Chapter 4 : death apple
フェアリエル内の高台に立ち、眼下に広がる電脳空間を見下ろしながら、赤ずきんはため息をついた。
「いないなぁ……そろそろ終わりなのかなぁ」
前まではもう少しモンスターもAIもいたはずだ。少なくとも、この高台からはちらほらと確認できたはず。しかし、今やAIもモンスターもほとんど見当たらない。
「なんだっけ、四天王だったかな……あとはそれくらいしか残ってないのかも」
数人のAIから聞いた情報。ここフェアリエルには「四天王」と呼ばれる四人のAIがおり、それぞれ強力な固有スキルと高い戦闘能力を有している。彼女らが実質フェアリエル内での最強の存在であり、最後の一人になるには超えなければならない壁である。
なお、その情報を提供したAIたちはみなバグに呑まれて消滅していった。
「どっちにしろ、勝ためにはあのスキルを制御できるようにならないと」
先のいばら姫との戦闘で取得した固有スキル、「overload ; type-wolf」高倍率の自強化とバグを操る効果を付与する自己強化系のスキル。強力なスキルであることには変わりないが、まだ赤ずきんは制御しきれていなかった。故意に発動させることはできるものの、発動した後は意識を失い、気がつけばいつも戦闘が終わっていた。
「とは言っても、もうAI残ってないし……」
AIがいないので四天王と戦うしかない。しかし勝つには固有スキルの制御が不可欠。そのために練習台にするAIもモンスターもいない。と、赤ずきんは無限ループに陥っていた。
「あーもうどうしたらいいんだろう。ひょっこり四天王の誰か出てきたりしないかなぁ」
「呼んだ?」
赤ずきんが呟くと、背後から少女の声がした。振り向くと、黒と白のドレスを着た少女が一人。
「アナタ、今四天王って言った? 言ったよね。私のこと?」
「え、言ったのは言ったけど……アナタ四天王の一人なの?」
「そうだよー。四天王は私とシンディ、リィちゃんとかぐさんの四人のこと。見た感じ、アナタも結構勝ち上がってきたみたいだね。どう? 私と戦う?」
まるで散歩にでも誘うかのようなテンションで戦闘に誘われ、赤ずきんは少したじろいだ。しかし、わざわざ四天王の方から来てくれたのだ。この機を逃すわけにはいかない。
「……いいよ。やろう」
「ふふ、じゃあ始めよっか。私の名前はAI program , system ; fairiel{code/006.snow white/}、固体名白雪姫。アナタは?」
「私はAI program , system ; fairiel{code/013.red cap/}、固体名赤ずきん。悪いけど、勝たせてもらうね」
「できるものならね」
互いににらみ合い、同時に口を開く。
「「program execute : system fairiel」」
フィールドが展開される。二人共一歩下がり、コマンドを実行する。
「「program execute : weapon cloud」」
赤ずきんはナイフを、白雪姫は弓矢を取り出した。白雪姫が矢を放つ。赤ずきんはすばやい動きでそれらをかわしながら、着実に白雪姫に近づいていく。目前まで迫ったところで、ナイフを振り下ろす。白雪姫は弓でそれを受け止めると、弾き返すと同時にもう片方の手で赤ずきんの横腹に矢を突き刺した。
「っ……!」
赤ずきんは白雪姫から体を剥がし、左手で矢を引き抜く。そのまま矢を投げ捨て、白雪姫からの攻撃をかわす。
「すごいすごい、よく避けるね!」
「これくらいの距離ならわけない……!」
一本の矢を大きく跳躍してかわし、赤ずきんは空中でナイフを構えた。
「program execute : skill<sword slash ; type-buster>」
ナイフを横に薙ぎ、生まれた斬撃が矢を次々と落しながら白雪姫目掛けて飛来する。白雪姫は弓を引き絞り、斬撃に狙いを定める。
「program execute : skill<arrow shoot ; type-explosion>」
