依頼
“ヘルプ。鳳林剛”
手紙の内容はこれだけだった。手紙の内容から、よほど切羽詰まっている状況だということが推察される。何しろ単語だけでの依頼は初めてだし、普通なら何を助けて欲しいのかなどを書くはずだ。
––––鳳林剛。
鳳林剛は、日本に会社を持つその名を知らぬ者はいないほどの大企業の社長である。日本全国の牛耳り、鉄道、ホテル、銀行、スーパーなど日本にあるほとんどすべての施設に鳳林の会社が経営している。その社長から依頼が届いたのだった。それも、状況は良くないようだ。西本は手紙に書かれている電話番号をプッシュするテルは二、三回で繋がった。
『はい』
「あの、私何でも屋を経営している西本武という……」
『あー! あなたが会長の言っていた人ですね!』
携帯からは若い女性の声が聞こえる。
「はぁ……」
と、西本はため息混じりに答える。
『携帯ではなんですので、喫茶店でも……』
「そうですね。しかし、少し仕事もあるので明日でも––––?」
『分かりました。その時、計画を教えます』
もう計画はできているのか。なら、なぜ自分に依頼がきたのだろうか? という疑問は置いておき、西本は休憩していた書類を書き始める。
そして、翌日––––。
待ち合わせ場所の喫茶店に行き、西本は紅茶を飲んでいた。中は冷房が効いていて、汗がスゥ……と引いていった。その中で飲む紅茶は最高だった。紅茶を飲み、時間になるまで暇を潰していた。そして、待ち合わせ時間である十一時になった時、喫茶店のドアが開き、若い女性が出てきた。
「お一人様でしょうか?」
中に入ると、女性の従業員が聞いた。
「あ……いえ、待ち合わせしているんですけど––––」
と言うと女性はキョロキョロと辺りを見た。そういえば彼女の名前を聞いてはいなかったのを思い出す。
「えと、西本さんっていますか?」
「西本は俺ですけど」
と、西本は椅子から立つ。西本の顔を見ると女性ははにかんだ。
「申し遅れました。私、今回の仲間の宮沢です」
女性は名乗ると、頭を下げた。
「あ、どうも。何でも屋の西本武です」
つられて西本も一緒に頭を下げる。同時に二人は顔を見合わせ、にっこりと笑った。
「お飲物は?」
「私コーヒーで」
「かしこまりました」
従業員はメニューを聞くと、注文を伝えに去って行った。
「では、まず今回のことを初めから伝えて行きます」
依頼の概要はこうだった。
鳳林グループは日本全国の有名な企業だ。その企業の会長は年は八十を過ぎ、もう若くない。昔から鳳林家の長が遺産を全て分配されることになっている。悪しき風習で、会長の息子の代でもそれは続いていた。会長の息子は四人いて、長男、次男、三男、四男だ。鳳林グループの家族は全員子供の時からの教育で優秀な者が多いが、四男はさほど優秀ではなく会長からはほとんど放っておかれていたらしい。鳳林グループの遺産は兆を超えるほどの金額だといわれている。その遺産を巡って争いがおきているというのだ。というのも、ミステリーなどでよくあるような話ではない。会長になった者が全てを相続するという内容で、それに嫌気がさした長男以下三人は会長の座を今の会長の代で完全に封印しようと画策した。長男の仕掛けた軽い毒で会長の容体が悪くなり、病院で検査を受けた。検査では症状が軽かったので二、三日の入院で済んだのだが、その瞬間を待っていた三人は金を使い病院側を買収。表向きは重病ということにし、病室に隔離、軟禁した。そのことに気づいた会長はトリックを使い手紙を外に持ち出した。そしてこの宮沢を抱き込み、仲間に引き入れた––––。
概要はこれだった。話を聞き、西本はやる気が出なかった。家族ぐるみのゴタゴタだ。それに、こういう依頼は気分が悪い。
「じゃあ次に計画なんだけど––––」
彼女と会長が立てた計画はこうだった。まず、彼女が病院の電気系統に細工をし、明後日の午後八時頃病院の電気を消しちょっとした停電騒ぎを起こす。しかしこれは予備電源に切り替わりすぐ明かりが付く。この目くらましが成功する時間は一分や二分といったところだろう。その時、彼女のもう一つのアイテムを使う。発煙筒を下の階に複数個設置する。偶然、下の階にいる患者は数日前に、火事で運ばれてきた患者で火に対し、かなりの恐怖を感じている。そんな時に発煙筒によりスプリンクラーが作動し、警報ベルが鳴れば恐らくあの患者はパニックになる。それに感化された患者が騒ぎ立て、病院全てに伝えさせる。そして宮沢が会長の病室の前に立っているボディーガードにも避難させる。その時に会長を荷物用のエレベーターに乗せ、裏側で待機している西本の車で脱出––––。
という計画だった。
「うまくいくか?」
不安げに西本は聞いた。
「コンピューターの計算によれば、この計画が成功する確率は八十五%です」
「フッ––––面白い。成否の鍵はあんたにかかってるわけだ」
「すでに細工は完了してます。あとは時が来るのを待つのみ」
そして、ついにその時がきた––––。