脱出
午後七時五十分、西本は鳳林剛が入院されている病院の前に車を停めた。彼女だけの場合最悪レッカー移動されることもあるからだった。西本自身の役割は病院の電気が消えた時、車のエンジンを入れて待機しておくことだった。そして二人が来たらすぐさま車に乗せ、病院から逃走する。行き先は剛が指示するとのことだった。ほとんど脇役も同じだった。それに、計画がうまくいくとも限らない。
午後七時五十八分。計画通り電気系統に細工を施したのならあと二分で病院の電気は全て消えるはずだ。
七時五十九分––––。計画開始まで残り六十秒。さすがにこの時間になると緊張してくる。西本の秒針が一秒、一秒も減ってゆく度に心臓の鼓動が速くなる。四十八秒……四十九秒。決行時間の八時まで、十一秒だ。報告によると、剛が軟禁されている部屋は六〇八号室。場所は右端の部屋だ。その部屋を確認する。残り四秒……三……二……一……。
そして、病院の電気は全て消え、闇に呑まれた。
始まった!
明かりが消えたのを確認し、西本は鍵を回しエンジンをかける。計画がうまくいけば、十分以内にそこの非常口から出てくるはずだ。そして、一分後非常電源が作動し、明かりが再び灯される。そして、西本が見ている五階で煙がもくもくと立ち焦げる。計画の第二段階だ。彼女の話が正しければこの階の患者は火事恐怖症。必要以上に騒ぎ立てるはずだ。そしてそれは他の患者にも伝染し、それを聞いたという設定で彼女は剛の部屋を訪れる。その時、病室の前に立っているボディーガードをどかし、剛と二人に。そしてそのまま西本の車に乗る算段のはずだ。
停電から三分後––––。
非常ドアが開き、宮沢と老人が現れた。彼が恐らく鳳林剛だろう。金持ちに仕える執事よろしく、西本は老人が座る側のドアを開け、中に招く。そして彼女は助手席に乗り、すぐさま西本も車に乗り、ハンドルを握る。
「どちらまで?」
「城––––」
「は?」
「城じゃ」
「ホテルよ」
と、宮沢。
「今度新しくできるホテル、ホテル鳳林。そこに行ってちょうだい」
ミラー越しに剛を見て西本は頷く。そして車を走らせた。まだできていないからナビには登録できず、剛が道案内してくれた。その通りに従い、西本は運転する。そして、大きな建物の前に着いた。大きくHORINと書かれている。
「ここじゃ。降ろせ」
さすがに日本全国の牛耳る首領だけあり、発言に迫力がある。西本は車を降り、剛が降りるドアを開けた。杖をつき、ゆっくりと降りる。完全に降りると、ドアを閉め車を裏に回した。そしてロビーに行き、西本、剛、宮沢の三人はエレベーターに乗り、最上階の三十八階へ。そこは関係者だけが入れる特別室だった。そこに、会長専用の部屋がある。そこにいき、剛は某所へテル。その数十分後、鳳林家のボディーガード達が到着した。それを確認したあと、剛は息子たちに連絡する。
「ああ––––そうじゃ。城じゃ。我が城に来い。こんなことをして、ただで済むと思っているのか? すぐじゃ。すぐに来い。場合によれば貴様ら全員勘当させる」
話を終わらせると、剛は電話を切った。その電話から五分後、息子たち三人も到着した。スーツを着てあごひげを生やしているのが長男で、少し小太りで背が低いのが次男、メガネをかけて長身が三男だというのは剛から写真を見せてもらってすぐに誰だかわかった。
「すまぬが、家族だけにしてもらえんか?」
暗に出ていけと言われ、西本と宮沢、そしてボディーガードの男性達は部屋から出ることにした。
剛は椅子に座り、息子たちを睨みつける。
「さて、お前たち。ワシが言いたいことはわかるな?」
「はい」
長男の勉は静かに言う。
「なぜこんなことをした?」
「もう、堪らなかったからです」
「あ?」
「次の会長になった者が我が家の遺産を全て相続する––––。他の者には一切渡さない。そんなくだらないカスみたいな権利……遺言のような物のせいで我々三人は昔から何をするにも競わされた。それで兄弟という兄弟のようなことは何一つさせてもらえなかった。みんなで釣りに行ったり、一緒に買い食いしたり、遊びに行ったり––––。もううんざりだった。だから、俺たちがあんたを殺し、その権利全ても抹殺する!」
勉は懐に忍ばせていたグロックを出し、その銃口を剛に向けた。そのタイミングを見計らい、次男の輝は剛の腕を握り、羽交い締めにし動きを封じる。
「なっ! 何を––––」
「くたばれ! 剛!」
「だっ––––誰か! 誰かー」
「誰か! 誰かー」
部屋から剛の叫び声が聞こえた。何かあったのだろうか? 西本はドアノブに手を触れた。その時、背中にゴリッと何かを押し付けられる感じがした。
「俺たちは何も聞いていない。そうだよなぁ?」
いつの間にか背後にボディーガードが立っていた。宮沢は身体を拘束されている。西本の背中に当てていたのはグロック19だ。
「く––––」
「わかったら事が終わるまでそこにいろ。ジッとしてたらお前らは殺さず、口止め料として相応の金は払うと彼らは言っていた。剛様を助けに行って、三人に殺されるか、ここで黙ってジッと立っていた金をもらうか、どちらが利口だ?」
「誰かぁ〜〜」
「うおおおっ!」
西本は通信教育で習った武術で、ボディーガードが西本に押し付けているグロックを持っている右腕を思いっきり膝を当て、ボディーガードが怯んだ隙にネクタイを持ち一本背負いをした。けたたましい音が廊下に響いた。そしてそのまま部屋に入ると、羽交い締めにされた剛が長男に口元に銃口を当てられているところだった。
「な……なんだ貴様!」
「悪いが、この依頼人を安全なところまでエスコートするってのが俺の依頼なんでね、依頼されたからには完璧にやり通す。それが俺の心情さ」
西本はダッシュして助走すると、一気に飛び上がり右足で長男が持っている拳銃を蹴り落とした。多少依頼人に手荒なことをするが、会長室にあるスタンドを持ち、それを羽交い締めにしている次男に向けて投げつける。次男は驚き、剛を離した。その隙に剛の手を握り、一気に引き寄せる。しかし、剛はその手を離し額にかけている日本刀に手を伸ばし鞘を抜き、切っ先を息子たちに向ける。驚いて棒立ちしている息子たちだったが、西本は剛の身体を持ち上げ、片手で剛の身体をガッチリと掴むと日本刀を借り、拘束されている宮沢を助けエレベーターに向かって走った。