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鵺とぬえ 1-4

 『きょう』は感魔力式だ。起動式を書き込み、接触した魔力を有する存在を捕縛する。施された『形成』魔術は百二十四通りの波長を持つ縄として、禍鬼まがつきを取り押さえる。平均的な禍鬼なれば一度かかると、およそ二分は拘束が可能だ。


 華也かやの立てた作戦は、拘束し攻撃するというそれだけのもの。

 お粗末ともいえる。しかし、これは正攻法であり、鵺に対してこれ以上ないほどにうってつけだった。


 本来、禍鬼まがつきは縄張りなど持たず自由に動き回る。それを誘導し、捕縛することは心底骨の折れる作業だ。だが、今回はそれをする必要がない。

 鵺は、縄張り内部の同じ場所を周回している。土や落ち葉に刻まれた残留魔力がその証拠である。つまり、その上に罠を仕掛ければいいのだ。

 そうして、動けなくなった鵺に攻撃、首を落とす。唯一の殺し方を実行する。


 本来ならば、野生の動物で満ちている西山。しかし、禍鬼まがつきの存在は、その生態系を破壊してしまう。

 それほどまでに禍鬼まがつきは生命体に対する脅威といえる。

 

 故に、やることはいかに簡易といえど、油断はできない。気を引き締めてかからねばならない、というのに。


「あの、稲峰様? 私は村にいるよう言ったと思うのですが」 


 茂みで気配を殺す彼女の隣で、当然のように六之介りゅうのすけはいた。 


「ん、まあいいじゃない。何かに役立つかもしれないよ? 囮とか」


「囮など……人間をそのように扱う気はありません。魔導官とは人を守るための存在なのです」


 頬を膨らませる。可愛らしくはあるが、怒っている。この魔導官にとって、人の命を守るということはそれほどに重要な位置にあるのだろう。


「はは、ごめんごめん、冗談だよ」


「たちが悪いですよ」


「でも、ほら。もし何かあって森で遭難しても困るでしょ? その案内役としてさ」


 半分本音で、残りは嘘である。

 華也かやは納得できないように、小さく唸るが、今から一人で帰すわけにもいかない。かといって送り届けるなどすれば、禍鬼まがつきを逃がすことになってしまう。


「もう……絶対にここから動かないで下さいよ?」


「了解了解……っと、きたか」


 ぱきりという枝の折れる音がした。この周囲に野生動物はもういない。村人の入山も禁じている。

 もう一度、同じ音。

 藪を掻き分け、緑の深い森に不自然なほどに赤い、朱い、紅い、鵺の顔が現れる。


 二人は呼吸を止める。心臓の鼓動すら抑え込むように、体を丸め、じっと鵺を睨む。

 歩幅から推測すると、土と落ち葉で隠された『きょう』まで、あと二十歩ほどであろうか。


 鵺はきょろきょろと、残り香をたどるように首を動かすと、一歩、また一歩とゆっくり歩みだす。


 永遠とも思えるほどに、重く長い時間である。鵺の足が、ゆっくりとスローモーションのように見える。

 

 たん。


 軽い音。瞬間。

 腐りかけた落ち葉が舞い上がり、腐葉土が飛び散る。緑色の光が爆散し、『きょう』に乗った右前脚の下から伸びた百二十四本の縄が鵺の全身を覆い尽くす。

 捕縛というより、絞殺せんばかりの力で禍鬼の体を締め上げる。まるであの熊の死に様を再現しているようであった。


 鵺が、耳を劈き、大気を切り裂くような鳴き声を上げる。鳴き声というにはあまりにも歪な金切り声だった。


「!!」


 その大音量に六之介は思わず耳を塞ぎ硬直する。しかし、華也かやは動いた。

 全身は『強化』の魔導による青色の光に包まれ、疾風のごとく駆ける。いつの間にか彼女の両袖は捲られており、乙女の細腕には不釣り合いな物が顔をのぞかせていた。


 対禍鬼用魔導兵装『陽炎かげろう』。鋼鉄と禍鬼の鞣革なめしがわで作られた篭手には、一振りの刃が備え付けられている。刃といっても、異常に分厚く、先端は鋭い。斬るというより、突くことに特化した形状である。


「は、ああ、あああああ!!」 


 禍鬼まがつきの声を穿つ雄たけび。自身を鼓舞し、殺意を爆発させる。加速するたびに、青い光は強くなっていく。華也かやの筋肉が一時のみ膨らみ、本来ならばありえない、このような少女には似つかわしくないほどの膂力を成す。

 

 一閃。


 沈黙が支配する。それを打ち破ったのは、びちゃりという湿り気を帯びた音。

  鵺の首がごろりと転がる。その断面は、恐ろしいほどに美しく、血管はおろか組織すらつぶれていなかった。


「……ふっ」


 息を吐き出し、刃を収める。

 禍鬼まがつきの体が大きく痙攣を起こすとドス黒く、粘着性のある血液をまき散らし倒れる。

 『きょう』によって構成された縄に巻き付かれたまま崩れ落ちる。。


「……終わった?」


 ひょいと六之介が顔をのぞかせる。

 華也かやは、安心させるように力強く頷く。


「ええ。禍鬼まがつきの生命力は強いですが、首を落とせば死にます。身体はまだ生きていますが、数分で息絶えるでしょう」


 その言葉通り、手足はいまだに動いているが、司令塔がいないためか、一貫性はない。左右の前脚は空を蹴り、後ろ脚は地面を捉えようと蠢いている。尾もくねくねと意味もない動きをするだけである。


「あっけないものだねえ」


「決して強い禍鬼まがつきではありませんでしたからね。人的被害が出る前で良かったで……っ!?」


 左からの衝撃。

 あまりにも唐突、気配も音もない一撃。幸いであったのは、彼女が『強化』の魔導を切っていなかったことだろう。魔力によって肥大化し、柔軟性を帯びた筋肉が衝撃を吸収する。


「っく!」


 かろうじて受け身をとる。しかし、一撃をもらった左腕の感覚はない。骨折はしていないようだが、しばらくは使えまい。

 

 力なく横たわっていた鵺が、ゆっくりと起き上がる。華也かやを攻撃したのは、黒い鱗に覆われた尾。

 蛇のような形状をした尾は、本物さながらに舌を出し入れし、不気味な呼吸音をあげている。


「どうしてまだ生きて……?」


 禍鬼まがつきは異常な生命力を持つが、生き物である。中枢器官を切り離せば確実に倒せる。これに例外はない。もし、それが『災禍さいか』でないのならば、もう死んでいるはずだ。


「ああ、なるほど」


 ぽんと手を鳴らす。


「稲峰様……何が『なるほど』なのですか?」


「あれは偽物だったんだなと」


 地面に転がり、血にまみれている首を指さす。


「偽物?」


「うん。カモフラージュだよ。あの赤顔が頭であるように見せてたけど、本物は尾。蛇のほうだ」


 カモフラージュという単語の意味は分からなかったが、言いたいことは分かる。そして、その推測が正しいであろうと納得する。

 つまり、あれは狸などの哺乳動物の禍鬼まがつきではなく、蛇の禍鬼まがつきだったということだ。


「でたらめな……初めて見ますね、ああいった禍鬼まがつきは」


 悔やむ。禍鬼まがつきに常識は通用しない。そんなことは分かっていたはずなのに、油断をした自分に怒りすら覚える。

 鵺は立ち上がっている。尾は鎌首をもたげさせながら、墨で塗りたくったような無機質な目で二人を見ている。


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