Chapter 2 : AI battle <fairiel>
上空から降り注ぐ火の玉を避けながら、空を羽ばたくモンスターを追いかける。物陰に身を隠すと、眼でモンスターを追いながら赤ずきんはコマンドを行使する。
「program execute : weapon cloud」
ウェポンクラウドを開き、弓矢を取り出す。
「まさか飛ぶなんて……」
赤ずきんは弓を引き絞り、狙いを定めてモンスターに放った。きれいな軌道を描き、矢が右翼に命中する。落下するモンスターに向けて、もう一度弓を引き絞る。
「program execute : skill<arrow shoot ; type-explosion>」
橙色に淡く輝く矢を放ち、モンスターに命中するとたちまち大爆発が起きた。命中と同時に爆発を起こすスキルだ。
爆発の煙が消えると共に、戦闘のリザルトが表示される。赤ずきんの勝利だ。
「獲得は……よし、スキルゲット」
小さくガッツポーズをして、弓矢をウェポンクラウドに仕舞う。その場に座り込んで一息ついた。
「ふぅ、疲れや空腹はないけど、たまには休憩したくなるなぁ」
ため息をついて、赤ずきんはふと思い出して、ウェポンクラウドを開いた。
「program execute : weapon cloud」
これまでに入手した武器の一覧を眺める。初期武器のナイフ、剣、弓矢、ハンマーの四種類。それぞれに呼応するいくつかのスキルも取得した。戦闘経験ばかりはあまり自信がなかったが、そろそろ他のAIとの戦闘も視野に入れようと赤ずきんは考えていた。
「とは言っても、AI自体いないんだよね……」
チュートリアルのときの女性以外で、赤ずきんはAIと出会っていなかった。赤ずきんの思っていたよりフェアリエルは広かったようだ。
「もっと動かなきゃいけないかな……よし、そうと決まればすぐ動こう。いつまでも同じ場所にいたって変わらないしね」
赤ずきんは立ち上がると、その場を後にしようと物陰から身を出したそのとき。
「あら、いいところに」
「なんでこういうタイミングで出会うかなぁ……」
突然赤ずきんの目の前に現れたのは花のような形のドレスを着た少女。どこからどう見てもAIの一人だ。
「あなた、何戦目?」
「まだゼロです」
「あらそう。私はこれで三戦目だけれど、どうする?」
「受けますよ。どちらにせよ他の方々を探そうと思っていたところですし」
そうなるように仕組まれているからか、戦闘にいたるまでがあまりにもスムーズだと赤ずきんは思った。その方が効率がいいのだろう。
「じゃあ始めましょうか。とは言っても、どうせ私が勝つでしょうけれど」
「どうでしょうか。私だって負けるつもりはありません」
少女が一つ呼吸を置いて言う。
「私はAI program , system ; fairiel{code/009.little flower/}。固体名おやゆび姫」
赤ずきんも、おやゆび姫に倣って言う。
「私はAI program , system ; fairiel{code/013.red cap/}。固体名赤ずきん」
二人が睨みあう。そして、同時に口を開いた。
「「program execute : system fairiel」」
コマンドが実行されると共に、二人を中心に半径100メートルのフィールドが生成される。ドーム状の天井が形成され、退出が不可能になる。
「「program execute : weapon cloud」」
二人同時にウェポンクラウドを開き、赤ずきんはナイフを、おやゆび姫は棍を手に取った。一瞬の間のあと、先に攻撃を仕掛けたのはおやゆび姫だった。
「やっ!」
一気に間合いを詰めて棍を振り下ろす。そのまま突き、なぎ払いと攻撃を派生させていく。赤ずきんはなぎ払いを屈んで避けると、おやゆび姫の首筋目掛けてナイフを突き出した。紙一重でかわすおやゆび姫。しかし赤ずきんはナイフを逆手に持ち替えると、そのまま躊躇い無く横に薙いだ。おやゆび姫は上体を逸らしてそれをかわし、赤ずきんの体躯を蹴飛ばして体制を立て直した。