算撃に直撃した矢が爆発し、スキルを相殺する。爆発の煙を切り裂いて、赤ずきんは白雪姫に飛び掛った。が、煙の晴れた先にその姿は無い。
「あははっ! こっちこっち!」
一瞬前までいたはずの場所から数値にして約十数メートル。赤ずきんの着地予定地点から離れたところで、白雪姫は弓を構えていた。
「program execute : skill<arrow shoot ; type-sonic>」
赤ずきんの足が地に着くより早く、白雪姫の放った矢が赤ずきんの右足を貫いた。それによって上手く着地できず、地面に転がった赤ずきんを、さらに多くの矢が襲う。赤ずきんは地面に転がったままナイフで数本の矢を切り落としたが、捌ききれなかったいくつかの矢が体に深々と突き刺さる。
「あぁっ!」
「えへへー、ひっかかったぁ!」
ダメージを受ける赤ずきんをみて、楽しげに飛び跳ねる白雪姫。まるでおもちゃを前にはしゃぐ子供のようだ。
「立つ? まだ立つ?」
「当たり……前でしょ……!」
ふらふらと立ち上がる赤ずきん。体のあちこちに矢の刺さった痛々しい姿のまま、ナイフを握りなおす。
(heal patchはもう残ってない。このまま続行するしか……)
またもや矢が放たれる。赤ずきんは悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、飛来する矢を避け続けた。
「program execute : weapon cloud」
このままじゃ埒が明かないと判断した赤ずきんは、ウェポンクラウドを開き、ナイフを仕舞って斧を取り出した。そしてその勢いのまま、飛び交う矢を叩き落とす。
地面を強く蹴り、白雪姫目掛けて飛び掛る。矢を叩き斬り、空中で大きく斧を振り上げた。
「program execute : skill<ax kill ; type-gravity>」
斧の質量を肥大化させ、力の限り振り下ろす。白雪姫はそれをかわすそぶりを見せないまま、弓を引き絞る。
「program execute : skill<protect barrier ; type-reflection>」
赤ずきんのスキルが白雪姫に直撃する寸前、白雪姫が使用した反射の防御スキルによって斧は弾かれ、赤ずきんは自分が使用したスキルの分のダメージを負った。そして白雪姫が続けざまにスキルを放つ。
「program execute : skill<poison apple ; type-death>」
力いっぱい引き絞られた弓から放たれた一本の矢が、赤ずきんの体を貫いた。そのまま衝撃で後方へ吹き飛び、地面に倒れた。
「どう? 私の固有スキル、毒りんごのお味は?」
「毒……りんご……?」
「そう。私の固有スキル、毒りんご。相手に解除不可で高効果の毒状態を付与するスキルなの。アナタの残り体力からすると……あと一分くらいかな?」
「一分……?」
「うん! 毒のダメージ量は最大体力からの割合だから、残り体力が少なければ少ないほど、早く死ねるんだよ!」
「じゃあ、一分以内に決着をつければいいってことだね……」
赤ずきんはゆっくりと立ち上がり、白雪姫を睨みつけた。
「お、やっと本気かな?」
「program execute : skill<overload; type-wolf >」
赤ずきんの右目が赤く輝く。上を向いて大きく雄叫びを上げ、もう一度白雪姫を見遣る。脱げたフードの下から、狼のような耳が露になる。
「すごーい! 狼だ!」
楽しげな声を上げる白雪姫。その目前に一瞬にして赤ずきんが接近する。赤ずきんはノーモーションで斧を横に薙いだ。白雪姫はそれに反応し、弓でそれを受け止め、バックステップで衝撃を緩和する。
「すっごく速くなった! そうこなくっちゃ!」
