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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その他いろいろ

AR(拡張現実)でサバゲーを

作者: 鈴本耕太郎

 夜空に閃くオーロラと無数の星々、青白く光る通常より遥かに大きな月、そしてそれらに照らされて輝きを放っている神秘的な海と銀色の砂浜。オーロラの光の前を番のペガサスが舞い、海上をクジラが跳ねる。

 それはまさに神話の世界にだけ存在するような景色だった。


 目の前に広がるこの幻想的な景色が、全て人工的に作り出された物だというのだから驚きだ。昨今の発展が著しいAR(Augmented Reality)拡張現実の技術は、こうして俺達を楽しませてくれている。


「綺麗だね」

 俺の肩に頭を乗せている美月がこちらを見上げてきた。

 それに黙っまま頷き、そっと唇を重ねる。

 触れるだけの軽いキス。ゆっくりと顔を離して、コツリと互いのおでこを重ねる。

 そして少し照れたように微笑み合った。


 俺達が今いるのは、とあるテーマパークの中にあるお城のテラスだ。長い順番待ちの末に辿り着いたこの場所は、僅か五分という短い時間だけではあるが、誰の邪魔も入らない二人だけの空間だ。


「なぁ」

「ん?」

 息が触れ合う程の距離で美月の瞳をじっと見つめる。

 月明かりに照らされているからなのか、その瞳はいつも以上に魅力的に見えた。

 俺はこの瞬間の為に何度も頭の中で繰り返して来た言葉を口に出そうとする。

 なのに、その言葉が出てこない。

 何度も何度も頭の中で繰り返して来たはずの言葉が綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 緊張で鼓動が早まり、バクバクと体中が脈打ってるのかのようだ。俺の緊張はきっと美月にもはっきりと伝わっている事だろう。


 たっぷりと時間をかけて震える声で紡いだ言葉は、結局たったの一言。

「結婚しよう」

 あれだけたくさん考えたのに、カッコいい言葉一つ言えない自分が情けない。

 それでも……。

「うん」

 目に涙を溜めた美月が嬉しそうに笑う。

 たったそれだけの事で、全て報われた。

 そして再び、どちらからともなく唇を重ね合ったのだった。


 この時の俺達は幸せの絶頂にいた。

 目に映る世界が何もかも輝いて見えた。

 これからやってくるだろう数多の困難さえも二人でなら問題なく乗り切れると信じて疑わなかった。

 何気ない日常が、ありふれた毎日が、俺達にとってはどれも特別な日になった。

 ただこうして一緒にいる。

 それだけで幸せを感じていられたのだ。


 そんな幸せ絶頂の俺達の元に、一通のメールが送られて来た。

 それは以前、何気なく応募したゲームの当選通知だった。

 どんなゲームかと言えば、とてつもなくリアルなサバイバルゲームといった所だろうか。

 どこかの施設を貸し切って行われるそれは、AR技術の粋を集めた最新のアトラクションとの噂だった。

 良い事は重なるモノである。当選確率は十万分の一以下という事で完全に諦めていただけに、突然の報せに思わず舞い上がってしまった。

「よしっ!」

 思わずガッツポーズをした俺を洗濯物をたたんでいた美月が不思議そうに見つめていたのだった。


「賞金十億円?」

 美月が驚きの声を上げる。

「ああ、百人対百人で戦って、勝ったチームの最後まで残っていた人で山分けになるみたいだ」

「すごい……。それに参加するだけでお金が貰えるの?」

「そうだよ。だから一緒に参加しよう!」

 まだ思考が追い付いていない美月の手を、しっかりと握り締めた。

 イベントへの参加は二人一組。どうせなら美月と一緒が良いと思ったのだ。


 世界中が注目しているこのゲームは、テレビやネットを通じて全世界に生中継される。その為、参加者には出演報酬として一律十万が支給される事になっていた。

 その上、ゲームに勝利すれば大金が手に入る。

 参加しない理由はどこにも見つからなかった。





 送られてきたチケットを大切に財布へとしまい、俺達はイベント会場へとやってきた。

 今回の会場となるのは、一年程前に潰れてしまったとあるテーマパークだ。ゲームの為に主催者が買い取って、専用の施設へと改造を施したという。広さは東京ドーム、およそ十個分。正直言っていまいちピンと来ないのだが、なかなかの広さだという事は想像できた。

