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鵺とぬえ 1-5

「どうするの?」


「もう一度罠にかけます。幸い、まだ四個残っていますから」


 鵺の行動範囲と歩行経路から、掛かる確率が高いと思われる場所に罠は置かれている。

 この場には、二つ。五メートル先と、十二メートル先に隠されている。うまく誘導すれば、再度捕縛ができる。


 しかし、敵の行動によってその同じ作戦は不可能となる。


 鵺が身体を折り曲げる。みしりという音とともに、狸の胴体を突き破り、鉱物が生える。黄ばみを帯び、無数の筋と溝がねじ曲がりながら走っている。太さは人間の手首ほど、それが百本以上はあるだろうか。狸の胴体は、山嵐のものへと変わる。鉱物の正体は、おそらくは骨だろう。

 鵺の動きが止まる。全身が波打ち始め、一瞬のみ大きく痙攣する。骨が放たれる。矢の様に発射されたそれらは、木々を貫き、むき出しの岩肌に刺さり、地面を抉り突き刺さる。


「あっぶな……」


 華也かやの魔導によって『形成』された壁によって、直撃は免れた。


「く、ここまでとは……」


 緑色にぼんやりと輝く壁には亀裂が生じ、場所によっては貫通している。

 これがもし直撃していたらと、冷や汗が流れる。


 罠を仕掛けておいた場所に目を向ける。

 発射された骨が、『きょう』を確実に穿っている。

 偶然ではないだろう。おそらく鵺は一度罠にかかったことで、それから発せられる微弱な魔力を検知し攻撃した。となると、他に仕掛けた場所に誘導しても破壊されるのがおちだろう。

 

 鵺はすべての骨を撃ち尽くしておらず、残る無数の骨がからからと乾いた音をたてる。それが嗤い声の様に西山に木霊する。


 華也かやは思考を巡らせる。この場で引くことはできない。傷を負った禍鬼まがつきは、それを癒すために魔力の補給に向かうだろう。となると危険に晒されるのは翆嶺すいれい村になる。禍鬼が村にたどり着けば、数多の被害者が出る。それだけは避けなければならない。


 力なき人を守るのが、魔導官の使命。そして、自身の信念である。


「……一度、身を潜めます」


「逃げるの?」


「いえ、逃げません。私の戦力では、正面から禍鬼まがつきとぶつかることはできません。だから、隙を突きます」


 懐から、掌大の筒を取り出す。


「それは?」


「閃光筒です。一時的に鵺の目をつぶします。そして、撹乱させ、隙をついて攻撃します。もう少し魔術具があれば、やりようがあるのですが、今回は支給もないもので」


 苦笑する。


「支給制なんだ」


「いつもは違うのですが……本来の上司が留守でして。代役を頼んだら、必要最低限だと」


「ああ……そりゃまた随分と無能な代役だこと」


 そのようなことはないと反論されるかと思ったが、ただうつむくだけであった。無言の肯定であろう。


「でも、そんな特攻みたいなことさせたくないな」


「ですが」


「それに」


 言葉を遮る。


「尾の蛇、本物の蛇と同じだとしたら光では撹乱できないよ、たぶん」


「なぜです?」


「ピット器官って知ってる?」


「ぴっと、きかん?」


「蛇は温度で獲物を探すんだ。閃光もある程度効果はあるかもしれないけど、大きな隙を作れるわけじゃない」


「そうなのですか?」


 なぜそんなことを知っているのか。魔導官となるうえで、動物の生態については学ぶ。しかし、そんな器官の存在を聞いたことはなかった。蛇の知覚については特に情報が少なく、不明な点も多かったと記憶している。


「うん。だから、効率的な手段は火を起こしたりして存在を誤魔化すとかなんだけど……」


 ぐるりと周囲を見る。燃やせるものはいくらでもある。しかし、火種はなく、加え、この日当たりの悪さのせいもあり、湿っている。油でもまかなければ火は起こせないだろう。


 逆に、自身の体温を下げればいいともいえるが、水場までは遠い。

 どうしたものか。


「なら、なんとかなるかもしれません」


「マッチでも持ってるの?」


「いえ。私の『異能』を使います」


「異能?」


「ええ。魔導官は、異能と呼ばれる特殊能力を持っているんです。『温度変化』が私の異能です」


 温度変化。その言葉通りだとしたら、現状を打破できる。


「よし、じゃあ、それを使おう。作戦は……」


 華也かやの耳元で告げる。


 ここから北へ向かった所に小さな滝がある。その向こう岸に渡り、遠方に見える大杉に向かって直進すると、急な斜面にぶつかる。足断と呼ばれ、非常に足場がもろく、野生動物さえも寄り付かない土地なのである。そこに鵺を誘導し、崖下に落とす。落下中の身動きができない瞬間に華也かやが『きょう』をぶつけ捕縛、とどめを刺す、という流れである。


 数秒で考えたものにしては、十分すぎるほど良い策であると思う。使用できるものを最大限に生かした作戦である。もし、今ここにいるのが魔導官二人であったのならば他にやりようがあったかもしれないが、現状はこれしかない。


「賛同は、いたしかねます」


「だろうね。短い付き合いだけど、君の思考は何となく分かるし」


 鵺による第二波攻撃が行われる。二枚の壁を形成し、今度は防ぎきる。


「でも、今はそうするしかないでしょ? 自分じゃどこに罠が仕掛けてあるのか分からないんだ。仕掛けた君にしか回収できない。それに異能だっけ。それを用いて、周囲と自身の体温を同化させれば、敵の目も欺ける」


 六之介の言い分は最もだ。確実に鵺を殺すには、お互いが見合った行動をしなければならない。


「……わかり、ました」


「まったく……かわいい顔して頑固だなあ。もっと緩くやろうよ」


 華也かやはきつく唇を噤んでいる。


 六之介が彼女の左腕を見る。ひどく腫れているわけではないが、どす黒いあざが生じている。


「その左手の武器、貸してくれる?」


「陽炎を、ですか?」


「動かせないでしょ、その有様じゃ」


 肘から下を曲げようとするが、30度ほど動かしたところで形の良い眉が歪む。折れてはいないが、使い物にならない。


「……そのようです」


 器用に右手で、留め具を外し、陽炎が手渡される。ずしりとした重さが、頼もしくもあると同時に足枷であるとも思えた。


「手ぶらじゃ心もとないからね。『後で』返すからさ」


 鵺は第三射の準備をしている。

 獲物が動かず受け身のまま、それでいて攻撃してこない。つまり、こちらが攻撃できない場所に自身がおり、このまま押せば捉えられると察しているのだろう。野生的とも知性的とも取れる行動である。


「……ご武運を」


 華也かやが駆け出す。異能とやらが発動しているのだろう。鵺は彼女に気付いた様子はない。六之介は、着々と骨を生やし続ける鵺に一瞥し、華也かやとは逆方向に動き出した。


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