Chapter 6 : wonder girl
シンデレラとの激闘を終えてはや数時間。赤ずきんの体力は完全に回復しきっていた。あてもなくフェアリエル内を歩きながら、残る二人の四天王に思いを馳せる。
「残りは二人。たしか、『リィちゃん』って呼ばれてるのと、『かぐさん』って呼ばれてるんだっけ」
思考をめぐらせるが、あだ名という少ないヒントだけでは皆目見当もつかない。
「でも、多分残ってるのは私とその二人くらいなはず……」
赤ずきんはよりいっそう視界を動かしながら歩いた。もしAIを見つけることができたなら、それが残りの二人のうちどちらか一方であることはほぼ間違いない。
歩き続けて数分。高台から眼下の風景を見下ろしていた赤ずきんは、先の方に見える廃ビルのような建物の壁の上に座っている少女を見つけた。
「いた……!」
赤ずきんは高台から飛び降り、一直線に廃ビル目掛けて走った。数分とかからず目的地に到着する。向こうも赤ずきんの存在に気づいていたようで、地上に降りてきていた。
「こんにちは! あなたが、四天王以外で最後のAI?」
「うん。おそらく」
「そっかぁ。他の四天王は? まさかだけど、かぐさん倒したなんて言ったりしないよね?」
「そのかぐさんって人にはまだ出会っていないの。だけど、あなたとそのかぐさん以外の二人は倒した」
「そっかぁ。林檎ちゃんもシンディも負けちゃったかぁ。シンディは相性悪かったから得ではあるけど、ちょっと悲しいなぁ」
「あなたもシンデレラさんと同じようなこと言うんだね。てっきり、四天王ってみんなもっと非情なのかと思ってた」
「みんなそんなことないよ。ただ、割り切るのは得意だと思うよ。そこは一応敵同士だったし」
「そう。ならあなたも、変に悲しんだりしてヘマして負けてくれたりしないんだ」
「うん!」
にっこりと笑う少女。しかしその笑顔の奥には、どこか白雪姫とおなじようなものを赤ずきんは感じ取った。
「じゃあ、始めよっか!」
「ええ」
お互いに一歩ずつ歩み寄る。依然少女は笑ったままだ。
「「program execute : system fairiel」」
円形のフィールドが生成されていく中、少女は思い出したように口を開いた。
「あ、言い忘れてた。私はAI program , system ; fairiel{code/003.wonderland/}、固体名アリス。あなたは?」
「私はAI program , system ; fairiel{code/013.red cap/}、固体名赤ずきん」
「ふぅん、赤ずきんちゃんかぁ。楽しもうね!」
「楽しむつもりはない。ただ、勝つだけ……!」
楽しげな表情で会話するアリスとは対照的に、戦意に溢れた表情の赤ずきん。正反対の二人の視線が絡み合う。
「「program execute : weapon cloud」」
赤ずきんはナイフを取り出し、すぐさまアリスに斬りかかった。だが、アリスは剣でそれを受け止めた。防御を弾いて攻撃をしかけようとした赤ずきんの腹を斬撃が裂いた。
「っ!?」
赤ずきんはバックステップで距離をとり、アリスを観察した。アリスが持っていた剣は防御に使われていた。赤ずきんに斬撃を与える武器はないはず。システム上、一度に二つ以上の武器を取り出すことは不可能だからだ。しかし、アリスの両手には剣が握られている。
「どうして。一度に二つの武器は取り出せないはず。それに、武器は一種類につき一つまで」
「うん、そうだよ。だから一つしか武器は取り出してないし、一種類しか持ってないよ」
そう言ってアリスは赤ずきんに飛び掛った。両手に持った剣での連撃が赤ずきんを襲う。赤ずきんは何とかナイフで攻撃を捌くも、アリスの攻撃速度に追いつけず、防御を崩されてしまった。
防御が剥がれた隙に、アリスが懐に潜り込んでくる。アリスは楽しげに笑みを浮かべながら言った。
「私の得意武器はね、双剣なんだ!」
「双剣!?」
「program execute : skill<twin slash ; type-buster>」
アリスが双剣を二本同時に縦一文字に斬りつける。発生した斬撃が赤ずきんに直撃し、吹き飛ばした。
「どう? びっくりした?」
「ええ、とっても」
赤ずきんが立ち上がりながら答える。アリスは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた後、再び赤ずきん目掛けて飛び掛った。アリスが斬撃を繰り出すが、赤ずきんはすんでのところでそれをかわした。アリスの剣が赤ずきんを追って空を斬る。赤ずきんは時にかわし、時にナイフで受け止めながら反撃のチャンスを窺った。
(ここだ!)
