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カルミアと黒猫の奇跡  作者: このしろ
4/10

学園生活は何もしないに限る

「それでは皆さんが投票してくださった喫茶店、演劇、クレープ屋、以上の三つから今年の文化祭で行うクラス展示のテーマを決めたいと思います」


 教壇に立っている諏訪が黒板を指しながら言う。


 そう、来月には白芸祭こと、我らが安曇ヶ原高校の文化祭がある! と、大々的に宣伝してみたいところだが、実のところ文化祭なんてどうでもいい。一年目はどうなるかと思いきや、二年目になれば慣れ切ったもので、あまり緊張感も湧かないしこういう祭りごとは、青春学園物語に高校生活をなげうっているリア充が楽しむものだ。


 俺みたいなよく分からない奴が楽しむものでもないし、出る幕でもない。


 一樹は一樹で、白芸祭を楽しみにしているらしく、どの出し物がいちばん楽しめそうか周りと話あっている。


 だから俺は諏訪の声を適当に聞いている姿勢をとりながらいちばん後ろの席で漫画を読んでいた。


「正直この三つはどれもほぼ均等に票数が分かれていたので、多数決とかではなく、しっかりと話し合いで決めたいと思っています。もし文句があるのなら意見を述べてください、雨宮君」

「え……。あ、ええと―――はい、大丈夫ですぅ」


 なるほど、ここは諏訪鬼軍曹が取り仕切る灼熱の監獄。


 あやつの前ではどんな不正も許されない。


 それは俺が一番身をもって知っているはずだ。


 知っておきながら漫画を読んでしまう失態。気を引き締め直さなければならない。


 俺がさりげなく引き出しの中に漫画をしまえば、諏訪のよく通った声が再び教室に響く。


「ということで喫茶店、演劇、クレープ屋、どれがいいか意見をお願いします。ないようでしたら私の独断と偏見で決めさせてもらいます」


 まるで俺たちが介入させる余地なんて無いかの如く、きっぱりと言い切る諏訪。


 だからこそ、このクラスは既に彼女の領域になっていたし、クラスメイトもそんな諏訪に慣れ切った様子で話し合いを始めた。


 隙間を見せない諏訪の勢いが、クラスを団結させる。


 リーダーシップとはまさにこのことなんだろうな、なんて考えていると、

「はいはーい!」


 クラスがざわつきだす中、金髪のギャルっぽい女子が先陣を切って手を高らかに上げる。


「あたしは演劇がいい!」

「理由は?」

「り、理由……え、えーと……」


 いや、考えておけよ。


 好きなものだけ無作為に喋っていく小学生かよ。


「理由は、やりたいから……?」


 やっぱ小学生だったわ。


 漫画読んでた俺が言える立場でもないけど。


「他の人は?」

「俺も演劇がいいな。ちょうど体育館空いてるんだろ? だったら使った方が得だって。教室で小さいことやるより体育館で一気に人集めて注目された方がポイントだって貯めやすいだろ」


 ポイント。


 あまり聞きたくない言葉だったが、こればっかりは学校の伝統としきたりなので文句を言っても仕方がない。


 安曇ヶ原高校のクラス展示では、みんなで白芸祭を楽しみましょうという名目の裏に、ポイント制によるクラス展示対抗戦がある。


 中学校と違い、高校の文化祭にもなると無論外部からのお客さんも大勢来る。


 もちろん、学校としてもそれなりに集客しておいて、知名度の向上にも努めなきゃいけない。


 文化祭というのは学校とその学生がいちばん大きく目立つイベント。


 だから文化祭の支柱となる生徒たちは、学校が目立つように頑張らなければならない。


 だからわざわざポイント制という、各クラス順位やら勝敗が付くシステムになっているのだが、もちろん頑張れば頑張った分だけ報酬もあるし、頑張らなければペナルティも発生する。


「真白はどう思うよ」

「どうって言われてもなぁ。正直、演劇は現実的じゃないだろ」

「だよな」


 俺の否定的な意見に、一樹も同感だったらしい。


「私も、ルーム長としてクラス店に演劇を選ぶことには一理あるとおもっています。過去数年の実績を見ても、集客数は群を抜いて演劇を選んできたクラスが圧倒的」

「じゃあ、決まりじゃね?」

「ですが」と、男子生徒の声を遮る諏訪。

「残念ですが、今年の私たちには選択権というものが少なすぎる」


 そう、これがクラス店を頑張らなかった生徒達へのペナルティ。


 青春真っ盛りな若者が、もっとも欲しているものは何か。


 金? 名声? 権力?


