石造りのガラゴロン
導入部。
石造りのガラゴロンは悩んでいた。
生まれ育った死火山を歩き回り、適当な大きさの軽石を見つけては、それを削り出して体に付け加える毎日。
石英や輝石を身に付けた仲間たちから身振り手振りで「砂利ん子」と揶揄されても、生まれつきの結合力が弱く、比重の重い鉱物はどうしても取り込めなかった。
宝石や貴金属で全身を飾るという夢は厳しい現実の前に零れ落ち、拾い上げる気力さえ失われて久しい。
このままではいけない。
しかしどうすれば変われるのか分からない。
ガラゴロンは深く悩んでいた。
そんな彼に転機が訪れたのは、風吹きすさぶ初夏の日のこと。
麓の石を見繕おうと山を降り、目当ての物を探すうちに鬱蒼とした森を抜けて平原部に差し掛かった頃、ガラゴロンは異様な風貌の男に出会った。
上半身は筋肉質な素肌の上からトゲの生えた漆黒の袖なし革ジャンのみ。
下半身は真っ赤なジーンズにチェーンと銀メッキのドクロをゴテゴテに盛り付け、顔を見れば耳にピアス鼻にピアス顎にピアスと穴だらけ。
鼻筋を外れた髪の両側は剃り上げられて、残された部分は強風に揺らぎもしないほどに尖り固められている。
男はバリバリのメタル系だった。
実のところ、石造りは触覚と全周型の空間認識能力を持つが、視覚も色彩感覚もない。
そのため、ガラゴロンは相手が人間であることも分からず、向かい合った部分の輪郭から「荒削りな奴だな」と思うばかりだった。
しかし、男の方は目立った行動のない石の怪物を前に少しづつテンションを高め、山頂から吹き付ける風が止むと同時に腹を決めていた。
「やってやる!俺のサウンドがどこまで通じるか!お前で確かめてやるぜ!」
男が叫び、両腕で何かを抱えるようポーズを取ると、どこからか光の粒が集まりギターとなって収まった。
また、肩には同じようにして巨大なスピーカーが出現し、輝くチューブがギターの背面に接続され、更には男の両耳と口元までも覆い隠す。
ガラゴロンは、突如として変形した相手に驚いていた。
石造りの体は、核となる岩石を中心に発生する結合力によって引き寄せられた鉱物であり、地面から寄せ集めるのでもなければ短時間で質量が増えたりはしない。
彼が「あれは同族ではない?」と疑い始めた時には、既にイントロが掻き鳴らされていた。
ーーーSHOUT‼︎ SHOUT‼︎ SHOUT‼︎
ーーー叫べ! 揺らせ! 燃やせ!!
男の歌声が、ギターの音色がスピーカーを通して破壊的な音量に増幅され、ガラゴロンに浴びせかけられた。
ーーーDASH‼︎ DASH‼︎ DASH‼︎
ーーー走れ! 急げ! 先へ!!
強風にしなる木々の枝が逆方向へ押し返されるほどの衝撃波により、気泡が多く脆い軽石で出来たガラゴロンの体が俄かに崩壊していく。
ーーー俺の選んだこの道が
ーーー続く者なき死線でも
ーーー猛る魂に囚われて
ーーー地獄踏み越え征くだけさ!
ガラゴロンは、生まれて初めての強烈なショックに身を震わせていた。
ーーー闇が顎を開いてる
ーーー俺を噛み砕こうとする
ーーー良いさそのまま呑み込めよ
ーーーお前の腹を
ーーー俺の
ーーー歌で
ーーー埋め尽くしてやる!
それは、現在進行形で細かな塵になっていく物理的な振動ではなく、これまでの価値観が粉々になる様な精神面の解放。
波のように唸る重厚なリズムと、聴衆など生かして返さんとばかりに轟く爆音が、耳も口もない石造りに音楽の存在を刻み付けていく。
ーーーSHOUT‼︎ SHOUT‼︎ SHOUT‼︎
ーーー叫べ! 揺らせ! 燃やせ!!
ーーーDASH‼︎ DASH‼︎ DASH‼︎
ーーー走れ! 急げ! 先へ!!
男の熱唱が終わった時、既に石造りは跡形もなく消え去っていた。
「……へ、へへへ。なんだよ、やってみりゃ、何とかなるじゃねーの」
男は自信なさげに、しかし確かな手応えを感じたように独りごち、その場を後にした。
この男の正体は、いよいよ食い詰めたことで夢漁りとして活動し始めたばかりの、売れないメタルバンドの元ベース兼ボーカルであった。
全身が黄金で出来た王冠持ちと呼ばれる石造りを探して、数多の夢漁りが消息を絶った死の火山へとやって来たのだ。
そんな十把一絡げの男はこの時、長い旅路に妙ちきりんな石造りが同行し始めることも、その石造りと新たなユニットを組むことになるとも、まさか想像だにしていなかったのだった。
冒険王、ダイナマイト7、メタルモンスターらに多大な影響を受けて制作したことをここに自白します。