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カルミアと黒猫の奇跡  作者: このしろ
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名前なんて……

「そういえばさ」

「なんだよ」


 時間にして十分後。


 俺らはなんとか駅から出ているローカルバスに乗り込みいちばん後ろの席へと座った。


 そう、目指すは安曇ヶ原高校―――俺の通う高校だ。


 すると隣でタオルにくるまった黒猫を抱えながら、カルミアが俺を覗くように見つめてくる。


「君の名前訊いてなかったね」

「ああ……」


 そういわれればそうだ。


 この前、一方的に彼女から名前を聞いただけで、教えてはいなかった。


 まさかまたこの少女に出会うとは思ってもいなかったので、名乗らなかったところで問題はないだろうと適当に流していたのだが、二度目となるとそうはいかない。


 俺は窓の外を眺めながら、ぼそりと、


「雨宮……」

「下の名前は?」

「言わなきゃいけないか?」

「普通言うでしょ」


 女の子みたいな名前という理由で揶揄われたことがあるし、あまり進んで言う気にはなれない。


 だがここで躊躇ったら後々辛くなるのは自分な気がしたから、仕方がなく観念する。


「真白……」

「ん?」

「真白、だ」

「マシュマロ?」

「どういう耳の構造してたらそう聞こえるんだ?」

「ふふ、うそうそ。真白かぁ、いい名前だね」

「昔はよく女の子っぽいって馬鹿にされたけどな」

「そんなことないでしょ。私は好きだけどなぁ」


 真剣な表情をしてカルミアが言う。


 バカにされると思っていたのだが、予想外の返答が来てバツが悪くなる。


 少なくとも、いい名前と言われたのは初めてだったし、自分でも名前に自負しているつもりはない。


 耳が熱くなる気がしてカルミアから顔を逸らす。


 やっぱこいつは変わっている。


 必死になって、いるのかいないのかも分からない猫を追っかけていたり、俺の名前が好きだとか言うし……。


 はあ、とため息をつく。


 右手に携えたままの買い物袋を覗く。


 今日の昼飯と夕飯はシチューでも作って食べようかと考えていたんだが……。


 俺の小腹が満たされるのはまだまだ先の話らしい。


「雨宮真白、雨宮、真白……真白」

「復唱するな」


 何度も自分の名前を言われると歯がゆくなる。


「大体な、お前の名前だって……って、どうした」


 お前の名前だって変わっている、そう言おうとした瞬間、隣を見るとカルミアは固まっていた。


 彼女はまるで宇宙人でも見るかのように、呆けたまま俺を凝視していた。


 唖然とするほど、自分の名前がおかしかったのだろうか。


 それもそうか。


 「私は好きだけどなぁ」というカルミアの台詞はきっと珍しい名前に出会たからというニュアンスに違いない。


少しでも照れてしまった自分を殴りたくなる。


「だから言ったろ? 俺には似合わない名前だって」

「うん……ぜんっぜん似合わない……」

「ひどっ!」

「ぜんぜん、本当に…………」


 何か言い返そうとしたが言葉が詰まった。


 カルミアは隣で溢れ出す涙を拭っていた。


 しかし理由がまるでわからない。


 俺は何が起きたか分からず、


「は? え、ちょ、なんで泣いてるんだよ……」


 慌てふためくしかなかった。


 さっきまで俺を小ばかにしていた彼女はどこに行ったのやら。


 拭っても拭っても、彼女の綺麗な瞳から雫がぽたぽた落ち続ける。


 幸い、俺とカルミア以外こんなローカルバスに乗っている客はおらず、人目を気にするようなことは無かったが、それでも女の子が隣で泣いているこの状況は、必然的に俺が悪いように思えてきて居心地が悪かった。


「ま、まあ、なんだ。とりあえず、黒猫の居場所が見つかってよかったな」


 普段からあまり人と話さずコミュニケーション経験の薄い俺は、励ましとも慰めとも言えないことで話題を逸らすしかできなかった。


 この世でいちばん難しいのは人付き合いだ。


 諏訪みたいな奴は別だが、美少女が隣で泣いているのは流石の俺も狼狽えるしかなかった。


「……大きく、なったね」

「……? なんか言ったか」

「ううん、何でもない」


 泣きながらも、不意に無邪気な笑顔を向けられて顔を逸らす。


 その笑顔は悲しみでも、誰かを待っているようなものでもなく、年相応の希望に溢れた美しい笑顔だった。


 まるで〈希望〉という彼女の名前に似合うような、そんなあどけない笑顔。


「ったく、なんだっていうんだよ……」

「なんか言った?」

「なんでもねえ」


 顔が熱く感じたのはきっと、夏が近づいているかだろう。


「にゃぁ」


 俺の様子を笑うように黒猫が小さな声で鳴いた。


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