「わくわくするね」

 ニコニコ顔の美月の頭を軽く撫でる。

「ああ、楽しみだ」


 受付でチケットを渡すと、引き換えにルール等が書かれた書類を渡された。

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」

 緩んでしまっていた口元を引き締めて再び書類へと目を向ける。

 そこに書かれていたのは俺達二人の名前。

 桜井純一様、桜井美月様。

 まだ籍を入れる前ではあったけれど、俺達は同じ名字で応募していたのだ。

 これから先、当たり前のように使われる俺達の苗字。家族になるのだという事を改めて実感し、何とも言えない喜びを感じていた。






「それではこれより、今回のイベントについて簡単にご説明させて頂きます」

 このイベントの主催者だという男性がステージ上に立って話をしている。高い身長に整った顔、眼鏡をかけた姿は実に知的だ。天は二物を与えずなんて言葉があるが、彼を見るとそんな言葉は嘘っぱちだと断言できる。

 地位も名誉も金も外見も何もかもを持っている上に、誰もが認める天才だ。彼の名前は倉木信介、様々な分野で功績を遺している著名人だ。

 最近では心理学の分野に興味を持っているらしいとの噂だが、このイベントの為にAR技術を大幅に発展させたという話である。


「今回のゲームは百対百で行われ、勝敗は制限時間後に生き残っている人数で決定します。また制限時間内にどちらかのチームが全滅した場合は、生き残った方を勝ちとします。詳しい内容は後で担当の者がしますが、私からはこれの説明をさせて頂きます」

 そう言って彼は銃を掲げて見せる。資料によれば割と有名な銃の模倣品らしい。

 すると突然、発砲音が響いた。

 彼が引き金を引いたのだ。その先には粉々に割れた花瓶。

 シンと静まり返る中で、今度はその銃を自らのこめかみに向け、そして……。

 ――パーンッ。

 会場中が悲鳴に包まれた。


「驚かせてしまい申し訳ない。ご覧の通りこれは今回のゲーム用に作られた玩具です」

 そう言って笑って見せる彼はもちろん無傷だ。

「先程の花瓶をご覧ください」

 彼が指し示す先には、元通りになった花瓶。

 それに向かってもう一度発砲すると、再び花瓶は粉々に。

「良く見ていてくださいね。三、二、一、はい」

 次の瞬間には、粉々だったはずの花瓶が元通りになっていた。飾られる花が変わるというおまけ付きで。

「これがAR技術の一旦です。まだまだ研究途中の技術ではありますが、今回皆さんには最先端の技術を堪能して頂く予定です。どうぞ楽しみにしていてください」

 彼が丁寧に頭を下げると同時に、割れんばかりの拍手が起こったのだった。






 ゲームは至ってシンプルだ。

 与えられた銃で相手チームの人達を撃ち殺せば良い。

 もちろん、これはゲームであって本当に死ぬわけではない。特殊な技術によって、まるで本物の死体のように感じるだけなのである。

 それを実現可能とするのが、身体にピタリと密着する特殊なスーツ。

 銃で撃たれると、このスーツが傷を再現してくれるらしい。死亡判定が下された場合は、スーツに内蔵された麻酔が作用して使用者を眠らせる。当然その場に倒れてしまうのだが、このスーツに搭載された安全装置が衝撃に反応して機能する為に安全面に不備はない。

 さらにリアルを追及する為に、痛みや匂いなんてモノまで感じるという話だ。

 全く持ってその技術に驚かさせれるばかりである。


 俺達参加者は、それらの説明を聞き、様々な誓約書にサインをした。そして一日をかけて銃の扱い方を練習し、スーツの着用テストを行った。

 行われた説明の中には、撮影に関する事も含まれていた。

 フィールドには至る所にカメラが設置されている上、戦場カメラマンとして様々な場所にカメラマンが配置されるらしい。さらに手の込んだ事にカメラマンにも俺達と同様のスーツが用意されているらしい。それはつまり、流れ弾が当たれば彼らも死ぬという事だ。

 まさにリアル。さらにその上、実際に使用するカメラも銃弾が当たると壊れるように設定されているというのだから驚きだ。


 そうして丸一日を要した準備を終え、次の日にゲームフィールドへとやってきたのだった。

「ではゲームを始める前に最終確認です。このゲームは極めてリアルです。頭を撃ち抜かれれば脳漿が飛び出しますし、血だって噴出します。ハッキリ言って非常にグロイ光景です。心臓の弱い方などは非常に危険ですので、自己責任にて参加をお願いします」

