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髪の毛の色

 オーネック家の朝は、飼っている鶏の鳴き声から始まる。鶏は産みたての新鮮卵を飼い人間に提供し、飼い主はそれを有り難く調理し食す。


 塩で味付けられた目玉焼きが、皿の上で湯気を放っている


「何だい。辛気臭い食卓だね」


 オーネックマルティーンがシワだらけの手で持ったフォークで目玉焼きを頬張り、シワだらけの顔を歪め呟いた。


 テーブルを囲んだオーネックの弟子であるルチルは一言も話さず、黙々とパンを口に運んでいる。


 ルチルは何時もの様に髪を三つ編みにしていた。だが、その髪の毛の色は黒だった。


 期間限定のもう一人の弟子、シルも俯きながら沈黙していた。昨晩、シルが目撃したルチルの髪の毛は、間違い無く金色だった。


 何故ルチルの髪の毛の色が違っていたのか。シルには一つの考えしか浮かばなかった。だが、その疑問を口にする事にシルは躊躇していた。


 食事を終えたルチルは、黙ったまま食器を台所へ運んで行く。


「訳は知らないけど坊や。早くルチルに謝るんだね」


 ルチルの姿を目で追っていたシルに、オーネックは一言だけ助言する。騎士を夢見る若者は、その返答に窮した。


 畑に出たシルは、麦わら帽子のつばを指で掴みながら空を見た。太陽は今日も容赦なく強い日差しを地上に降り注がせていた。


「······驚きましたか?」


 畑に腰をかがめ、何時もの訓編を始めようとしたシルの背後から、ルチルの声が聞こえた。


 シルは昨夜の光景が頭に浮かんで来た。不可抗力とは言え、行水中の女性を見てしまったのだ。謝罪するべきだとシルは考えていた。


「う、うん。少し」


 だがシルが言葉に出来たのは、自分でも情けなくなる位の陳腐な物だった。


「······染めているんです。髪の毛を黒に」


 ルチルの消え入りそうな言葉に、シルは不思議そうな表情になっていた。


「どうして?あんなに綺麗な金髪なのに」


 シルのこの問いかけに、ルチルは驚いた顔に変わる。


「······嫌いなんです。自分の髪の毛の色が」


 ルチルは再び両目を伏せ、悲しそうにそう言った。ルチルはそれ以上口にせず、シルはそれ以上聞けなかった。


 それからニ週間が過ぎ、シルの王宮騎士団の入団試験まで残り半月となった。だが、シルの修行は一向に目が出なかった。


 焦りは焦燥に変わり、シルは日に日に口数が少なくなって行った。


「シル。薬草スープを冷やして来ました。これは魔法使いが魔力が少なくなった時に飲む物です。僅かですが魔力が回復するんです。きっとシルの身体にいい影響がありますよ」


 畑に座り込み項垂れるシルに、お盆にカップを乗せたルチルが現れる。


「あ、ありがとう。ルチル」


 シルはルチル特製薬草スープを口にした。苦味の強い味だったが、シルの胸の中には苦味以外の成分が温かく広がって行った。


 一向に成果が出ないシルの訓練に、ルチルは文句一つ言わず付き合っていた。それどころか常にシルを励まし、明るい笑顔を見せている。


 騎士家でのシルは、常に成果を求められていた。その緊張感とは対照的に、ルチルの隣にいると、シルの心は春の陽気に身を置いている様に穏やかな気持ちになれた。


 シルは少女に感謝すると共に、その期待に答えられない自分の不甲斐なさに苦しんでいた。


 そして、決定的な出来事が起こった。シルの家からの使いがオーネック家を訪ねて来たのだ。


 使いから手紙を受け取ったシルは暫く考え込み、あてがわれた物置の部屋に戻った。その様子を心配したルチルは、ノックもそこそこにシルの部屋に入った。


「シル。お手紙の内容って······」


 ルチルが目にしたのは、シルが自分の荷物をまとめている姿だった。


「······世話になったな。ルチル。明日この山小屋を出るよ」


