黄金の輝き
ペース配分を間違えたので、ボス撃破まで一気読み。
石造りのガラゴロンは必死だった。
終わりの見えない下り坂を進むこと暫く。
暗闇の先から突風の如き振動が走り、ようやく追いついたかと足を早めた矢先、二度三度と小さな地震が続いて起こった。
それが、岩盤よりも堅い装甲を持つ、かの天敵の捕食行動だと気付いたときには、形ばかりの足腰が萎えるようだったが。
ガラゴロンはなけなしの勇気を振りかざし、震源地に向かって駆け出した。
待ち焦がれた奇跡を諦めるには、まだ早いように思われたのだ。
「(何だ…?
俺、まだ生きてんじゃねーの…)」
すぐ近くで、潰すという言葉を形にしたような殴打が繰り返される中、夢漁りの男は未だ朦朧としていた。
うっすらと光るものが、秒を追うごとに小さく砕けていく。
それが、折れたギターの成れの果てだと理解したとき、男は一瞬のうちに自我を取り戻した。
「(痛ってぇ!! クソがっ!!
油断してたぜ、随分な隠し芸じゃねーの!!)」
膝に手をつき、何とか立ち上がる男。
楽器類が盾となり、骨折などの重傷は辛うじて回避されていた。
しかし、ギターの弦を掴んでいた左の指先は裂け、最もダメージを受けた右肩の骨にはひびが入ったのか動かすたびに痛みが走る。
男はただの一撃でノックアウト寸前だった。
「(何してんのか知らねーが、これはチャンスだ。
ここから逃げるのは、今しかないんじゃねーの!)」
男は照明として左肩のスピーカーを残し、壊れたスピーカーの残骸を取り外すと、囮にしようと明後日の方向に放り投げる。
しかし、その思惑は外される。
放物線を描く途中、形容しがたい破砕音と共に、スピーカーの発光が消えて無くなったのだ。
そして再び、ギチチチと耳慣れない音が鳴る。
周囲の明度が下がったことで、僅かながら暗闇に慣れた両目を凝らすと、その様子が朧げに見えた。
「(とんでもねぇ…。
ありゃ、鋏の中で挽き潰してやがるんだ…)」
大蟹の鋏は、甲殻の内側に折り畳まれていた多関節の腕部により射程距離を延長し、飛来物を捕らえていた。
それが本体の元へ引き戻される最中、下指がゆっくりと内側にめり込んでいく。
その中で、強固な殻と獲物とが擦れ合い、無慈悲な音色を奏でるのだ。
「(……奴に捕まったら、助からない。
それはいい。もう分かった。
じゃあ、どちらが正解だ?
俺はどの方向に行けばいい…?!)」
男は焦った。
吹き飛ばされたことで現在位置を見失い、出口がどこにあるのか分からない。
今し方確認した敵の腕の長さからすると、まだ駆け出すだけの猶予はある。
右か、左か。
ここが正念場、生死を分ける決断の時だった。
「(み、右だ。
俺は右から左へ吹き飛んだ。
その前は、入ってきた穴に背を向けてた。
なら、右側の壁に、その穴があるはず…!)」
男が意を決し、右方向へと飛び出す、その直前。
大蟹の背後からガラガラと落石の音が聞こえ、その注意が散漫になる。
男の方も、すわ落盤かと意識が逸れ、踏み出しかけた足を止める。
そこに、男の膝辺りまで小さくなったガラゴロンが飛び込んだ。
ガラゴロンは地底の広間に乗り込んだのち、決死の覚悟で天敵の背後に忍び寄り、自壊して興味を惹くことに成功した。
鉱物をすり潰して食べる掘蟹だが、砂利の塊である今の自分ならば、目に留まるまいとの見立てだった。
目論見通りに死線を潜り抜けたガラゴロンは、相手の頭部や脚部の装飾を引き寄せ、すぐ左手にある出口へと誘導する。
そんな背景など知る由もない男は、急に顔やズボンを引っ張られてバランスを崩し、危うく転びかけるところを身を捻って堪えた。
その視線の先には、探していた出口がある。
「(ビビって仕掛け損ねたが、まさかこんな近くに
あるとは…!