 確かにどれも重要ではあるが、こいつらが今すぐにでもサンタに手を合わせて欲しているものは違う。

 それは〝ただひたすら目立ちたい〝という承認欲求だ。


 目立つことで金も、名声も、権力も、ようやく目の前に現れてくる。


 そして、たかが文化祭だろうと侮っていた一年の俺たちは見事に、他クラスに惨敗し、次の文化祭―――具体的には今年の文化祭の出し物の選択が大幅に制限されていた。


 クラス店でできることが減るということはその分目立つ場所も減る。


 つまりどういうことかと言うと、頑張らかった奴等には目立つ権利すらない。


 クラス店と言う名のデスマッチ。


 昨年で惨敗した俺たちに、出店項目を選ぶ資格はなかった。


 なんて学園ファンタジー物語みたいなことを言ったが、大したことはない。


 ようは上に見られるようになるか否か。それだけの違い。


「舞台道具、貸し出しの申請、その他諸々を自分たちで用意できるのであれば話はべつだと思うが、まあ、手遅れだろ」

「昨年一位だったらなぁ、体育館も小道具も使い放題だったんだろうなぁ」


 惜しいというような顔をする一樹だが、俺は目立つ機会なんてどうでもよく、むしろ人目にさらされるようなことがあれば何かしらめんどくさいことが起きる可能性も十分にあるので、ポイントが手に入らなくても、隅っこでちまちま数打ちしといた方が願ったり叶ったりだ。


「生徒会長としてもやることはやりますけど、正直あまり期待しないでほしい」

「そ、そうだよね。ごめんね無理言っちゃって」

「いえ、こちらこそ。でもこればっかりはルールなので……」


 ルール、か。


 嫌な響きだ。


「でも他にもポイントを取れる出店方法はあります。少なくとも去年のようにはならないように頑張りましょう」


 そういう諏訪の顔には覇気がなかった。


 いつもの俺にする鬼気迫る表情でもなく、一樹や他のクラスメイトに見せるような優しい表情でもない。


 ……彼女も演劇を選んで、人を集めたかったに違いない。


「あいつもあんな表情できるんだな」

「まあ、去年も渚沙がルーム長だったからね。責任は人一倍抱えてると思うよ。過去に類を見ない惨敗の仕方だったから、他クラスから悪口も言われてらしいし」

「ちゃんと慰めてやったか?」

「その時はまだ付き合ってなかったからどうしようもなかった」


 弄ってやろうとニヤニヤするも、本気で諏訪のことを心配している一樹は「今年はヘルプくらいしてやりたいな」と天井を見上げていた。


「でも、演劇よりポイント稼げる項目なんてないだろ」


 演劇のほかは、喫茶店とクレープ屋、それから射的やお化け屋敷など、どれも教室が舞台となるものばかりで、人を大勢招き入れるのには不向きだ。


 それは二年B組の全員が同じ考えだったらしく、しばらくの沈黙が流れる。


「わ、私は喫茶店でもいいなぁ、なんて思ったり。中学の時も、やったことないから……」

「僕も、それでも大丈夫……」

「あたしはお化け屋敷でもいい、かな……。最近、この学校で噂になってるじゃん、幽霊、だっけ? だからちょうどいいかなって」


 みんな諏訪に気を使い始め、最早、諏訪慰めパーティーみたいになっていた。


 しかも、幽霊と言うのは、黒猫を探しているただの不思議な少女のことなのだが今それを言えば全員から金玉もぎ取られる可能性があるので黙っておく。


 結局この後も試行錯誤、ポイントを稼ぐにはどうしたらいいか話し合ったが、埒が明かず、後日再度クラスで話し合うことを決めこの日はお開きになった。


 なぜか分からないが、終わる直後に諏訪が俺に熱視線を送っていた。


 え、俺が悪いの……?


 この場合、逃げるが吉だ。


 俺は財布を持って逃げ去るように自販機へと直行した。


「あ、」


 自販機に着いた瞬間、俺は絶句した。


 財布の中には札どころか、小銭すら入っていなかった。


 ―――そういえば、カルミアに渡してしまった。


 何も考えず絆創膏代を渡してしまっていたことに今頃気づくのと同時に、己の金欠さに絶望する。


「はあ」と項垂れながら教室へ引き返そうとした瞬間、隣にジュースを二本持った、いかにも不健康そうな男が佇んでこっちを見ていた。


「よお雨宮、ついに飲み物を買うお金もなくなったのか?」


「ったく、あんたがいるってことはまた面倒ごとが降りかかってくるんだろうな」


 俺にジュースを一本投げ渡し、ニヤッと不気味に笑ったのは二年B組の担任。


 三木圭一。


 この人に出くわすくらいだったら、教室にいても同じだったかもな。


 いやそれは無いか。


 こいつも諏訪に嫌われている一人だからな……。


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