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リーゼロッテの後見人  作者: 秋月 菊千代
1章 幼女領主と後見人
16/19

15 騒動の結末



 報告書を読み終えたリーゼロッテは、ふう、と小さく息をついた。


「六代目様の頃からだったなんて……そんな昔のこと、わかるわけないですよね?」


 困惑気に呟くと、マリウスは小さく同意を示した。

 ディードは、今から百五十年ばかり昔、六代目領主シュテファニーの時代に身を潜めた間諜の末裔だったらしい。

 その当時は今の居城を新築している時期で、築城に携わる職人や商人の他にも、他領からの人の出入りが多かった。仇敵であるハーゲンドルフ側からの出入りにはもちろん気を配っていた筈だが、それを掻い潜るようにして侵入したらしい。


 初めから長期に渡る潜伏計画であったようで、まずは移民として街の片隅で暮らし、市民権を得たら職を得て、周囲に馴染むように生活していく。少しずつ信用を獲得していき、城に出入り出来るような地位を得る――その為には、最低でも三世代はかける計画だった。

 五世代目であるディードは平民としては魔力も高く生まれ、父と同じように兵士となったがその才を認められ、平民登用制度を利用して下級騎士として奉公出来るようになった。初代が受けた命令の計画どおり、堂々と城に出入り出来る地位を得たのだ。


「魔力の高い平民を登用する制度は、少し見直した方がいいだろうな」


 ジークヴァルトが呟くのへ、リーゼロッテは少し悲しい気持ちになりながら頷いた。

 領地内の貴族の人数が限られている中、魔力が必要な業務のすべてに携われる余裕がないときもある。そういうときに、魔力が多めの平民が登用されることになる。

 貴族としては自分の手が空くし、平民としては役職手当てがついたりして給料が上がり、お互いに余裕が出来て生活も安定する。双方にいいこと尽くしの制度だったのだ。


「これからはそうした方がいいと思います。でも、今勤めてくれている人達のお仕事を奪うことは出来ません。ひとまず本人と親族とかの調査を徹底するということでどうでしょうか?」


 提案すると、ジークヴァルトは軽く瞬いた。


「それが妥当だろう。各部署へ通達しておく――アロイス」

「承知致しました」

「調書の取り纏めはわたしが担当しよう」

「ありがとうございます、大叔父様。助かります」


 更にいくつか決めてしまわなければいけない案件について話し合い、その話がひと段落したところに、エッダが入室を求めてきた。


「姫様、そろそろお支度を致しませんと」

「あ、もうそんな時間でしたか」


 ごめんなさい、と乳母に謝ってペンを置き、執務室を出た。

 マリウスがドアを閉めようとすると、窓辺で寝ていたフリーデンが慌てて飛び出して行く。


「ギャア、ギャアッ!」

「うるさいなぁ。ぷぅぷぅ寝てたのは自分でしょ。こっちはお仕事してたっていうのに」


 置いて行くなんて酷い、とでも言うように頭のまわりを飛び回って鳴き喚く小さな風竜に、リーゼロッテは面倒臭そうな口調で返事をする。ギャア、と仔竜はまた鳴いた。


「痛い! 爪立てるなら頭に乗らないで、フリーデン!」

「ギュウゥ……」


 不満気な、でも何処か落ち込んだような声を漏らした仔竜は、小さな子供が肩車をするような体勢になって、器用にリーゼロッテの肩に乗った。ここにこうして乗るのが、すっかりと定位置になっている。ぽってりとしたお腹が首の後ろに嵌まるのがまた安定感があるものだ。

 ふん、と鼻を鳴らして自室へ向かって進んで行くと、エッダがくすくすと小さく笑う。


「すっかりと懐いてしまいましたね」


 エッダからはなにを言い合っているのかまったくわからないのに、この一人と一匹では通じ合っているらしく、会話が成立しているのが面白い。

 リーゼロッテは肩を竦めた。


「私の魔力で孵化したから、フリーデンと私は魔力の質がとても似ているんだそうです。親子か兄弟のように近いらしくて、大叔父様とマルセルが面白がっていました」


 竜族は両親が魔力を与えて孵化させるのだという。孵化するのに必要な量の魔力が溜まることで、分厚く頑丈な殻を破って外に出て来れるのだとか。

 気がつけば撫で回していたリーゼロッテは、撫でているときに無意識に魔力を与えていたらしい。お願いやお祈りと称していろいろ思い浮かべていたので、その過程で垂れ流していたようだ。