 当然と言うべきか、さすがにここに来てやめたいと言い出す者はいない。

 もし、仮にゲームが始まってしまっても途中でリタイアする事が出来るのだから当然なのかもしれない。もちろん俺は、リタイアなんてするつもりは、絶対ないのだけれど。







 それぞれがスタート地点へと移動する。

 百対百だからと言って、百人が一か所に集まっているわけではない。

 百人を五人ずつの部隊に分けて様々な場所に配置されるのだ。

「この部隊の隊長になった伊達だ。宜しく頼む」

 そう言って挨拶をしたのは、元自衛隊員だという筋肉質の男性だった。

 俺達の部隊は、俺と美月、それから隊長の伊達。彼のパートナーだという山本という男性、そして女子高生だというポニーテール姿の白川さんだ。

 白川さんはお姉さんと参加したらしいが、少しでも賞金獲得の確率を上げる為に別々のチームを希望したらしい。


「まずはどうしましょうか?」

 山本が伊達へと話を振ると、彼はニヤリと笑った。

「先制攻撃だ」

 どうやら彼らの中ですでに決めてあったのだろう。

 仕方がない。隊長に従う事にしよう。

 俺は隣で緊張している美月の手をそっと握り締めたのだった。






 ウウウゥゥゥー。

 という開始を告げるサイレンが鳴り響く。

 制限時間は今から三時間。

 戦いの幕が切って落とされた。


「いくぞ!」

 伊達の合図に俺達は頷き、一列になって市街地のようなフィールドを速足で進む。

 敵がどこに潜んでいるか分からない為、慎重に行動しなければならない。

 どこから襲われるか分からない緊張と、ゲームが始まった高揚感でどうにも落ち着かない。

 でも……。

「ねぇ純君、大丈夫だよね?」

 美月の声で一気に冷静になれた。

「当たり前だよ」

 いつものように笑って見せた。


 パーンッ。

 不意に聞こえた発砲音。

「近いぞ」

 伊達が率先して壁の角から通りを覗き込む。

 パーンッ。

 そして伊達はその場に崩れ落ちた。

 頭から脳漿が噴き出し、地面を赤く染めていた。

 それはまるで……。

「うっ……」

 美月が口元を抑えてその場にうずくまる。

「大丈夫か?」

 俺は辺りを警戒しながら、震える背中をそっと撫でた。

 俺達が目にした光景はあまりにもグロ過ぎた。映画なんかの比ではない。現実に目の前で人が死んでいるのだから。いや、これはあくまでもゲームであり、ただの映像だ。そうやって理解しているつもりでも、それは本物にしか見えなかったのだ。


「――逃げよう」

 隊長を山本が引継ぎ、急いでその場から引き返す。

 今まで殿を務めていた山本が先頭に出た為、今度は俺が一番後ろに配置された。俺は目の前で震える美月を見守る事しか出来なかった。


 正直、失敗した。

 こんなゲームなら美月ではなく、友人と出れば良かった。

 そう思った所で後の祭り。今さらどうしようもないのだ。


 至る所から響いてくる発砲音。

 いろんな場所で戦闘が始まっているようだ。

 しかし俺達は音から逃げるように道を進んでいた。

「おい、誰かいるぞ!」

 山本が制止をかけ、それに従う。

 そして彼は慎重にその場に近づいて行き、肩を竦めた。

 そこにいたのは味方チームの二十代前半くらいの女性だった。

「もう嫌……。お願い、助けて」

 泣きながら助けを求められてしまったが、どうしようもない。

 山本はやれやれと首を振った。

「だったらリタイアするしかないだろ」

「リタイア……」

 その言葉を反芻して手に持っている銃を見つめる女性。

 実際口で言う程簡単ではないだろう。

 なぜならリタイアの方法は自らの頭を銃で打ち抜く事なのだから。

「仕方ない。目、瞑ってろよ」

「――はい」

「お前達は向こうに行ってろ」

 俺達が離れた後、山本は彼女に向けて引き金を引いたのだった。


 それからおよそ一時間。

 俺達は硝煙と血の臭いが混じった中を歩き続けた。

 幸いというべきか、あれから敵チームに一度も出会っていない。

 この環境にもそれなりに慣れた。

 いくらリアルでもゲームなのだから、そこまで恐れる必要はないのだ。

 そんな時だった。

「――いた」

 山本が敵を見つけた。


 向こうはまだこちらには気付いていないようで、五人がまとまって休憩をしているようだった。俺達は物陰に隠れそっと狙いを定める。

「いいか、自分の担当だけをしっかり狙え。最初に俺が撃つから、お前達は混乱している所を撃て」

 山本の言葉に全員が頷く。

「よし」

 そう言って山本は引き金を引いた。

 パーンッという乾いた音の後、敵チームの隊長らしき人の頭から噴き出た血が壁を汚した。

 それを合図に俺達も発砲する。

 一人、また一人と倒れていき、最後の一人を山本が倒した。


 ――ふぅー。

 そこにいた全員が安堵の息を同時に漏らした。

 そして俺達は互いに笑い合った。

 あまりにリアルでグロイ光景が目の前に広がっているのだが、これがゲームだと分かっていれば、そこまで恐怖心は感じない。最初にあれだけビビッていた美月も、ぎこちなくではあるが笑顔が見て取れる。