高速で白雪姫に近づく赤ずきん。白雪姫はひたすら逃げ回りながら、赤ずきん目掛けて矢を放つ。赤ずきんはそれを易々とかわすが、白雪姫は赤ずきんの回避先を予測し、丁度当たるように調整して矢を放つ。そしてそれを赤ずきんがかわす。そんなことが数秒間の間高速で繰り返される。
「んー、そろそろ弓も飽きちゃったな」
白雪姫はそう呟くと、弓を放り投げた。突進してきた赤ずきんの攻撃を跳躍してかわし、空中でコマンドを実行する。
「program execute : weapon cloud」
白雪姫はウェポンクラウドからナイフを取出し、着地と同時に地を蹴り、赤ずきんと衝突する。つばぜり合いで赤ずきんの勢いを止める。赤ずきんの攻撃を受け流し、右頬に蹴りを入れて体勢を崩し、蹴り飛ばした。
「良く見てみたら、この孔ってバグ? もしかして、そういうスキルなのかな?」
周囲に散らばる黒いプログラムの孔を見回し、白雪姫は言った。そうなれば、この攻撃を受けるのはまずい。
「じゃあ、全部避ければいっか」
再度突っ込んできた赤ずきんの攻撃を受け流し、コマンドを実行する。
「program execute : item cloud」
白雪姫はアイテムクラウドからとあるアイテムを取り出した。speed enhancer。移動速度強化のスキル効果を付与するアイテムだ。白雪姫は注射器型のそれを自らの右腕に刺した。
「program execute : skill<enhance ; type-speed>」
さらにその上から移動速度強化のスキルを付与する。enhancer系のアイテムは、元のスキルと重ねがけすることが可能なのだ。
「これで私の移動速度は理論値。アナタもenhancerを持っていない限りは追いつけない!」
移動速度強化の重ねがけによるステータスのカウンターストップ。最高値の移動速度で赤ずきんをかく乱しながら、白雪姫は斬撃を与えていく。
「program execute : skill<smash dagger ; type-rush>」
本来は至近距離で連続攻撃を繰り出すスキルだが、白雪姫はフィールド内を駆け回りながら、赤ずきんが追いつけないスピードでヒットアンドアウェイを繰り返す。
ヒットアンドアウェイを繰り返し、何回目かの攻撃をした後。同じように距離を取った白雪姫の背後を、赤ずきんがつけた。
「追いかけてくるの? 無理無理、追いつけないよ!」
理論値の移動速度を持つ白雪姫には追いつくことはできない。しかし、赤ずきんの握る斧は白雪姫の背中を裂いた。
「痛っ! どうして!?」
ダメージを負っても動き続ける白雪姫。しかし、引き離すどころか赤ずきんとの差は縮まるばかり。
「なんで!? 今の私は最速のはずなのに!」
そう叫ぶ白雪姫を突き飛ばし、赤ずきんは漸く立ち止まった。
「……このスキルはただの自強化じゃない。バグを使った理論値以上へのステータス上昇を可能にする」
「なぁんだ、喋れるんだね」
「あなたからダメージを負いすぎたおかげで、少し正気を取り戻したの。お礼を言うわ」
赤ずきんは間髪いれず白雪姫に飛び掛り、斧を振り下ろした。すんでのところでそれをかわす白雪姫だったが、あっさり赤ずきんに動きを追われ、脚に斬撃を受けた。立ち上がることのできなくなった白雪姫の体を、赤ずきんは踏みつける。
「チェックメイト」
「ふふっ、私は倒せても、シンディやリィちゃんを倒せるかなぁ?」
「関係ない。倒すだけ」
赤ずきんは斧を大きく振り上げる。
「program execute : skill<ax kill ; type-wolf>」
そしてそのまま、力任せに振り下ろした。斧の刃が、黒い孔を生みながら白雪姫の体を叩き斬る。一瞬の後に白雪姫の体は消え失せ、フィールドも消失した。
「スキルを受けてからジャスト50秒。危なかった……」
白雪姫との戦闘が終わったことで、固有スキルによって受けた毒効果も解除された。しかし、受けたダメージはそのまま。
「……ここらならモンスターもいないだろうし、少しくらい、休んでもいいよね」
そう呟くと、赤ずきんはその場に倒れこんで寝息を立てた。