【童話風】宮廷書記官リットと流れ星コンフェルト
遠くて小さな雪国、銀雪の国のお話です。
夜が深まる頃、王城は雪と灯りに囲まれていました。
「あっ、流れました!」
茶髪に茶色の瞳をした年若い侍従が、執務室の窓から夜空を見上げていました。
「リット様、流れ星を見ましたか?」
嬉しそうに執務机の主人を振り返ります。
茶髪を三つ編みにした主人は、手に持った羽根ペンから目を離しません。翠の目が真剣に、そして何処かめんどくさそうに文字を追います。
「俺の代わりにお前が見てくれればいい、トウリ」
リットは忙しそうに、羽根ペンを白い洋紙へ走らせます。
「くっそ、あの一級政務官め。専門用語ばかりの草書をよこしやがって。清書する身にもなれ」
「お口が悪いですよ、リット様」
「トウリも居残るはめになったんだぞ」
「それは、まあ……」
トウリが言い淀みます。いつもなら、とっくに終業して、食堂で温かいごはんを食べている時間です。
ぐう、とトウリのお腹が鳴りました。
きらり、と夜空が光りました。すぅっ、と星が流れます。
「あ!」
トウリが窓の外を見て、両手を組みます。
「背が伸びますように、背が伸びますように、背が……」
流れ星は、あっという間に消えてしまいます。
「あああああ、三回言えなかった」
「願うより、チーズ食べたほうが現実的だぞ」
リットは手を動かしながら、口も動かします。きっ、とトウリの茶色い目が吊り上がります。
「夢を壊さないでください、リット様」
「んー。悪い、悪い」
まったく悪びれもせず、リットは休まず羽根ペンを走らせます。
しゅんしゅん流れる星の軌跡のように、美しい文字が白い洋紙に書きつけられます。
また一つ、星が夜空を流れます。
トウリが両手を組んで祈ります。
「リット様がニンジンを食べられますように、リット様がニンジンを……」
「おいこら、トウリ。俺のことはいいんだよ」
「僕の夢を壊した仕返しです」
トウリは熱心に夜空へ祈ります。
「悪かったって。夢のある物をやるからさ」
リットが手を止めます。羽根ペンを置き、椅子から立ち上がりました。
壁際の本棚から、小さな木箱を取り出します。
「ほら、やるよ」
「何ですか? これ」
木箱はトウリの手の平に乗るほど、小さな物です。
「うん? 夢のある物」
にやりとリットが笑います。
「蓋を開ける勇気があれば、開けてみな」
そう言われれば、開けるしかありません。
トウリは手の平の上で、木箱の蓋をゆっくり開けます。
木箱の中には――色とりどりの星が入っていました。
「え、流れ星を捕まえたんですか!」
大きくなった茶色の瞳に、リットは笑みを深くします。
「コンフェルト、異国の砂糖菓子だ」
長く美しいリットの指が、一粒摘まみます。ぽいっ、と口に放り込みました。
「うん。甘い」
カリリ、と良い音がします。
「コンフェルト……、協奏曲ではなくて?」
「東の島国では、コンペイトウと呼ぶらしい」
「コンペイトウ……」
赤、青、緑、白。小さな星の形をした砂糖菓子が、きらきらと木箱の中で輝いていました。
トウリが緑のコンフェルトを摘まみました。窓の向こう、夜空へとかざします。しゅん、と本物の星が流れます。
緑の星を口に含めば、砂糖の優しい甘さが舌の上に広がります。
「星を食べるなんて、夢のあることだろう?」
リットの翠の目が細まりました。微笑んでいます。
トウリがコンフェルトを噛むと、カリリ、と鳴ります。しゅん、と夜空を流れ星が走りました。
天には銀沙のように輝く星々。
手には色とりどりの、甘いコンフェルト。
王城の夜は、更けていきます。
遠くて小さな雪国、銀雪の国のお話でした。