 人間でも孵化させることが出来るとは思わなかった、とヘンドリクスは物凄く驚いていた。非常に興味深いとも言っていたが、実験する為の卵が今では入手困難である為、研究対象にするのは断念したようだ。


 因みに、フリーデンが入っていた卵の殻はヘンドリクスに全部提供し、使い捨てではない防御の魔術具と、通信の魔術具の改良版を作ってもらった。どちらも風属性の素材が必要だったので、風竜の卵の殻はいい材料になった。


 自室へ辿り着くと、エッダが新しく入った側仕えと共に手早く着替えをさせてくれる。

 男性用よりも少し細身にして靴下のように脚に添うようにしたズボンと、膝が出るくらいの短めのチュニックを着る。これならスカートとズボンの重ね履きのようにみっともなくないし、靴下よりは生地が丈夫で怪我の心配も防げる。エッダが考えてくれた『女性らしさを残しつつも活動しやすい服』だ。賓客を迎える正装には不向きだと思うが、女性騎士見習いの服に似せているらしい。

 身分を示すマント替わりの上衣は、襟と裾に防御魔術の魔法陣が装飾的に刺繍されている。これ一着の完成に十日かかったというエッダ渾身の作だ。もちろん魔力を注いでおけば半永久的に使える術式である。


 未だに真っ白のままの髪を綺麗に梳いてもらえば、身支度は完璧だ。

 すっかりと短くなり、首筋の見える髪型にちょっとだけ笑みを向け、ジークヴァルト達が待ってくれている謁見の間へと向かう。フリーデンも追い翔けて来た。


 案内されて、まだ数えるほどにしか座ったことのない領主の椅子へと腰を下ろす。これから迎えるのは上位の賓客ではあるが、あちらが謝罪の為にやって来るので、初めの挨拶などはジークヴァルト達に任せ、リーゼロッテは座ったまま出迎えるようにと言われている。口を開くのは謝罪口上が終わってからなのだという。


 出迎えの手順を頭の中で確認していると、背凭れの上に止まったフリーデンが鳴く。退屈なのだと言う。


「ちょっと我慢してて。これからお客様が来るから。……嫌ならあっち行ってて」


 あっち、と部屋の隅を示すと、嫌そうに一声鳴いた。退屈だけどここで我慢するらしい。


「王都より、第二王子ディートフリート殿下、並びに第三王子ヒルデブレヒト殿下のご到着です」


 小声のやり取りをしているうちに、もう到着のようだ。慌てて姿勢を正していると、大きな両開きの扉が侍従の手によって開かれた。

 第二王子というと、ジークヴァルトが中央にいる頃に仕えていた王子の筈だ。それはどちらだろう、とやって来た黒髪と赤髪の二人の男性を交互に見つめると、赤髪の方の男性がにやりと笑みを浮かべる。