 あぐらをかきながら荷袋に衣服を入れるシルの背中に、ルチルは凍りついた様に立ちすくんでいた。


「家から報せが来た。今回の騎士団入団試験の申し込みを取り消したって」


「······取り消した?」


 シルの報告にルチルは驚く。シルの家族は成果の出ない事に業を煮やし、早々にシルに試験を受けさせる事を諦めたのだった。


「そんな!まだあと半月、時間は残っています」


 ルチルは必死にシルを説得しようと試みたが、シルの荷造りをする手は止まらなかった。


「······ここに来て一月半。自分には魔法の才能が無い事が良く分かったよ。いや。本当は自分で分かっていたんだ。俺は無駄な足掻きをしていただけだ」


 騎士団に入団する事は永遠に叶わない。そう思った時、シルの頭の中は絶望感で満たされていた。  


「オーネック先生も言っています!誰しも魔力を秘めていると。諦めないで下さい!」


「······知っているよ。先生の著書で読んだ。だからそれを信じて、先生の元へ弟子入りをお願いに来たんだ。でも。駄目だった!」


 苛立ちをぶつける様に、シルは手に持った似袋を床に叩きつけた。


「騎士になる夢は?本当にそれでいいんですか?シル!」


 ルチルの必死の説得に、シルは自分の理性が砕け散る音を聞いた。


「俺は教えられた事を誠実にやって来たつもりだ!でも出来ない!俺には種一つ芽吹かせる事も出来ないんだ!!」


「······シル」


 声を荒げるシルに、ルチルは心細そうな表情になる。


「······そんな俺の気持ちを、当たり前の様に魔法が使えるルチルに分かる訳がないだろう!!」


 シルは心の底に溜まった自分への怒りを、見当違いの方向へぶつけてしまった。それをぶつけられた少女は、両目から涙を流していた。


 その少女の姿を見た時、シルは自分が口にした愚かな言葉を即座に後悔した。ルチルは走るように物置の部屋を出ていった。


「ル、ルチル!!」


 シルは直ぐ様ルチルを追いかけて部屋を出る。だが、既にルチルは家を飛び出していた。


「満足かい?」


 居間に呆然と立ち尽くすシルに、オーネックの冷たい声が聞こえた。


「坊や。お前は自分の未熟さをルチルに当たり散らした。スッキリしたのかい?」


 両手を腰の後ろで組みながら、当代の大賢者は辛辣な言葉をシルに吐いた。


「······先生。ルチルは何故、自分の髪の毛の色を嫌っているんですか?」


 何故自分はこんな質問をしているのか。シルは自分でも分かり兼ねていた。だが、先程からシルの頭の中を占拠しているのは、ルチルが今まで自分に向けてくれた笑顔だった。


「······いいだろう。坊や。あんたがどれだけ甘ったれた考えを持っていたか。それを再認識させてあげるよ」


 山小屋を出たルチルは、暗闇の山道を当ても無く歩いていた。幾ら慣れた道とは言え、夜の山道を歩く事が危険な事は十分に分かっていた。


 自分は何故、あれ程必死にシルを説得しようとしたのか。ルチルはそんな事を考えていた。


 それは親切心からなのか。ルチルの心の回答は、それを是としなかった。シルが居なくなる。


 それが、自分を動揺させたのだとルチルには分かっていた。せめてあと半月。自分はシルと一緒に過ごしたかった。ルチルはそう思っていた。


 真っ直ぐに騎士を目指すあの誠実な若者に、自分はいつの間にか惹かれていた。


 闇夜を歩きながら、ルチルは自分の気持ちがはっきりと形になっている事に気付いた。


 ガサッ。


 その時、ルチルの頭上から枝葉が揺れる音が聞こえた。何者かが布の様な物をルチルの口に当てた。


 ルチルは必死に抵抗しようとするが、少女の意識はそこで途切れた。








 





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