第1話 明日から本気だす
彼の名前は、国中の人に知れ渡っていた。10歳にして、神の中の神『ゼノ』から、力を賜ったのだから。国は祝福し、周りの熱い羨望のまなざしが、彼には心地よかった。誰かとは違う、特別な存在。他人がやけにみすぼらしく、自分の住む世界と違う人間だと認識していた。
――5年後
その彼も今年で齢15になる。今の彼はというと、皆の羨望もなく、煙たがられる存在になっていた。期待された能力は、これっぽっちも発揮されなかった。ただただ、『ゼファー・ロト』という名前が独り歩きしてしまっただけであった。
「このごく潰し!働け!」
幼馴染のリゼから毎日言われている言葉だった。俺は、ただ充電期間が長いだけだ。だって、ゼノからの力を手に入れて、何も発動しないなんて、俺が悪いわけじゃない、社会がおかしいだけだ。
「明日から本気出すよ」
リゼは、この1年間ずっと朝俺の部屋にきて、この言葉をかけてくる。うるさい女だ。
ただ、リゼ以外は、この1年話しかけてさえ来ない。陰口で、「ただ飯ぐらい」としょっちゅう言われている。
「お前。昨日もそう言ってたぞ」
アッシュブルーの髪を揺らして、俺が散らかしたものを、慣れた手つきで片づけると、髪を結びポニーテールにした。うなじが色っぽく、子供の頃には感じなかった色気が漂ってくる。竹を割ったような性格であるが、女としては最高の体つきをしている。
さっさと、台所に向かい、魔導調理具の調節を始めた。彼女は性格や言動に似合わず、料理の腕は確かで、働いている王都のレストランでは、女ながら料理長を務めているほどだ。完全予約制の超高級レストランで、国賓や国の大物がかよう。
料理長としての才能と、その端正な顔つきやプロポーションから、多くの貴族の子息から声を掛けられているようだが、ことごとくそれを断っているそうだった。
本人は、堅苦しい貴族社会では、生きていけないと言っている。
「俺は充電期間が長いだけだ」
そうしているうちに、うちの食材でどうしてこんないい香りがするのか、不思議になるくらい良い匂いがしてきた。
「お前。このままでいいのかよ?」
核心であるが、決して俺は自分の不利なステージでは戦わない。逃げるが勝ちだ。
「そういうお前はどうなんだよ」
一瞬気怠そうな雰囲気が流れる。
「昨日も、討伐隊の隊長ラファエロから、婚約を申し込まれたぜ。まったく、しつこい奴だよ」
「良い稼ぎなんだろ?良い話じゃないか?貴族でもないんだろ?」
「うっせー」
それから、彼女の作った手料理が、俺の目の前までくる。俺は、不機嫌を気取って、ぶっきらぼうに礼を言ってから、料理に手を付ける。彼女の料理は、身体強化の特性を持っている。
しかも、味は、うますぎて、食べ終わった事も気が付かないほどだ。
「えへへ、今日も上手そうに食べるな」
リゼは、今日一番の笑顔を見せた。そして、彼女は何も言わずに、夕食だけおいて去っていった。仕事の時間だろう。彼女の仕事時間そのものは長くは無い。2時間ほどしか厨房に立たないという。それで、下級士官並の年収をたたき出しているのだからエリートである。
俺は、リゼから金を工面してもらって何とか生きているのに……。
自分の情けなさは、一番自分が分かっているが、それを表立って表情に表す事はしない。なお惨めになるからだ。
俺は、重い体を起こして、皿を洗う。体のそこかしこも肉付きが良くなり、体重も相当増えた。髪もぼさぼさで醜い自分。姿見に写る自分が、滑稽であった。