 あっ、と思わず声を上げかけたが、慌てて座り直す。勝手なことをしてはまだ駄目だ。


「訪領を許可頂き感謝致します、クラウゼヴィッツ辺境伯。そして、我々の弟による過日の無礼を、どうか謝罪させて頂きたい」


 黒髪の王子がそう言い、その場に跪いた。赤髪の王子もだ。

 謝罪に来るとは聞いていたが、まさか跪かれるとは思わなかった。驚いてジークヴァルトの方を見ると、彼はいつもの仏頂面のまま口を開く。


「フロイデンタール王家からの謝意を、クラウゼヴィッツは受け入れます。どうぞお立ちください」


 促されて姿勢を正した王子達は、懐から書状を取り出す。


「こちらは持参した品の目録になります。愚弟の無礼を金品で清算しようとするのは卑しいことだと思いますが、誠意の形として納めさせて頂きたい」

「お受け致します」


 丁寧な仕種で差し出された目録を、控えていた筆頭文官のアロイスが進み出て受け取り、同じく丁寧に掲げ持って元の位置に戻った。

 ご挨拶はこれで終わりだろうか、とそわそわ視線を動かすと、その視線に気づいたジークヴァルトが溜め息と共に額に軽く拳を当てる。ややして、小さく肩を竦めた。


「我が辺境伯は、堅苦しいことを好んでおりません。形式どおりの謝罪は受けましたので、もう楽にしてください」


 その言葉に、リーゼロッテや王子達はもちろん、文官や侍従達も肩から力を抜いた。


「元気そうだな、ジーク」


 黒髪の王子が声を弾ませながら両手を広げた。どうやら彼がディートフリート王子だったらしい。


「ご無沙汰しております。ディートフリート様もご健勝のようでなによりです」

「ああ。だが、其方がいなくなってから、少し退屈している」


 久方振り再会を確かめ合う元主従の会話を聞きながら、リーゼロッテは大きな椅子から飛び降り、とことことヒルデブレヒトの許へと向かった。


「あの、ヒルデブレヒト王子」


 見上げて声をかけると、大柄の王子は膝をつき、目線を合わせてくれる。そのがっしりとした体格を見て、やっぱりそうだ、と確信を持った。


「あのときは、ありがとうございました」


 バルタザールから救い出してくれて、要塞まで運んでくれた赤い髪の騎士だ。

 いやいや、とヒルデブレヒトは笑った。


「怪我の具合はどうだ? 治癒魔術ですぐに治してもらったか?」

「はい。でも、骨のヒビって魔術でもなかなか治らないらしいですね。しばらく痛かったし、動くのが大変でした。あと、ずれた骨を治すのがすごく痛かったです」


 踏みつけられて仰け反らされていた背骨と肋骨にはヒビが入っていて、押さえつけられたときに身体の下に巻き込んだ右肩はずれていた。痛みを感じないように治療中は眠らされていた筈なのだが、途中で気がついてしまって大変な目に遭ったのだ。

 げんなりした様子で返された答えに、ヒルデブレヒトは目を見開いた。想像していた以上の大怪我だったようだ。


「それは、また……」

「でも、ヒルデブレヒト王子が助けてくれたから、今はこうして元気でいられるんです。本当にありがとうございました」


 にこりと笑ってもう一度礼を言うと、ヒルデブレヒトはなんとも言えない表情になった。


「髪も随分短くしたようだが……治療のときに?」


 頭に傷などがあれば、治療の際に切ることもある。少年のように短くなってしまっているリーゼロッテの髪型に、ヒルデブレヒトは気の毒そうな目を向けた。


「いいえ。危ないから切ったんです」

「危ない?」

「はい。長いと掴まれるでしょう? 掴まれて引っ張られると身動き取れないし、かなり痛いんです」


 バルタザールに掴まれて引っ張られたとき、かなり痛かった。毟られて禿るとかいう心配よりも、痛いことの方が嫌だった。

 それに今はフリーデンが肩に乗るので、お尻の下に髪が巻き込まれて邪魔なのだ。小さくとも鋭い手足の爪が結び目を引っかけることもあるし、短い方が都合がいい。


 自分が考えた最善の手段としての短髪なのだが、貴族だろうと平民だろうと、女性は髪を長くするものだと決まっている。騎士でも女性なら短くしたりすることはないので、三歳未満の子供でもない限り、肩よりも短いのは異質だ。

 その異質な採択を迫られるほど、リーゼロッテは危険な目に遭ったのだ。そして、今後も同様の目に遭う可能性を想定している。


 困ったようにリーゼロッテを見つめたあと、ヒルデブレヒトはジークヴァルトを呼んだ。

 ディートフリートとの再会の挨拶にひと段落つけていたジークヴァルトは、その呼び声に振り返り、リーゼロッテの隣へと立った。

 立ち上がったヒルデブレヒトは、目を瞑ってひとつ息をつくと、笑みを浮かべた。


「クラウゼヴィッツは、当代も素晴らしい領主に恵まれたようだな。大変に喜ばしい」


 唐突な賞賛の言葉にリーゼロッテは驚く。

 いったいなんなのだ、と戸惑うが、ヒルデブレヒトは別に揶揄っている様子でもなく、本心でそう言ってくれたように思えた。

 ぽぽっと頬に熱を帯びるのを感じながら、ジークヴァルトを見上げると、彼はいつもの無表情で、様子を探るように見下ろしてきていた。


 その口許が、僅かに緩む。

 見間違いかと思えるぐらいの本当に微かに、淡いぐらいに口角が持ち上がり、青灰色の瞳がゆっくりと細められた。


「ええ、本当に。素晴らしい領主です。後見人として、これほど誇らしくて喜ばしいことはありません」


 答える口調がとても優しい。

 リーゼロッテはそれが嬉しくて、誇らしくて、にっこりと頷いた。






ここで一旦エピローグです。閲覧ありがとうございました。

閑話を挟んで次章に移行しますが、プロット煮詰めてる最中なので、更新まで少々お時間くださいませ。

感想等頂けると喜びます。私が。

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