アリスの右からの斬撃をしゃがんでかわし、左からの斬撃をナイフで弾き返した赤ずきんは、サマーソルトキックでアリスの体勢を崩した。
「program execute : skill <smash dagger ; type-rush>」
斬撃の連撃ではなく、赤ずきんは突きの連撃を繰り出した。最後の一撃に全力を込める。アリスの腹部に直撃したスキルは、アリスを後方によろめかせた。赤ずきんはすかさず回し蹴りで剣を蹴り落とし、反撃を封じてからもう一度向き直った。
「program execute : skill<smash dagger ; type-sonic>」
突進する勢いでアリスの腹部にナイフを突き刺す。その衝撃でアリスは後方に吹き飛んだ。赤ずきんは息着く間もなくそれを追いかける。
「やるじゃん!」
アリスは着地し、追いかけてくる赤ずきんを避けて振り向いた。赤ずきんも数メートル先の地点で着地し振り返った。
「「program execute : weapon cloud」」
赤ずきんはナイフを仕舞って篭手を取り出す。アリスは一度剣を取り出して、すぐに仕舞って再度双剣を取り出した。一回別の武器を挟むことで、飛ばされた双剣を強制的にウェポンクラウドに戻したのだ。
アリスが斬りかかる。赤ずきんは手のひらでそれを受け止め、掴んでアリスを引き寄せた。そのまま至近距離でアリスの顔面を殴る。二発目のパンチをアリスは紙一重で避けると、もう一本の剣を赤ずきんの肩に突き立てた。そして掴まれた方の剣をひねって赤ずきんの手を離させる。そのまま肘で赤ずきんの頬を殴る。
「program execute : skill<twin slash ; type-explosion>」
アリスの双剣による斬撃が爆発を起こし、赤ずきんを吹き飛ばした。アリスもバックステップで衝撃を緩和し、綺麗に着地した。地面に倒れた赤ずきんもすぐさま立ち上がる。
「流石、二人を倒しただけはあるね!」
「あなたこそ。四天王の肩書きは伊達じゃないのね」
ここでようやく赤ずきんの口元にも笑みが浮かんだ。アリスはより一層嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「じゃあそろそろ」
「本気でいくよ」
「program execute : skill<overload ; type-wolf>」
「program execute : skill<Alice in wonderland ; type-unreal>」
赤ずきんの右目が赤く染まる。フードを脱ぎ、狼の耳が露になる。
円形のフィールドからテクスチャがはがれていく。いままであった退廃的な光景は消え失せ、真っ暗な世界が現れる。
「さぁ、30秒間のショータイムの始まりだよ!」
「何だかわからないけど、負けない……!」
赤ずきんがアリスに飛び掛る。しかし次の瞬間、アリスが消えた。赤ずきんの視界から消えたのではない。そこにいたはずのアリスが文字通り消え失せたのだ。
「こっちだよ!」
後ろから声がして振り向くと、消えたはずのアリスが背後に立っていた。赤ずきんが対応するより早く、アリスが赤ずきんを斬りつける。赤ずきんはバックステップで距離を取り体勢を立て直そうとした。しかし、背後に突然アリスが突然現れ、再度斬りつけた。
「program execute : skill<twin slash ; type-buster>」
アリスがスキルで斬撃を飛ばす。二つの斬撃が前後に連なって飛来する。赤ずきんはふたつとも連続で対処仕切れるよう拳を構えたが、赤ずきんの目前で斬撃が両方とも消失した。
「え?」
赤ずきんの口から言葉が漏れるのとほぼ同時に、背面に出現した斬撃が赤ずきんの背中を切り裂いた。理解が追いつかない赤ずきんに、頭上からもう一つの斬撃が襲い掛かる。
「くっ……!」
何とか拳で弾き返し、二つ目の斬撃を防いだ。
「さっきから一体何が……」
