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法書

 木の葉を撒き散らしながら大木から降り立ったのは、長身の男だった。腰まで伸びた黒い髪を後ろで束ねており、笑みを浮かべた若々しい顔は二十代前半に見えた。


 マントと旅装の衣服は黒で統一されており、若干釣り目のその視線をルチルから外さなかった。


「あらルチルちゃん。そこの茶色い髪のハンサム君はひょっとして彼氏かしら?」


 野太い声に女言葉。突然現れた釣り目の男に、シルは不審感しか沸かなかった。


「······何の用ですか?サリア」


 ルチルは足を一本後ろに退き、用心深く身構える。


「いやあ。私の雇い主のロランドが痺れを切らしてね。どうしても欲しいらしいのよ。オーネックマルティーンが持っている「法書」をね」


 サリアと呼ばれた男は、頭の後ろを掻きながらルチルに近付く。そのルチルの前に、籠を持ったシルが立ち塞がる。


「法書って何の事だ?何者か知らないが、ルチルは歓迎していないみたいだ。出直してくれるか?」


 ルチルとサリアの間に割って入ったシルは、毅然と釣り目男を拒否する。


「あら。間近で見ると更にいい男ね。法書ってのはね。私の雇い主ロランドとオーネックが共に魔力を学んだ師匠が残した本よ」


 この世に魔法を創り出した伝説の一族。ロッドメン一族の末裔と名乗る師の元で、オーネックとサリアの雇い主ロランドは、弟子として魔法を修得した。


 その師は臨終の際、ある一冊の本を弟子に託した。それは、師の全ての魔力を封じた本だった。


 本は巨大な魔力を入れる器だった。師は古代呪文に深く通じており、その本の魔力を使えば望む事はたいてい叶うと遺言にあった。


 そして師が法書を託した人物は、ロランドでは無くオーネックだった。


「でもその法書には使用期限があってね。今年の復活祭を過ぎるともう使えなくなるらしいのよ。ふふ。貴方。顔だけじゃなく態度も素敵ね」


 サリアが法書の説明を終え、至近でシルに微笑んだ瞬間、釣り目男が苦悶の表情に変わる。サリアの横腹を何者かが蹴っていた。そしてその加害者は、細目のジャミンだった。


「オイこらオカマ野郎。シル坊には幾ら喧嘩を売ってもいいが、ルチルに近付くんじゃねえぞ」


 ジャミンはうずくまるサリアを冷たく見下ろしながら、ルチルに「これ忘れモンな」と香辛料の小瓶を渡す。


 どうやらジャミンは、この為にルチルを追いかけて来たようだった。


「こ、この細目男!か弱い私に何て乱暴な事をすんのよ!」


 サリアは涙目と野太い声でジャミンに抗議する。


「そのでかい成りして何がか弱いだ。さっさと消えろオカマ野郎」


 ジャミンは両腕を組みながらサリアに通告する。釣り目男はジャミンを鋭く睨み、その余勢を駆ってルチルを見据えた。


「ルチルちゃん。ロランドはもう待つ気は無いわよ。法書を渡さないなら、実力行使に出る気よ」


 サリアはそう言うと立ち上がった。すると、釣り目男の周辺に風が巻き起こる。風はサリアの身体を持ち上げるように舞い、サリアは空を飛び消えて行った。


「······あれは、風の呪文!あの男は魔法使いか!」


 サリアの消えた空を見上げながら、シルは驚きの声を上げた。そして振り返り、ルチルを見る。


 少女の表情は、シルが今まで見た事が無い程厳しい物だった。


 山小屋に帰ったルチルは、サリアの事を師であるオーネックに報告する。あの釣り目男が口にした「ロランド」と言う名を耳にした時、オーネックの眉毛が僅かに動いた。


「ふん。期限が迫っているのは、坊やだけじゃ無いみたいだね」


 面白くも無さそうにオーネックはそう言った。一連の出来事に、シルは疑問だらけだったが、敢えてそれを聞こうとはしなかった。


 シルにとって、今は魔法を体得する事が最優先事項であり、他の事に構っている暇など無いからだった。


 夜の帳が降り、シルはベットの上で眠れない時を過ごしていた。日中の疲労も手伝い、健康な肉体は正当な睡眠を欲していた。


 だが、頭の中の雑念がそれを邪魔していた。王宮騎士団入団試験の期限が迫る中、シルは何も進展の無いこの状況に焦りを感じていた。


「······我ながら煮詰まっているな」


 シルはため息を付きながら、オーネックにあてがわれた物置部屋を出た。そして山小屋の外に出る。


 心地よい冷気がシルの肌を包んだ。夏は夜も寝苦しいが、山中の夜の気温は涼しい位だった。


 鈴虫の声を聞きながら、シルは下り道を歩いていた。厳しい家族の顔が頭の中に浮かぶ。


 大賢者オーネックに弟子入りをして尚魔力が修得出来ないとあっては、家族のシルへの失望は更に増す事が容易に想像出来た。


 再びシルはため息を漏らす。シルの歩く先に、小川が流れ込む小さな溜池が見えた。そこで顔を洗い、山小屋に戻る事をシルは決めた。


 小さな溜池は岩に囲まれるように在った。その岩の隙間から、水が弾く音がシルの耳に聞こえた。


 獣が溜池に入って行水でもしているのか。シルは岩の隙間から溜池を覗いた。


「誰かいるのか?」


 そこには、獣では無く人がいた。


 それは、女の背中だった。月明かりに照らされた、その一糸まとわぬ白い肌は白磁の様だった。


 そして背中まで伸びた黄金色の髪の毛は、月光に反射する様に見事に輝いていた。その輝きに、シルは目を奪われた。


 女がシルの声を聞き振り返った。女の顔を見た時、シルは絶句した。その顔は、シルがよく見知っている顔だった。


「······シル」


 ルチルは水に濡れた金髪に手を当て、シルを驚いた表情で見ていた。

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