勇者と魔王は分かり合えない
僕の名前はシャロメ・ルイ!
どこにでもいる一般的な17歳さ!
家の裏の森にあったよくわからない錆びた剣に潤滑剤をぶちまけて引っこ抜いたら、あれよあれよという間に勇者に仕立て上げられていた男さ!
なんでだよ。
違うんだ、友人間で伝説の勇者ごっこしようぜっていうノリで抜けるか試しただけなんだ。
なんか知らんけど普通に抜けたんだよ。
思ったより簡単に抜けたなーとか笑いながら村に持ち帰ったらびっくりするほどの大騒ぎ。
王都に連れていかれて王様らしい人からのそれは聖剣だ抜いたお前は勇者だなんていう衝撃発表。
いや違うよと。
それ絶対僕じゃないよと。
これ聖剣でもなんでもなくただの錆びた剣だよと。
いろいろと異議を申し立てるも伝説がどうだの言い伝えがどうだので全く取り入ってもらえない。
検討むなしく各地から集めた優秀な人材に僕というゴミを添えたドリームパーティーが完成。
半ば強制的に魔王撃破の旅に出発することになったわけである。
そんで諸々端折って現在魔王の間の扉の前である。
僕一人だ。
◆
私の名前はダビレ・カーン。
花も恥じらう16歳よ。
自分にもよくわからない経緯で魔王やらされてるわ。
こんなことを言おうものなら、他の魔王候補として頑張っていた魔族たちに八つ裂きにされかねないのだけどよくわからないものはよくわからないの。
そもそも魔王っていうのは魔族の中で一番の優秀な者がなるべきものなの。
世間一般的魔族である私がなれるような存在ではないのよ。
そう、あれは魔王選抜選手権の行列についうっかり並んでしまったことが発端っだったわ。
魔力測定では使った機材の性能が良すぎて設定の下限を下回り前代未聞の測定不能をたたき出し合格。
体力測定では私の前の魔族が機材を粉砕したせいでうやむやになっているうちになぜか合格。
知力測定では運悪くちょうど答えを知ってる問題が多かったから調子に乗って答えていたら無事合格。
そして最後のバトルロワイアルであまりの存在感のなさにラスト三人まで残ってしまい、その私以外の残りの二人がまさかのダブルノックアウト。
リング上に一人立っていた私が勝者となったわ。
どこからどう見ても魔王にふさわしくない戦いをした私だったというのに、魔王選抜委員会はバトルロワイアルで勝ったものが魔王になるという規約を重視しこれを強行。
もう間違えて並びましたと言い出すのは不可能だったわね。
結局その流れのまま私は無事魔王になったというわけよ。
普段は優秀な四天王たちがいろいろとやってくれるおかげで何とかなってるけど、もし私が何の力もない世間一般的魔族だということがばれたら下剋上は免れないでしょうね。
胃がキリキリするわ。
そんな息が詰まるような毎日を過ごしている私に今日はとびっきりのサプライズが発生したの。
なんと勇者がこの城にやってきたらしいわ。
今は四天王に魔王様はここで座ってお待ちくださいと言われてから半日が過ぎた状態ね。
私いやな予感がするの。
◇
四天王との戦いの最中、パーティーのメンバーに『ここは私たちに任せて先に行って!』といろいろ危なそうな発言で背中を押してもらい一人たどり着いてしまった魔王の間。
この扉、マジで死ぬほど開けたくねえ。
どうしようこれ。
誰も見てないしこれ帰って良くない?
でもあれだろ?
どうせこれ魔王を倒せずに帰ったら『役立たずが』とか言われて処刑とかされるんだろ?
いやちょっとおかしいだろ。
持ち上げて担ぎ上げて祭り上げたのはお前らじゃん。
後片付けも自分たちでやるってか。
きついなあ。
どうすればいいんだこの八方ふさがり。
もはや詰みとかそういうレベルの話ではねえぞ。
魔王を倒せばいいとか言われても俺の装備錆びた剣と皮の鎧だぞ。
なぜかって?
あまりにも僕が貧弱すぎて皮の鎧よりも重い鎧を着て動けなかったんだよ。
それをパーティーメンバーに懇切丁寧に説明しても『ルイなら大丈夫』と根拠も何もないお墨付きをもらってしまい、仕方なく皮の鎧を着続けている現状。
そして王都の人々が聖剣と言い張るこの錆びた剣は豆腐も切れないくらいのなまくらだ。
打撃武器として使ったほうがまだ強い。
これで魔王に戦いを挑むのは一匹の蟻が象に戦いを挑むことよりも無謀だということは馬鹿でもわかるだろう。
改めて言おう。
もうすでに僕は詰んでしまっているのだ。
しかし戦わずに戻って役立たず扱いされるなら、戦って死んだ勇者として歴史に名を連ねたほうがましだ。
僕は仕方なく、本当に仕方なく両開きの扉に手をかけ押し開く。
そこには禍々しい色合いをした大広間、そして魔王がしっかりと豪華な椅子に座っていた。
◆
扉が開かれた。
いえ、開かれてしまったね。
四天王なら扉を開ける前に名乗りを上げるはずだからその線はないわね。
つまりこのタイミングで扉を開けることができるのは勇者しかいないというわけよ。
詰んだわね。
できればあまり痛みのない方法で殺してほしいわ。
さて、いったい私に破滅を届けに来た勇者はどんな奴なのかしら?
