な速度であれば、向こうの方が圧倒的だろう。

 しかし、ここは入り組んだ地形。無数の障害物のある森の中だ。そしてなによりも、鵺の図体の大きさが仇となっている。うまく動けていないのだ。つるに引っかかり、根に躓き、岩に遮られている。加え、武器として生やした骨の槍がそれを増長させている。


 これらの障害に偶然は一つとしてない。六之介は全て把握し、道を選んでいる。この地に訪れて二年、それを僅かと取るか否かは、当人の生き方による。

 六之介にとって、二年は十分すぎる歳月であり、彼は村人以上にこの山の地形を把握していた。ただし、中には想定外のものもある。


「ふっ!」


 陽炎によって切断された蔦がいい例だろう。

 西山において植物の成長速度は恐ろしく速い。植物というのは、見かけよりも遥かに頑丈であり、その性質上、空間を埋めるように成長する。すなわち、障害物としてこれ以上ないほど優秀であるのだ。

 それは鵺にとっても、自身にとっても等しい条件だった。


 故に陽炎を借りたのだ。これがあれば障害物は取り除ける。自身にとって動けるだけを切り裂き、鵺の障害になるものは残す。それによって、十分な時間を稼ぐ。


「おお、ひっかかってるひっかかってる」


 背後より轟く雄たけびを耳にしながら、振り返ることなく彼は駆け続けた。



 華也かやは鈍痛をこらえながら山道を駆けていた。初めての土地ではあるが、一度は歩んだ道。迷うことはない。

 木々の間を抜け、たどり着く。不自然な点は何一つないように見えるが、彼女の足元には対禍鬼用捕縛魔術具が確かに埋まっている。右腕の陽炎を地面に突き刺す。反動が左腕に伝わり、脂汗が頬を伝う。


 回復の魔導を使いたい気持ちはあったが、魔力量に不安があった。燃費の悪い形成魔導を二度も使ってしまったことが悔やまれる。

 歯を食いしばり、二度三度と掘り返す。すると、土にまみれた円盤が姿を現す。それを手に取り、踵を返す。


 急ぎ戻り、北上。滝の向こう岸にわたり、杉に向かって直進。


 魔導官として、唐突に禍鬼まがつき退治の依頼が来ることは常である。しかし、今回の任務は普段と違うことが多すぎる。

 まず、この場に魔導官が一人しかいないこと。本来禍鬼まがつき退治は二~四人一組で行われる。各々で禍鬼まがつきの性質、行動、原型予測を行い、協力し合い、退治することが定石だ。


 次に、魔術具の不足。個人管理である魔導兵装はさておき、捕縛魔術具をはじめ、攻撃、防御、回復魔術具など必要以上の数が支給されるのが本来の流れである。しかし、今回支給されたのは捕縛用のみ。これはありえないことだ。


 今回の任務を命じた隣の魔導官署署長、彼は華也かやのいる第六十六魔導官署をよく思っていない。はっきり言って、第六十六魔導官署署長を好いていない。若き天才である署長を妬み、嫌っているのだ。それゆえに、こんな嫌がらせのような条件を押し付けたのだろう。本来の署長が、留守であることを良いことに。


 次々と不平不満があふれ出るが、今それを漏らしたところでどうしようもない。今は鵺を退治し、彼を、稲峰六之介を助けなければならない。私が魔導官になったのは、力なき人を救うためなのだから。


 決意を固め、残りの少ない魔力を解放。肉体を強化し、加速する。


 北上。倒木を飛び越え、くぼみを避け、第一の目標地点へとたどり着く。


「滝……この向こう側」


 苔に覆われぬるりとした光沢を放つ石を伝いながら跳ね、顔を上げる。広葉樹林の間から、細く鋭い槍のような杉の木が見えた。


 どうか無事で、それでいて間に合ってくれ。

 祈りながら、大地を強く踏みしめろと、ずぶりと靴が沈む。


 地盤が明らかに柔らかくなっている。合流場所である足断あしだちに近づいているという証拠であろうか。

 だとすると、この周囲に六之介がいるのかもしれない。土地勘は圧倒的に彼が上である。無事であれば、私がどのあたりにたどり着くのか予想している可能性がある。


 周囲を見渡す。

 木々と大気がざわつく。閃光のように視界の隅を槍がよぎり倒木を粉砕する。地面に突き刺さっているものは、鵺が射ち出していたものと同じ素材であるようだが、形状が変化している。深く渦を巻くような溝が彫られ、矢羽のような突起がある。このわずかな時間で、より長距離を穿てるように、そして破壊できるように変化しつつあった。進化の速度が予想通り、かなり速い。槍が飛んできた方向は分かる。急ぎ、殲滅せねばならない。


「稲峰様ぁ!」


 喉に熱が走るほど力を籠め、叫ぶ。反響し、木霊し、広がっていく。

 華也かやの声が届いたのかどうかは分からない。しかし、ずんという振動が伝わってくる。かなりの速度で、近づいてくるというのが分かった。


 低木を掻き分け、藪の中から一つの影が飛び出してくる。頬から出血し、着物は破れ泥だらけとなっていた。しかし、無事である。


「やあやあ、結構早かったじゃない」


 息を乱し、汗を流しながらも、飄々とした口調は変わらない。本当に危機的な状況にあったのか、疑いたくなるほどである。


「鵺は?」


 並び走り出す。不安定な足場であるため、速度は出ず、体力ばかりが奪われる。よくこの状況で走れるものだと、六之介りゅうのすけの体力に驚く。


「ちゃんとこっちに来ているよ。ばっちり狙いを定めてる感じ」


 背後より咆哮。横目で確認すれば、首なしの獣が追いかけてくる。


「罠は?」


「回収済みです。起動も問題ありません」


「よし、じゃあ、作戦開始といこうか」


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