八話
「うーん、まぁまぁってとこかな、もう少し時間短縮してほしいけどまぁ三人じゃなあ」
ネロが手元の紙に何かを書き込みながらうんうんと頷く。
訓練後、クリス、レイ、ユースの三人は肩で息をしていた。
ユースなどは地面にへたり込んでしまっている。
「あー、もうだめだ、俺動けねえ」
ぐったりとカサカサと落ち葉を砕きながらそのまま地面に寝転がるユース。
「……ここで一晩明かす気なの?」
レイはそんなユースを見下ろしながらそう言った。
その冷たい言い方の中には冗談にも近い親しみが込められているような気がした。
「明かさねえよ!!部屋に帰ってあったかいお布団で寝るわ!!」
ユースはガバッと勢いをつけて立ち上がったものの貧血を起こし、もう一度その場に倒れこんだ。
レイがそれをチラリとみて少し笑った。
クリスもそれにつられて思わず笑みがこぼれる。
「うーし、お疲れ、今日はもう寮に戻っていいぞー、解散!」
ネロの解散の一言に、三人は訓練場を出ていく。
訓練場を出てすぐのところに一つ丸まった影のようなものが見えた。
「うわ、カイン!?こんなところでどうしたんだ?大丈夫か?」
ユースのその声でその場にうずくまっているのがカインだということに気づく。
カインは杖を握ったまま肩を震わせてその場に座り込んでいた。
「……カイン」
クリスがカインに近づく。
カインはびくりと肩を一層大きく震わせた。
「正直、お前にはがっかりだぞ、敵の前で逃げ出すなんて……」
カインはうつむいたまま何も言わない。
クリスはもういい、と冷たく言い放つとカインの横を通り過ぎて、寮に続く廊下を歩いて行ってしまった。
廊下には西日が差している。
オレンジ色の光に眩しい、と目を細めた時、ガッシャンとものすごい音と衝撃と共に廊下のガラスが砕けた。
クリスにはまるで世界にスローモーションがかかったように見えた。
ガラスの破片が自分に向かってくる。
早くよけなければ突き刺さってしまう。下手すれば死んでしまうだろう。
でも、体が動かない。
ああ、もうだめだ、とクリスは目を閉じかけた。
その時、ぴたりとクリスの目の前でガラスの破片がぴたりと制止した。
ぱっと振り向くとカインが杖をこちらに向けて、少し泣きそうな顔をして立っていた。
これはカインの魔法のおかげだったのだ。
「……っ」
でもクリスはありがとうの一言が言えなかった。
先ほどもういい、と切り捨てた相手に簡単にお礼が言えるほどクリスは器用ではなかった。
そのままカインたちに背を向けると、廊下の奥へと歩いていく。
背後からガラスの崩れる音が聞こえた。
その夜、ふと目が覚めて、レイは起き上がった。
二段ベッドの上からはクリスの規則正しい寝息が聞こえてくる。
外は月明かり以外周りを照らすものは何もなく、ただ静かだった。
レイは気まぐれに自室の扉を開いた。クリスを起こさぬよう丁寧に。
なんとなくそうしなければいけないような気がした。
寮の廊下をコツコツとレイの足音だけが響く。
何気なく中庭へつながるガラス扉の向こうを覗くと、月明かりに照らされて、一つの人影が見えた。
カインだった。どうやら魔法の練習をしているらしかった。
レイは一瞬カインの方へ行こうかと迷ったがかける言葉も見つからずそのまま自室へ引き返した。
その夜のことはレイは誰にも言わなかった。だから誰にも知られることはなかった。
カインは何度か中庭で魔法の練習をしていたが、レイが見に来たのはその一回きりであった。