夢漁りの男
ルビは積極的に振っていくスタイルです。
石造りのガラゴロンは感動していた。
全身を粉微塵にされた後、風に巻かれて山頂へと舞い戻ったガラゴロンは、小さな粒となった核に砂塵や小石を吸い付けて再生しつつ、「凄かった」と先程の体験を振り返る。
天気以外に変わるものがない場所で暮らして来た彼にとって、この出来事は未曾有の大事件だった。
音のない世界に突如として齎された破滅の旋律。
それが永きに渡る閉塞感を打ち破り、新たなステージへと続く道を拓くものだと確信していた。
地割れに落ちて溶岩に飛び込むような事態でもなければ延々と生き続ける石造りであるが、失われた体を復元しようとすれば当然、素材となる鉱物が必要になる。
ガラゴロンはそこら中にある適当な岩石から、広範囲を捜索するため珊瑚のように細かく枝分かれした腕を2本と、石の隙間に砂を詰めて悪路でも速度を出しやすい形に整えた脚を4本、大急ぎで拵えていく。
石造りたちの社会においては、各部位の形状や全体のバランス、構成する石の種類や純度など様々な観点から格付けが行われるため、急ピッチの粗製乱造など論外なのだが、啓蒙されたガラゴロンからすれば前時代的な価値観に過ぎなかった。
やがて、砕かれた前身を超える強度を持つ新たな体を完成させたガラゴロンは、未知との再会を果たすべく駆け出した。
一方、噂の危険地帯から早々に送り込まれた刺客を撃破した夢漁りの男は、厳しく聳える山を目指して森を進んでいた。
「クソッタレめ…。
これじゃ、お宝を見つける前に日が暮れちまうじゃねーの」
緊張と疲労で息を荒げる男は、これまでの道中で何度か野生動物と遭遇し、その度に大声で追い払っている。
ついでに言えば、羽虫の類は近寄る前に落下、蛇や鼠、鳥などの小動物は怯えて逃げ回り、熊や野犬も大音量を嫌がって離れるため、喉が健在の限りは安全とも言える状況であった。
また、顔の下半分を覆うチューブは、本来の役割であるマイクと耳栓に加えてマスクとしても効果を発揮しており、強風に混じって山から運ばれた無臭のガスなどから身を守っている。
男は幸運にも状況に適した能力を持っていたが、森の中は視界が悪く、生い茂る草花に隠れた木の根や垂れ下がる蔦が邪魔をして、思うように動けない。
キャンプに出掛けるようなリュックサックなどダサくて気に入らない、という死をも恐れぬ理由から水も食料も手持ちはごく僅かで、テントや寝袋などは元から用意がなかった。
「思ってたよりキツいもんだな、山登りってのは。
いや、まだ山には入れてねーのか。
……一旦、街に戻った方がいいのかねぇ」
倒木に腰掛けて休憩しながら、男はこれからのことを考える。
端的に言って無計画な王冠持ち確保の試みは、幾ら何でも軽率だったと反省や後悔の気持ちが湧いて出る。
今回の挑戦は下見と捉えて、実感した必需品を揃えてから、また来よう。
そう決めて腰を上げた時、男は歩いてきた方向から騒音が聞こえるのに気が付いた。
バキバキ、メキメキと乾いた音が鳴り、時折ドシンと重い音が腹に響く。
新たな脅威の接近を察知し、男はこれまで通り追い払おうとギターを構える。
しかし、薄暗い森の中を迫り来る何者かの姿が見えた時、その考えを改めざるを得なかった。
「うおぉ…?!
あ、あれも石造りかよ?
さっきの奴と全然違うじゃねーの!」
森の入り口辺りで男が出会った石造りは、大きさこそ2mを超えようかという巨体だが人間に近い姿をしており、動作も鈍いが故にライブパフォーマンスで鍛えられた精神的タフネスを発揮できた。
それと比べて、視線の先にいる石造りは枝葉に隠れた部分を踏まえれば3mにも届きそうで、異様な形状の両腕を滅多矢鱈と振り回して森を破壊する様は、過剰な攻撃性の発露と見える。
丸椅子のように並んだ四つ足に踏まれれば、めでたく凹んだ地面の補修材に転職できるだろう。
「俺のサウンドは、アイツらに通じる。
通じる、が……見た感じ、王冠持ちでもねーだろ。
あんなのに喧嘩売るほど暇じゃねーの」
冒険を切り上げるつもりの男は、何処かでやり過ごそうとその場を離れる。
その動きを、異形の石像と化したガラゴロンの触腕が察知した。
特徴的な肩と突き出した腹部を持つ探し人が早々に見つかり、喜んで駆け寄るガラゴロン。
暴れていた怪物が自分を追い掛けている事に気付き、血相を変えて走る夢漁りの男。
互いの人生を賭けた追いかけっこが始まった。
仲良く喧嘩しな。