五話
午前中の講義が終わり昼休み。
講義の間ずっと眠り続けていたユースはまだ眠り足りないとでも言うように大きなあくびをして目をこすりながら席を立った。
クリスも丁寧に板書したノートを閉じて後に続く。
レイは講義にもクリスたちにも興味がないとでもいうような顔をして、にクリスたちよりも先に歩いて行ってしまった。
「おーい、レイ、一人で行くなよ!」
わかりやすく聞こえないフリをしたレイはさらに歩くスピードを速めて教室の扉の向こうに消えてしまった。
ピシャンッと扉を閉める音が大きく教室に響いて、ユースは肩を震わせ、先ほどまでにぎわっていた教室は静まり返った。
「こえー……」
「あいつ例の留年生だろ、焦ってピリピリしてんのかな……」
「七班の子たちかわいそー」
教室のあちこちからひそひそと声がする。
確かに自分たちもここまで徹底した態度を取られているが、それでも同じ班の者が悪く言われるのはあまりいい気がしなかった。
クリスがむっと眉をひそめて、クラスメイトたちに抗議をしようとしたその時、真横からガァンッと何か金属製のものを蹴るような音がした。
驚いて横を向くと、ユースがすごい形相をしてクラスメイトを睨んでいた。足元には鉄のバケツが転がっている。
クリスですら一瞬後ずさってしまうほどの気迫を持った彼の睨みは、クラスメイト達を黙らせるのに十分だった。
「……ギャーギャーと、るっせーんだよ、黙ってろ」
言い聞かせるような口調でそう言うと、ユースは小さく行くぞ、と言って、教室の扉を開けた。
カインとクリスは慌ててその後を追う。
昼食を取るために食堂へ行く移動の途中、三人は誰も口を開かなかった。
あまり空気はよくない。
カインはさっきから震えっぱなしだし、ユースはイライラとしている。
クリスは思わず出そうになったため息をグッと押し込んだ。
「……悪かったな、さっきは、カッとなって」
そんな暗い沈黙の中最初に声を発したのはユースだった。
気まずそうな謝罪の声、カインは小さく大丈夫だよと返した。
「気にするな、私も言い返してやろうと思ったところだ」
クリスはそう言ってぽんぽんとユースの肩をたたいてやった。
ユースはいつものいたずらっ子のような笑顔で笑った。
食堂につくと、レイが端の席で一人で食事を取っていた。
ユースが真っ先にそれに気づき、自分の食事の乗ったトレイを持ってレイに近づく。
さっきのこともあって、クリスもカインもレイに近寄りづらく、自分のトレイを持ったまま、少し離れた場所でユースとレイを見守っていた。
「よう、レイ、横いいか?」
レイはやはり言葉を返さない。
「無言は肯定と取るからな、横座るからな!」
ユースは強引にそう言って、レイの横に腰かけた。
それからクリスたちに手招きをする。
そしてレイの前にクリスが座り、ユースの前にカインが座った。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど」
ユースが突然に切り出す。
「カインの右目ってどうなってんの?」
ピッとユースがカインを指さすと、カインは驚いた、というよりはおびえたように目を見開いた。
「や、だめ、見せられない」
「いいじゃんかっ、見せろよ!」
興味を持ったユースは引き下がらない。
グッと手を伸ばし、カインの右目にかかった髪をどけようとする。
「や、やだ!」
ユースの手をカインが払った拍子にふわりとカインの髪が浮き上がった。
そこにあったのは、左目とは違う、青い目。
カインは左右の目の色が違った。
カインは、見られた……見られた……と、まるで今から死にますみたいな顔をして右目を抑えていた。
これにはさすがのユースも反省したようで、右手で頭を掻きながら、少し引きつった笑顔で謝罪した。
「あー……悪かった、カイン、そんなに嫌だったなんて。でも、綺麗だぞ、お前の目」
ふるふると首を振るカイン。
果たしてこれは謝罪をしたユースを許したのか、それとも綺麗という言葉を否定したのか。
きっと両方なのだろう。
「あぁ、私も綺麗だと思うぞ、カイン」
そう言ったクリスは口元こそ笑っていたが、目元はちっとも笑っておらず、深い闇を映したようだった。
あぁ、私にもあんな青があれば、よかったのだろうか。
クリスは一瞬そんなことを考えて目を伏せた。
レイは相変わらず興味なさそうに、でも確かにクリスたちの方を見ていた。