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法書を巡る戦い

 山頂部付近に、岩肌が露出する足場の悪い平地があった。その平地の中心に、一つの石台が置かれていた。


 その石台には、丁度一冊の本が置ける枠があった。その石台を挟んで、二人の老人が対峙していた。


「······久しいなオーネック。前に会ったのは何十年前かのお」


 ロランドは眠そうな両目と声で、かつての兄弟弟子に話しかける。


「ふん。人さらいを知り合いに持った覚えは無いけどね」


 オーネックの辛辣な返答を聞きながら、ロランドは観察していた。オーネックが片手に持つ法書を視認すると、右手を上げた。


 すると、ロランドの後方にあった細い木の影から、拘束されたルチルとサリアが姿を表した。


「オーネック。法書を石台に置くんじゃ。そうすれば、娘さんはそちらに返す」


 ロランドの指示に、オーネックは素直に従う。手に持った法書を、静かに石台に置く。


「それでいい。これで法書を開いた者が、その力を得る事が可能じゃ」


 ロランドの言葉に、オーネックは不敵に笑った。


「家に諦めの悪い坊やがいてね。どうしてもルチルを助けるって聞かないのさ」


 オーネックの言葉に、ロランドは眠そうな両目を見開いた。


「サリア!気をつけるんじゃ!何者かが近くに潜んでおるぞ!」


 ロランドの叫び声と同時に、サリアは後方から地を駆ける音を聞いた。後ろを振り返ると、銀色の甲冑を纏ったシルが猛然と走っていた。


「シ、シル!?どうして?」


 ルチルは昨晩、小屋から飛び出した。その原因のシル本人の姿に、ルチルは驚いた声を上げる。


「······オーネックに姿隠しの魔法をかけられていたか。ルチルちゃん。ちょっとここで待っててね」


 サリアは野太い声でそう言うと、マントを翻しシルに向かって行く。


「くっ!邪魔はさせんぞ!」


 ロランドは手にした杖をシルに向け、呪文を唱えようとした。だが、それはオーネックの即応によって阻止される。


 オーネックは火炎の呪文をロランドに放った。ロランドはそれを魔法障壁の呪文で寸前で防ぐ。


 一方、サリアは自分に向かって来るシルに対して至って冷静だった。


「シル君だっけ?その重い甲冑を身に着けてのその脚力は大した物ね。でも知っているかしら?」


 サリアは冷たい表情で笑みを浮かべる。戦士と魔法使いの戦いに置いて、勝負を決めるのは互いのその距離だった。


 シルが幾ら快速を披露しても、サリアとの距離はまだかなりあった。


「この距離なら、私の方が先制攻撃が可能よ!!」


 サリアは黒い杖を振り、シルに雷撃の呪文を唱えた。三本の光の鞭がしなるようにシルを襲う。だが、シルはその足を止めなかった。


 一本の雷撃がシルの左肩に直撃した。それでもシルは歩みを止めない。その姿に、サリアはシルの意図を悟った。


「だ、第二激を撃たせない為に、初めから初発を受けるつもりだったの!?」


 サリアが杖を再び構えようとした時、シルは既にサリアの懐に侵入していた。


「うぐっ!?」


 シルが鋭く繰り出した右拳が、サリアの腹部に突き刺さった。サリアは悶絶しながら気を失い倒れる。


 それを眼前で目撃したルチルは、シルの左肩を見る。サリアの雷撃の呪文によって、肩の甲冑は砕け裂傷を負っていた。


 シルがルチルに近付く。少女は両手を後ろで縛られてながらもシルに向かって駆け出した。


「シル!大丈夫ですか?早く手当てを······」


 ルチルの言葉は、最後まで言い終える前に遮られた。シルはルチルを抱き締めた。


「······ごめん。ルチル。俺は何も知らずにルチルに酷い事を言った。本当にごめん」


 ルチルを抱くシルは、腕に力が入ってしまった。だがルチルには、その力がシルの誠実さを象徴しているように感じられた。


「······大丈夫ですよ。シル。大丈夫」


 ルチルは両目を閉じ、不思議な感覚に陥っていた。甲冑越しにシルの体温など感じる筈も無いのに、ルチルは温もりを感じていた。


 その時、シルとルチルに轟音が聞こえた。オーネックとロランドが互いに障壁を張り、見えない壁をぶつけ合い、凌ぎを削っていた。


 そして決着は早くに訪れた。ロランドの障壁に押され、オーネックは後方に弾き飛ばされた。


「先生!」


 両手の縄をシルに解かれたルチルは、両手を口に当て師に向かって叫んだ。当代の大賢者と呼ばれるオーネックを押し切ったロランドに対して、シルは驚嘆していた。


「······ロランド。あんたは昔から私より魔力が上だった。何故私達の師匠が法書をあんたじゃなく私に託したか。考えた事はあるのかい?」


 腰と両手を地に着けながら、オーネックは両目を細めかつての兄弟弟子に問いかける。


「······そんな事はとうに分かっておる。オーネック。お前が人格的にワシより優れているからじゃ。我が師の判断は正しかっただろうよ」


 ロランドは遠い昔の光景を思い出していた。若き日、オーネックと共に修行に明け暮れた。


 その日々の中で、ロランドはオーネックに惹かれていった。だが気持ちを打ち明ける勇気を持てず。師匠が亡くなってからはロランドとオーネックはそれぞれの道を歩んで行った。


 そして五十年年以上の月日が経過した。自分の残り少ない人生を考えた時、ロランドはオーネックに気持ちを伝える事を決断した。


 たが、やはり自分の口から言えないロランドは、師が残した法書の力を使い、思いを遂げる事を考えついたのだった。


「そこ迄分かっていながら。何でアンタはこんな真似をするんだい!?」


 オーネックはシワだらけの顔を歪め、真っ直ぐにロランドを見る。その意志の強い瞳は昔と何一つ変わらない。


 ロランドはそう感じ、その瞳から逃れる様に石台に向かって走り出した。石台に置かれた法書を開けば。


 その魔力を使えば、オーネックに気持ちを伝える事が出来る。ロランドはそう信じて疑わなかった。




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