……え、あれ皮の鎧じゃないの?
え、え、何?
魔王城攻略なんて皮の鎧で十分だっていうことなの?
しかも一人で?
相当な自信家なのか馬鹿なのか教えてもらえないかしら。
ていうか四天王はどうしたのよ。
『魔王様の手を煩わせるまでもありません』じゃなかったの?
勇者傷一つついてないんだけど。
本当にどうするのこれ?
とりあえず魔王らしく話しかければいいのかしら。
◇
あれ女の子だ。
しかも割とかわいい。
でもあれ魔王なんだろ?
明らかに魔王ですっていう格好してるしな。
いやまあ入ったはいいけどこれどうしよう。
場の空気と俺の装備が明らかにマッチしていない。
「よく来たわね勇者」
煩悩や悲哀にまみれた思考をフル回転させていたら話しかけられてしまった。
声もかわいい。
ていうかよく俺が勇者だってわかったな。
場所が場所なら駆け出し冒険者だよ俺。
しかしせっかく相手が雰囲気づくりをしてくれているのだ。
こちらも乗るべきだろう。
「魔王!貴様は俺が倒して見せる!この聖剣に誓って!」
俺は錆びた剣を突き出した。
◆
錆びてない?
あの剣錆びてない?
え、そういう柄なの?
いや錆びてるわよねあれ。
全体的に茶色いわよ。
少なくとも聖剣ではないわよそれ。
魔王が言っていいのかわからないけどそれを聖剣呼びするのは失礼だと思うわよ。
聖なる要素1ミリもないと思うんだけど。
そこらの武器屋で買った新品の剣を振りかざされたほうがまだ聖剣っぽさあると思うわ。
それともあれなの?
勇者の力によって聖剣が復活するみたいなことなのかしら?
だとすればまずいわね。
魔族の中では忌々しいと言い伝えられている聖剣が現れようものなら、世間一般的魔族の私は触れるだけで蒸発しかねないわ。
何なら見るだけでショック死しかねないもの。
でも万が一あれが本物の聖剣だったとしても明らかに今は力を失っているわよね。
ということは力を取り戻す前の今がチャンスということなのね。
……待って。
よくよく考えたらこの勇者、錆びた剣と皮の鎧でここまでこれたのよね。
それすなわち勇者自体の戦闘力がすさまじいってことじゃないの?
何なのこの化け物。
怖いわ、私は今恐怖を抱いているわ。
そんな化け物私がどうにかできるわけないじゃない!
◇
魔王がなんか微動だにしなくなったんだけどこれ何の時間?
何かしらのヤバい魔法を詠唱してるとかじゃないよな?
そんなことしてみろ、僕は何もできないままあの世行きだ。
かといって闇雲に切りかかったとしてもよくわからないパワーで消し飛ばされそうだしなあ。
『……こえ……』
ん?
なんか声が聞こえたような気が。
『ルイ聞こえる?』
やっぱり聞こえるな。
この声は確か勇者パーティーの一人のマッシさんの声のはずだ。
「マッシさん?いったいどこから?」
『指輪』
指輪?
……ああ、どこかの町でマッシさんと一緒に買ったおそろいの指輪か。
え、こんなことできたのこれ。
『これは通心の指輪、魔力を流すと一時的に指輪を持った者同士で会話ができるようになる物』
「それはすごいですね」
『前も説明した』
マジかよごめんなさい。
「というかマッシさん無事なんですか?」
『当然』
当然かあ。
さすが勇者パーティー最強の女魔剣士。
魔族や魔物をバッタバッタと切り倒し、戦場で美しく舞うように戦う姿から付けられた二つ名は『戦神』。
僕は正直君が勇者だと思う。
『でも困ったことになった』
「困ったことと言いますと?」
『道に迷った』
そんなバカな。
いやだって僕、ここは任せて先に行けって言われてから普通に一本道をただ走り抜けてきたぞ。
迷う要素なんてゼロだったはずだ。
「ヒアルさんはどうしたんですか?あの人なら道に迷うようなことないでしょう?」
ヒアルさんは勇者パーティーの僧侶だ。
常に冷静沈着に仕事をそつなくこなすサポートのプロフェッショナル。
前にダンジョンを攻略した時も完璧なナビゲートをこなしてくれた記憶がある。
『ヒアルにもよくわからないらしい』
嘘でしょ?