 慣れというのは恐ろしいものだと思う。


 そこから先は随分と調子が良かった。

 二度に渡り敵の部隊を発見し、俺達は見事撃破していたのだ。

 そしてさらにもう一部隊を発見した時、白川さんが声を上げた。

「あっ、お姉ちゃんだ」

「バカ!声がでかい!」

 山本の声に慌てて口を塞いだ白川さんだったが、すでに遅し。

 俺達の存在は敵にバレてしまった。

 隊長格らしき男が真っ先に反応して、こちらに銃が向けられる。本来なら物陰に隠れるべきなのだろうが、その時の俺はなぜか頭が冴え渡っていた。

 しっかりと狙いを付けて相手より先に引き金を引く。

 パーンッ。

 カラカラと地面を銃が転がった。

 俺が狙った相手は腕から血を流して壁に寄り掛かる。

 ターゲットと目が合った。

 ――まいった。

 彼の口がそう動いたような気がした。俺は微笑んで軽く頷いて見せると、もう一度引き金を引いた。


「お姉ちゃんは私がやる」

 一人やられてしまった事で敵の部隊は完全に混乱してしまっている。

 その隙をつくように白川さんが銃を構える。

 それに俺達も続いた。


 敵の部隊を殲滅した後、彼らの元へと歩み寄る。

 そこには一人まだ息がある人がいた。白川さんのお姉さんだった。

「ゆきな?」

「うん。お姉ちゃんごめんね」

「仕方ないよ。ゲームだもん」

 かすれた声で彼女は笑った。

「賞金は私に任せて」

「うん、期待してるね。ねぇ、これ結構キツイから早く終わらせて」

 そう言う彼女の腹部からは血が溢れ出している。放って置いても長くは持たないだろう。

 でもわざわざ苦しめるような事をする必要はない。

「わかった。また後でね。バイバイ」

 白川さんはお姉さんの頭に銃を突き付けて、躊躇する事無く引き金を引いた。

 普通なら絶対にあり得ない光景。

 しかしゲームという環境がそれを可能にしていた。


 再び索敵を始めた俺達だったが、いつの間にか時間が迫っていたようだ。

 残り十分を知らせるサイレンが鳴り、現在生き残っている人数が放送された。

 こちらのチームが十三人。

 敵側のチームが六人。

 圧倒的にこちらが勝っていた。後は上手く逃げ切れば賞金はこちらのモノになるだろう。

 その時だった。

「危ない!」

 声に反応して、振り向くと同時に突き飛ばされた。すぐ後に続くのは発砲音。

 俺は咄嗟に音のした方へと銃を向ける。

 そして視界の端でこちらに向けて銃を構える相手に向けて即座に発砲した。


「――どうして?」

 俺が撃った相手は山本だった。

 そして俺のすぐ横には腹から血を流す美月が倒れていた。

「ちっ、しくったか。どうしてって残った人数が少ない方が手に入る賞金が増えるからに決まってるだろ。まっ、失敗しちまったけどな」

 ゴホゴホと血を吐き出しながら山本が語った。

 クズが……。


 山本はすでに立ち上がる事すら出来ないと判断した俺は、すぐに美月を抱き起した。

「美月……」

「純君、ケガしてない?」

 自分が重傷を負っている癖に、俺の心配をしていた。

「ああ、美月のおかげで助かったよ。ありがとう」

「よかった」

 俺の腕の中で、美月が力なく笑った。

「全く無茶しやがって……」

「ごめんね。でも純君の役に立てて良かった」

「バカ……」

「へへへ。ねぇ、お願いがあるの」

「お願いって?」

「私を殺して。純君だったら怖くないから……」

「――わかった。また後でな」

「ありがと。また後でね」

 俺はそっと美月にキスをした。そして、そのままの姿勢で胸に向かって引き金を引いた。

 直後、口内から溢れ出した美月の血が俺の口へと入って来た。

 それは紛れもなく血の味で、ここまでリアルに再現する主催者に、俺は恐怖を覚えたのだった。


 何かの巻き添えになってしまわないように、隅の方に美月を運んでそっと寝かせた。

 一通りの作業を終えて立ち上がると、山本と白川さんが会話をしているのが目に入った。

「なぁ、白川さん。俺にも優しくキスして殺してくれよ」

「ふざけないで。勝手に死んでよね」

 まるで道端のゴミを視るかのような目で白川さんは山本を見ていた。

「白川さん。行こうか」

 俺達は山本をそのまま放置してその場を離れた。

「おい!ふざけんな!クソッ……」

 後ろから聞こえてくる山本の苦しそうな声を俺達は無視したのだった。