何だか違和感あるけど、気にしてる場合じゃねーの!)」
男は急いで横穴に入り、地上を目指してなだらかな坂道を登り始める。
これらの穴は掘蟹の通り道であり、鋏で均等にくり抜かれているために高さや幅が一定で、段差も殆どない直線形をしていた。
理由は分からずとも、地下を進むうちにその構造を把握していた男は、地面は平坦だと自分に言い聞かせて見えない道を駆ける。
ガラゴロンはこの時、動きの素早い味方の足元に張り付いて同行していた。
進路上にある小石などの障害物を先んじて排除し、その疾走を助ける。
ボーカリストならではの肺活量を頼りに、男は走る。
走る。
走る。
麓の森から蓄積した疲労も、地底湖で受けた傷も押して、ひたすらに生存を求め、走る。
程なくして、視界に光が差す。
坂道の先に出口が見えてきたのだ。
男は歓声を上げる体力さえ惜しみ、ペースを保つ。
そこは決して、ゴールではなかった。
坑道全体が振動し、背後からはガリガリゴリゴリと掘削音が鳴り響く。
地獄行きの特急列車が、すぐそこまで迫っていた。
ガラゴロンは恐れ戦き、男は激怒する。
守らなくては。調子に乗るなよ。
戦うしかない。ぶっ潰してやる。
ここまで来たんだ。これがラストナンバーだ。
お前なんかが、俺の未来を邪魔するな!!
お前なんかが、俺の未来を邪魔するな!!
2人が陽の当たる場所に躍り出た時、山から吹き降ろす風は止んでいた。
踵が擦り減る勢いで身を翻し、男は三度、魂の光を纏わんとする。
ガラゴロンは全身全霊で結合力を高め、僅かでも密度の高い体を求める。
いつしか光と石は一体となり、男の手には、黄金の輝きを放つ超重量のギターが握られていた。
間髪入れず、目前の穴から掘蟹が姿を現わす。
向き合う鋏が大蛇の如く口を開き、縄張りを荒らした愚か者を狙って射出される。
そして、山をも揺るがす絶唱が始まった。
ーーーSHOUT‼︎ SHOUT‼︎ SHOUT‼︎
ーーー叫べ! 揺らせ! 燃やせ!!
目と鼻の先にまで到達した捕食者の鋏が、一瞬の拮抗の後に弾かれ、岩壁に叩き付けられる。
ーーーDASH‼︎ DASH‼︎ DASH‼︎
ーーー走れ! 急げ! 先へ!!
腕の付け根を引き抜かれる勢いで回転した掘蟹が鋏を引き戻そうとする前に、踏ん張る8脚を物ともしない波動が全体を押し込み、山へ磔にした。
ーーー俺の選んだこの道が
ーーー夢に続くと信じろよ
ーーー猛る魂が吠えるのさ
ーーーこんな場所は通過点だ!
両肩のスピーカーは破壊エネルギーの奔流をしぼり、その威力を正面の一点に集中させる。
男の怒りが生み出した、無意識の変化だった。
ーーー闇が顎を開いてる
ーーー俺を噛み砕こうとする
ーーーそんな玩具でやれるかよ!
ーーーお前の全て!
ーーー俺の
ーーー歌で!
ーーー灼き尽くしてやる!!
歌う事以外の全てを忘れた男は、ギターを掻き鳴らす指の動きさえ無意識だった。
血塗れの指先は極度の興奮によって止血されていたが、そうでなくとも発揮されるパフォーマンスは変わらなかっただろう。
それどころか、憤怒に満ちた身体は決着の時に向けて前進を始める。
一歩一歩と近付くにつれて、鋼鉄にさえ匹敵する掘蟹の装甲がひび割れ、強度を失っていく。
全身から薄紫色の体液が飛び散り、藻掻く手足の動きが衰えていく。
それと平行して、横穴の外周部から山頂に向けてビシビシと山肌に亀裂が走る。
ーーーSHOUT‼︎ SHOUT‼︎ SHOUT‼︎
ーーー叫べ! 揺らせ! 燃やせ!!
ーーーDASH‼︎ DASH‼︎ DASH‼︎
ーーー走れ! 急げ! 先へ!!
遂には掘蟹の身動きが止まった。
曲の終わりと共に壁から剥がれ落ち、その振動で崩落した山の一部が、砕けかけた背甲を滅多打ちにする。
岩に押し潰され、もはや死に体となった掘蟹の眼前に立ち、男は計り知れない重量を秘めたギターを天に掲げる。
「遠慮は要らねぇ、ファンサービスを受け取りなっ!!」
渾身の力で振り下ろされた黄金の輝きが、掘蟹の頭部を完全に破壊し、絶命させる。
石造り達が恐れた天敵、山の支配者の最後だった。
ギターとハンマーは近縁種だって、ハンターなら知ってるね?