ヒアルさんにわからないんだったら僕にもわからないよ。
なんで僕ここに来れてるんだよ。
何なら来たくなかったよ。
帰るための大義名分が欲しかったよ。
『ルイは今どこにいるの?』
「魔王の間の中ですね」
『ま、え、無事なの!?』
マッシさんの慌てた声が聞けるのはレアだなあ。
そりゃあ話し相手が敵の総大将の前にいると聞いたらびっくりするよなあ。
ははっ、しんどい。
「ええ、と言っても魔王もまだ健在してますけどね」
『まだ戦ってるんだね』
残念なんとまだ戦う前である。
『わかった、すぐそちらに向かう』
本当に早く来てください。
『ところでルイはどの道を通って行ったの?』
「え、ああ、ただひたすらにまっすぐ来たよ」
『わかった』
いやだってそれ以外言いようないんだもん。
さあ僕が天に召される前にパーティーのみんなは来てくれるかなあ。
ははっ、きっつい。
◆
あの勇者いったい何を話しているのかしら。
きっと独り言が多いタイプなのね、何となくその気持ちわかるわ。
それとも聖剣と会話して覚醒を促してるとかなのかしら。
植物をほめるとよく育つみたいな感じでほほえましいわね。
本当にそれで覚醒したらほほえましいも何もないのだけど。
どうしよう、本当にどうしたらいいの?
だって四天王を無傷で倒すような……
あれ、そういえば本当に四天王全員倒されちゃったのかしら?
自分で言うのもなんだけど魔族のしぶとさは相当なものだと思うのだけど。
『魔王様、魔王様、聞こえますでしょうか』
この頭に直接話しかけてくる感じはウボンサね?
なによやっぱり生きてるんじゃない。
できればここに戻ってきてもらえないかしら。
『魔王様からの返事がないことは百も承知ですのでこのまま用件を伝えさせていただきます』
ウボンサ違うの。
別に無視してるとかじゃなくて、そのあなたが使ってるテレパスとかっていう魔法を私が使えないだけなの。
私では魔力が全く足りないのよ。
『このウボンサ、少々手痛いダメージを食らってしまい、ただいま回復中でございます』
なるほどね、怪我したなら仕方ないわね。
でも悪いけど私時間稼ぎは苦手なの。
おそらくあなたが回復している間に私は殺されるわ。
『そのうえ吾輩はこれから他の四天王の回復も行いますので、そちらに戻るのに少々お時間をいただきます』
みんな無事なのね、よかったわ。
私は無事では済まないけど。
『しかし魔王様、ご安心ください。吾輩はこの城にダジョナルの魔法をかけました』
ごめんなさいウボンサ。
学のない私にはそのダジョナルの魔法がどのようなものなのかわからないから、安心できないわ。
『おそらく魔王様のもとに敵が現れるのは相当先になるでしょう』
いるわよ、目の前に。
『吾輩の魔力を最大限に使った本気の魔法です。そう簡単に破ることのできるものではありません』
破られてるわよ、あなたの魔法。
『万が一抜け出せたとしても、体力の消耗などは免れないはずです。軽く捻り潰してやってください』
ピンピンしてるわよ、この勇者。
『それでは魔王様、お茶でも召し上がってお待ちください』
ウボンサ?
ウボンサ!?
終わり!?
終わりなのね!?
あなたが一体どんな戦いを繰り広げてどんなことをしたのかは知らないけど、私の個人的評価で言えばあなたの頑張りは無駄になっているわよ!?
いえ、違うわね。
きっとウボンサの魔法は完璧だった。
でもそれを勇者が上回った、そういうことなのよね。
素晴らしいわね勇者、私お茶を飲んでいいかしら。
◇
魔王が急にお茶を入れだしたんだけど何あれ。
強者の余裕的な立ち振る舞いなの?
それとも僕の姿が見えていないのか?
一応一言ずつとはいえ言葉を交わしている以上僕の存在には気が付いていると思うんだが。
もしかしてお茶を飲むとパワーアップするとかそういうやつだろうか。
なんてピーキーなパワーアップ方法だろう。
勇者もどきの僕が言うのもなんだが、どうせならもっとかっこいい感じでパワーアップしてほしい。
まあこちらとしては仲間の到着を待つことができるから魔王にはぜひゆっくりしてもらいたいところなんだが。
突拍子がなさ過ぎてあまりにも不気味すぎる。
なんなんだこの虚無な時間。
いやマジでこれどうすればいいんだ。
◆
なかなか攻撃してこないわね、勇者。
こちらとしては四天王の回復を待てるからいいのだけど、あちらも何かを待っているのかしら。
聖剣の覚醒待ちかしら。
それ事前にやれなかったの?
まあいいわ、きっと私に明日は来ないの。
できる限り時間稼ぎだけしてあげましょう。
◇
「ねえ勇者」
ついに僕の最期の時か!
「なんだ魔王!」
「お茶、一杯いかがかしら」
マジで何がしたいんだこの魔王。
◆
「ああ、じゃあお願いします」
案外普通に飲むのね、勇者。