アリスが跳躍して向かってくる。赤ずきんが構えるが、またしてもアリスの姿は消え、次は右方向に出現し斬りかかってきた。
「program execute : skill<twin slash ; type-rush>」
連撃のスキル。アリスは一撃ごとに姿を消し、前後左右上下ありとあらゆる場所に出現しては斬撃を加えて消えていく。何が起こっているかわからない赤ずきんはなすすべなく攻撃を受け続けた。
「program execute : skill<twin slash ; type-pierce>」
アリスは二本の剣で赤ずきんを突き刺し、吹き飛ばした。
「何なの、このスキル……」
「私の固有スキル、Alice in wonderland ; type-unreal。戦闘フィールド内を30秒間だけ支配できるスキル」
「支配?」
姿を消し、後方から斬りかかってきたアリスの斬撃を赤ずきんは何とか受け止めた。
「そうだよ。ある程度のことまでなら、フィールド内の事象を私の思うままに操作できるの。相手を殺すとかは無理だけど、瞬間移動とかスキルの複製、キャンセルとかならできちゃうんだ」
赤ずきんはアリスを弾き返し、距離を取った。しかし、この状況下ではこの行動も意味が無いということになる。
あと20秒。
「program execute : skill<twin slash ; type-buster>」
アリスの放った斬撃が飛来する。すると、空中でそれぞれが三つに分裂した。
「スキルの複製……!」
例の通り消えた斬撃が四方八方から赤ずきんを襲う。
「program execute : skill<protect barrier ; type-wolf>」
バリアのスキルを発動する赤ずきん。すると、バリアが張られる前にスキルがキャンセルされた。
「そうだと思った。でも、これならどう?」
赤ずきんは拳を地面に叩きつける。
「program execute : skill<impact fist ; type-wolf>」
赤ずきんを中心に爆発が起こり、六つの斬撃をかき消した。
「やっぱり。連続でのスキルキャンセルは不可能なんだ」
「システム的にゲームバランスを保つためだろうね。さすがに何回も連続でできたら私だって楽しくないし」
「よかった。じゃあ戦える」
赤ずきんはアリスに飛び掛る。
「program execute : weapon cloud」
篭手を仕舞いナイフを取り出す。斬りかかると、アリスは姿を消した。赤ずきんはすぐさま背後を向き、出現するであろうアリスに備える。しかし、アリスが現れたのは頭上だった。
「program execute : skill<twin slash ; type-pierce>」
頭上から剣を突きだすアリス。予測していたのか、赤ずきんは見向きもせずにそれを避けた。そのまま落下してくるアリスを回し蹴りで飛ばし、追いかけてナイフを突き出す。
「program execute : skill<smash dagger ; type-wolf>」
アリスはそのまま後方への運動エネルギーに任せてタイミングを計ろうとした。しかし、突如何かに阻まれて動きが停止した。
「フィールドの端はまだのはず……。じゃあこれは!?」
「さっきの私のスキルでできたバグ。上手くはまってくれてありがとう」
赤ずきんはアリスの腹部に深々とナイフを突き刺す。ダメージとともにアリスの体にバグがうつる。
「っ……!」
赤ずきんがナイフを引き抜くと、アリスは姿を消した。
「そもそも、事象の操作自体をさせないような戦法を取れば済むのか」
「さすがだね。今までそんな人いなかったよ!」
後方から斬りかかってくるアリス。赤ずきんはそれを受け止めるフリをしながら、次にアリスが出現するであろう場所に注意を払った。
「次は背後……とみせかけて前に戻ってくる」
一瞬後ろを振り向いてすぐに前に向き直る。赤ずきんの予想通りアリスが丁度斬りかかってくるところだった。アリスは剣筋を避け、右肩にナイフを突き刺す。