「program execute : skill<penetrate spear ; type-thunder>」
おやゆび姫が唱えると手に持っている棍が雷を帯びた。そしてそのままおやゆび姫がそれを投擲する。難なくかわした赤ずきんだったが、棍が地面に接触するや否や帯びていた雷が一気に弾け、電撃を受けてしまった。
「麻痺……!」
「program execute : weapon cloud」
おやゆび姫はウェポンクラウドを開き、篭手を取り出して装着した。地面を蹴って距離を詰め、赤ずきんの鳩尾に右拳を叩き込む。
「っ……! なんてね」
「!?」
ダメージを負いながらも、赤ずきんはおやゆび姫の腕を掴んで離さない。そしてそのままナイフを振り上げた。
「program execute : skill<enchantment ; type-poison>」
毒状態を付与するスキルを掛けたナイフを深々とおやゆび姫の右腕に突き刺す。
「っ……」
おやゆび姫は赤ずきんの腕を振り払い、少し距離を取ってナイフを引き抜いた。
「program execute : weapon cloud」
赤ずきんはウェポンクラウドを開いて剣を取り出した。おやゆび姫はナイフを投げ捨てると、赤ずきんを睨みつける。
「program execute : skill<sword slash ; type-rush>」
「program execute : skill<impact fist ; type-rush>」
連撃系のスキルが同時に発動される。二人同時に地を蹴り、間合いを詰める。攻撃が届く距離になると同時に互いの連撃がぶつかり合う。
規則性のない無数の斬撃を一つ一つ拳で相殺していく。そしてその中で時折反撃を混ぜるも、剣がそれを相殺する。ぶつかり合う衝撃の余波からか、二人の頬に小さな切り傷ができていく。
疲れが出たのか、赤ずきんの斬撃がおやゆび姫の拳を受けきり損ねた。剣を弾かれ、大きく隙ができる。
「しまっ……」
「program execute : skill<impact fist ; type-explosion>」
おやゆび姫の拳が赤ずきんの腹を直撃した。それと同時に爆発が起き、両者共に吹き飛ぶ。
赤ずきんはそのまま地面に倒れたが、おやゆび姫は着地して篭手を外した。
「program execute : weapon cloud」
おやゆび姫は再度棍を取り出し、赤ずきんを睨む。赤ずきんはまだ倒れたまま動かない。
「さて、これで私の勝ちね」
おやゆび姫が棍を振り上げる。
「program execute : skill<powered attack ; type-gravity>」
質量を極限まで肥大化した棍を一気に振り下ろす。赤ずきんに当たる寸前、赤ずきんが剣でそれを受け止めた。
「program execute : skill<enhance ; type-defense>」
「防御バフ……っ!」
防御力を強化するスキルでおやゆび姫の攻撃を受けきった赤ずきんは、そのまま棍を押し返した。スキルの効果で質量が肥大化していたため、おやゆび姫は大きく体勢を崩した。体勢を立て直すために足を踏ん張ろうとして、よろめいた。
「毒効果、忘れたんですか?」
「うそ……」
赤ずきんから受けた毒の効果をおやゆび姫は完全に忘れていた。先ほどまでの猛攻の中で、毒効果が自身の体力を奪っているのに気づかなかったのだ。
「program execute : skill<sowrd slash ; type-buster>」
赤ずきんは剣を大きく振りかぶって。
「チェックメイトです」
振り下ろした。
砕け散ったプログラムの残骸から、棍と<penetrate spear ; type-thunder>のスキルが現れた。赤ずきんはそれらを回収し、剣もウェポンクラウドに仕舞った。
こうして、赤ずきん初の対AI戦は勝利で幕を閉じた。
「よし、この調子で頑張ろう」
そう呟いて、赤ずきんは今度こそ新天地へ向かって歩き出した。