笠子祭り
バーベキューの前に裕馬と沙希はウォーキングコースを楽しむことにした。
標識に従ってコースをたどっていく。
「ねえ、裕馬君。裕馬君は将来何になりたいの?」
「俺か? 前にも言ったが俺はファンタジー作家になりたいな」
「作家かあ……投稿してるの?」
「今はね、インターネットで投稿するんだよ。いくつか賞ももらったことがある」
「それはすごい!」
「沙希は何になりたいんだ?」
「私? 私は編集者になりたいな」
「編集者に?」
「うん。私は本が好きだから本を作る仕事をしてみたいの」
「へえ……その夢かなうといいな」
「裕馬君こそ、作家になれるといいね」
その後二人はバーベキュー場に行き、四人でバーベキューを楽しんだ。
楽しかったバーベキューも終わり、四人は哲磨の車で帰路についた。
外は夕焼けに染まっていた。
哲磨はまず、信太を降ろし、次いで伊織を降ろし、最後に裕馬と沙希を降ろした。
「ねえ、裕馬君?」
「何だ?」
「また、ウォーキングに誘ってもらっていい?」
「ああ、いいぞ」
「うふふふ、ありがとう」
裕馬は沙希にドキッとした。
沙希の表情がどこかあでやかだったからだ。
こうして6月も過ぎていった。
7月には笠子市で祭りが催される。
裕馬は沙希の部屋を訪れた。
「なあ、沙希、入ってもいいか?」
「え!? ちょっと、待ってて!」
沙希の部屋からがさ、ごそと音がする。
しばらくすると、沙希が返事した。
「はーい! 入ってもいいよー!」
「それじゃあ、お邪魔します」
裕馬は沙希の部屋に入った。
沙希の部屋はきちんと整頓されていた。
部屋の中にはさきほどまで勉強していたのか、教科書とノートが広げられていた。
「そういえば、沙希の部屋に俺が入るのは初めてだったよな」
「そう、ね……」
「なあ、沙希、明日なんだけど……」
「明日?」
裕馬は息をのんだ。
自分に勇気を出せと言い聞かせる。
「明日、いっしょに祭りに行かないか?」
「え?」
「いや、か?」
「ううん、そうじゃない。むしろ、うれしい……」
沙希は裕馬から視線をそらした。
「それじゃあ、明日の午後5時に行くとしようか。着替えはそれまでに済ませておいてくれ」
裕馬は自室に戻ってきた。
今ごろ沙希はどんな顔をしているだろうか。
「デートに、誘ってしまった……」
裕馬はその事実に顔を赤らめる。
裕馬にとってこれは女の子との初デートである。
裕馬は沙希の初恋の人をライバルと見なしていた。
そのライバルに負けるわけにはいかないのだ。
裕馬は自分の気持ちを自覚していた。
俺は沙希が好きだ。
だから、沙希にも俺を好きになってもらいたい。
そのためには沙希の初恋の人に負けるわけにはいかない。
例年通り、笠子祭りが始まった。
沙希は紫のゆかたを着ていた。
裕馬は髪をセットして、沙希と共に祭りに向かった。
「ねえ……私のゆかた、どうかな?」
「ああ、似合ってる」
「そう? ならよかった」
「なあ?」
「ん?」
「はぐれるとまずいから、手をつながないか?」
「うん……」
裕馬は沙希の手を握った。
互いの手のぬくもりを感じる。
裕馬は沙希の手の柔らかさを感じた。
沙希が握り返してくるのが分かった。
祭りはものすごく多くの人で混雑していた。
二人は手をつないでいなかったら、本当に離れ離れになってしまいそうだった。
「ほんとに人が多いな」
「そうね……」
沙希がいっそう強く手を握ってくる。
「沙希、少し、手が痛い」
「あ、ごめん……でも、そうしないと離れ離れになりそうだから……」
今度は裕馬が沙希の手を強く握った。
「これでどうだ?」
「うん……」
二人は輪投げの会場までやって来た。
輪投げにはそれぞれ景品があった。
「なあ、沙希、俺はあの輪投げをやってみたい。いいか?」
「うん、いいよ」
そうして裕馬は輪投げに挑戦することにした。
裕馬は優勝賞品は狙わなかった。
それはトロフィーみたいに角ばっていて、輪が下まで行かないようになっていた。
つまりフェイクだ。
むしろ、それ以外の狙いやすいものを裕馬は狙った。
裕馬が狙ったのはぬいぐるみ……
狐のコンちゃんだった。
裕馬はコンちゃんに向けて輪を投げた。
一発目……失敗。
二発目……失敗。
三発目……成功!
「うわあ! すごい、裕馬君!」
「フッフッフ! 俺はカモじゃないからな。じゃあ、そのぬいぐるみは沙希にあげるよ」
「……ありがとう」
沙希はほおを赤く染めた。
二人は一通り祭りを見て回った。
「そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
その時。
「あれ? 井草に綾野さん?」
「新井?」
この男は同じクラスの同級生だった。
「二人して祭りに来ていたんだ? デート中ですか?」
新井が皮肉そうな顔をする。
「俺たちはデートしていたんだ。何か文句でもあるのか?」
「いや、別に。綾野さんは俺がこくってもあっさりフッたけど、綾野さんが好きな人ってこいつのこと?」
「それは……」
「おい、新井! いい加減にしろ! 沙希を困らせるな!」
「ああ、別に二人がどこで何をしようが俺にはどうでもいいことだよ。邪魔したね」
そういうと新井はどこかに行ってしまった。
「ごめんな、沙希。不快だったろ?」
「ううん、いいの。裕馬君が私を守ってくれたのが分かったから……」
こうして二人は帰路についた。