「program execute : skill<smash dagger ; type-wolf>」
ナイフを中心に爆発が起こる寸前、スキルの発動がキャンセルされた。アリスが姿を消す。
「program execute : weapon cloud」
赤ずきんは弓矢を取り出す。
「program execute : skill<arrow shoot ; type-wolf>」
赤ずきんが矢を放つとほぼ同時にアリスが出現する。赤ずきんの放った矢は見当違いの方向に飛んでいる。アリスが赤ずきん目掛けて跳躍した瞬間、別方向に飛んでいたはずの矢がアリスに突き刺さった。
「homingのスキル!」
「の、強化系」
直撃したアリスは着地し、体勢を立て直した。
あと5秒。
「program execute : weapon cloud」
「program execute : skill<twin slash ; type- rush>」
「program execute : skill<smash dagger ; type-wolf>」
赤ずきんがナイフを取り出し、スキルを放つ。しかしキャンセルされた。アリスはそのまま赤ずきん目掛けて突っ込んでくる。姿を消し、右方向から現われて一撃目を加えて姿を消した。一撃目を何とか受け止めた赤ずきんだったが、二撃目以降はすべてを受け止めることはできなかった。
「program execute : skill<twin slash ; type-pierce>」
最後に背後に現われたアリスが二本の剣を突き出す。赤ずきんは何とか弾いたが、何かが赤ずきんの体を貫いた。
「スキルの複製……!」
赤ずきんはアリス目掛けてナイフを突き出す。アリスが姿を消した瞬間、赤ずきんは自分の周りを一周、ナイフで薙いだ。
「program execute : skill<smash dagger ; type-wolf>」
スキルの処理が完了するより前に出現したアリスは、実行途中のスキルに巻き込まれダメージを負った。
あと2秒。
赤ずきんはナイフを上へ投げ捨て、アリスに飛び掛った。アリスは赤ずきんに斬りかかる。一撃目をかわし、二撃目を受けながら突進する。赤ずきんはアリスの腕を掴み、後方へ投げ飛ばす。アリスは空中で体勢を立て直し、赤ずきんに向き直る。
下手に事象操作を行えば、次動作を読まれる可能性がある。そのためアリスはギリギリまで粘って、赤ずきんが次に飛び込んできたとき。つまり切れる寸前に最後の事象操作で瞬間移動をするつもりだった。
残り1秒。
アリスの予想通り、赤ずきんが地を蹴って近寄ってくる。そのタイミングで事象操作を行おうとしたその瞬間、アリスの右肩にナイフが突き刺さった。
「えっ?」
先ほど赤ずきんが投げたナイフがタイミングよく落下してきたのだ。
「まさか、これを狙って……。って、あ」
ナイフに機を取られている間に、フィールドにテクスチャが貼られていく。スキルの効果が切れたのだ。
「program execute : skill<powered attack ; type-wolf>」
目前まで迫った赤ずきんの右拳がアリスの鳩尾に深々とめり込む。そのまま後方へ吹き飛んだアリスはフィールドの壁に衝突した。赤ずきんはそれを追いかける。
「program execute : skill<smash dagger ; type-wolf>」
「あーあ、私の負けかぁ。がんばってね、かぐさん」
「チェックメイト」
赤ずきんはアリスの右肩に刺さっているナイフを掴み、そのままアリスの体を引き裂いた。バグに呑まれてアリスが消えていく。
フィールドが消失していく中、赤ずきんはナイフをウェポンクラウドに仕舞った。
「これで、あと一人」
赤ずきんは直感的に、次の行き先を決めた。目的地はフェアリエルの中心部。きっと、セオリー通り最終決戦はそこで行われるはず。そう確信した赤ずきんは歩き出した。中心部までは約10分。体力が回復しきるには充分な時間だ。