 終了を告げるサイレンが鳴り響いた。

 結局、俺達のチームは敗北した。

 敗北の原因は仲間割れ。山本と同じような事を考えた輩が何人もいたようだ。

 人間というのは、どうしてこうも醜いのだろうか。

 思わず溜息がこぼれた。早く美月に会いたい。そう思った。


「実に素晴らしい戦いだった」

 倉木や運営側のスタッフ達が拍手で迎えてくれた。

 ようやく終わったのだ。

 生き残った俺達は、そのまま表彰式へと移る事になった。

 ゲームに負けてしまい、賞金は手に入らなかったが逆に良かったのかもしれない。普通では絶対に手に入らない大金が手に入ったら、何かが変わってしまったかもしれないから。

 そうやって言い訳を考えながら、割とどうでも良い話を聞き流しながしていく。


 後で美月に会ったら、まず最初に殺してしまった事を謝ろう。

 そして予約してある温泉宿でのんびり過ごす。

 明日の午前中はこの辺を観光して、午後になったら新幹線で……。


「実は、君達に嘘をついていたんだ」

 倉木のそんな言葉で現実に引き戻された。

 うそ?

 なんのことだろうか。

「今日行われたこのゲームにAR技術は一切使用されていない」

「――え?それって……どうゆう……」

 誰かが間の抜けた声をだした。

「なに、決して難しい事ではないんだ。ただ、このゲームで使用された銃が本物だっただけさ。ここにいる君たちは皆、殺人者だ」

「うそ……」

 白川さんがポツリと呟いた。

「嘘じゃないさ。疑問に思わなかったのかい?今の科学技術で、ここまでリアルな再現なんてできる訳がないじゃないか!」

「じゃあ……、昨日使ってた銃は?」

「ああ、あれか。あれはパフォーマンス用に用意した物さ。もちろん、君達が練習で使った銃も同様の玩具だ」

「――え?そんな……だって、うそでしょ……」

「お姉さんを殺した気分はどうだい?」

「お姉ちゃん……」

 白川さんはポロポロと涙を流しながら、どさりと、しりもちをつくようにその場に座り込んでしまった。

 それを見た倉木は実に楽しそうに笑った。

「本当に気づかなかったみたいだね。君も君も君も、それから画面の向こうにるきみも?」

 カメラを指差してゲラゲラと笑う。

「ふざけるな!」

 誰かが叫んだ。

「ふざけてなんていないさ。私は至って真面目に実験を行っただけだ」

「じっけん?」

 じっけんってなんだ。俺はフラフラと倉木に向かって歩く。

「ああ、実験さ。思い込みの力を調べる為のね。環境さえ整えれば誰もが簡単に人を殺せる事が証明されたんだ。これは素晴らしい実験結果だと思わないかい?」

「これがすばらしい?」

 倉木の前で足を止めた俺は辺りを見渡した。

 泣き崩れる人、茫然と立ち尽くす人、怒りに震えている人、そしてその向こうには血に濡れた地面とそこに横たわる死体の数々。

「うん、確かに君の立場からしたら決して喜べる事ではないだろう。しかし我々人類が進歩していく為には、これは必要な犠牲だったのだよ」


 ツラツラと得意げに話す倉木を俺はぼんやりと眺めていた。

 こいつは何を言っているんだろう。

「ねぇ、婚約者を自分の手で殺してみてどう思った?今後の研究の為にぜひ教え、ぐふっ!」

 気付けば倉木を思いっきり殴り飛ばしていた。

 目の前に倒れたゴミを一瞥して俺はその場を去った。

 こんなの嘘に決まっているんだ。

 早く美月の所へいかなくては……。

 俺の背後では様々な怒声や泣声と一緒に、何発も、何発も、銃声が途絶える事無く響いていた。


 辿り着いたその場所に美月はいた。

 さっきと変わらず、血に濡れたままで。

 血の気の無くなった頬に、恐る恐る触れる。

 そこに一切の温もりは存在しなかった。

「美月……」


 俺は最愛の人をこの手で殺したのだ。


 共に人生を歩んで行こうと決めた相手を。


 一生をかけて守っていこうとしていた相手を。


 俺が。


 この手で。


 殺したのだ。


「今からそっちに行くから」

 俺は美月を強く抱きしめると、彼女を殺したのと同じ銃の引き金に指をかける。


 そして……。

 この現実からリタイアしたのだった。







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