異世界へようこそ
意外と血って出ないもんなんだな
錯乱してる自分の中に冷静な自分もいた。
「ふ、はは」
何がおかしいのか・・・変な笑いが込み上げる。
いや、おかしいのは知っている。
ああ、知っているとも。
知っているけど・・・
「はぁ、はぁ、・・・ふー」
覚悟決めろ。
「う・・・あ・・・ああああああああああああああああああああああ!!!」
「人生捨てるには・・・ちょっと早いんじゃないか?」
肉に深く入れたカッターを引き抜こうとした瞬間、誰かに止められた。
止めた人間には見覚えがある。
半月くらい前に俺をスカウトするとか言ってた男だ。
「それに、要らないものなんだったら是非俺にくれないか?」
前もそうだ。
何をするかも、どんなグループなのかも告げずに俺を引き入れようとする。
しかも・・・それが本気の目だからタチが悪い。
「御巫・・・さん」
「久しぶりだな郡上 七生君」
◇
「カッコつけてるとこ悪いんだけどさぁ、結構やばかったんじゃね?」
「うるさい」
まあ実際ギリギリだったけどな。
「ところで君・・・どうしてこんなファンキーでロッカーなことを?」
「・・・・・・・・」
「言いたくないなら言わなくていいぞ」
まあ、さっきの奴らの話から大体の想像はつくけど。
「それじゃあ、先の話をしよう」
こっからが本題。
七生の能力を貰えるかどうかはここ次第だ。
「七生君にはこれから幾つかの選択肢がある」
「エロゲみたいだな(笑)」
茶々入れるなバカ。
「一つは今日は諦めてこの先も生きる未来」
「一つは今日ここで諦める未来」
そして・・・
「そして・・・一つは今の世界を諦める未来」
このままでは恐らく彼は長くないだろう。
それほど絶望している。
なら、一度リセットして新しい世界をあげよう。
「悪いが答えは直ぐに出してもらう。こちらも忙しい。今ここで決めたもらう」
焦った状態であれば素直な感情が出やすい。
それを狙ってのことだ。
「さあ、これが最後のチャンスだ」
もしここで否定するようなら彼はそこまでだ。
そんな奴俺のチームに要らない。
そして・・・そんな奴の未来なんて知ったこっちゃない。
「さあ、どうする・・・郡上七生」
◇
なんて目をしてんだこの人は。
真面目で常識人で普通だと思ってた。
けど全然違った。
「幾つかの選択肢がある」だって?
嘘を付け。
根本的にはdead or aliveじゃないか。
しかもこの人・・・「俺の力になれないならお前なんてどうでもいい」って思ってんだろ。
人ん家勝手に上がってきて何言ってやがる。
・・・でも実際何をしても俺の置かれてる状況なんて変わりゃしねえ。
生きるか死ぬかだ。
いや、どっちも死ぬのかもしれないけど・・・
あぁ、クソ
こんなの消去法じゃねえか。
どんなに考えても変わんねえんだろ?
なら乗ってやるよ。
乗ってせいぜい・・・
「・・・あがいてやる」
◇
すごいなこの少年は。
清雅が逸材と言ってた意味がわかった。
精神状態不安定な所に、あんなに鬼畜清雅に追い込まれてたのに、急に思考が戻りやがった。
そして・・・答えが無いようなものだったとは言え・・・ちゃんとした思考で答えを出した。
彼は恐らく・・・自分を客観視するのに長けているのだろう。
周囲の状況、自分の状況を瞬時に考え、私情を挟まずに最適解を出す。
今年18になる少年がやれることかよ。
つーか俺が18の時って何してたっけ?
清雅たちと馬鹿やってた思い出しかねーぞ(笑)
まあ、今もその「馬鹿」の延長なんだが・・・
◇
「それじゃあ、話も決まったことだし行きますか」
俺の予想だとそろそろくるころだ。
彼を引き止めさせないためにも急がないと。
「・・・・・っつ」
立とうとした彼がふらつく。
それもそうか。
死ぬ程じゃないとはいえかなり血はだした。
貧血気味になって当たり前だ。
とりあえず方を貸してやる。
病院にも行っておこう。
「アラタ。車呼んでくれないか?」
「お前なぁ、普通護衛対象をパシらせるか?」
「護衛役にアラタって呼ばせてる奴に言われたくねえよ」
「・・・っちぇ。わかったよ」
「・・・あの、あの人は?」
「・・・ん?あぁ、あいつはなぁ・・・」
なんて説明するべきだろうか?
いや、もううちの部隊に入るわけだし・・・
『上司』の名前くらい覚えてもらおうか。
軽い痛み止めにもなるかもだしな。
「あいつの名前・・・ってか本名は新宮」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
目を丸くした七生はありえないといった表情をしている。
恐らくさっきまでの痛みも吹っ飛んだろう。
「・・・冗談ですよね?だって今アラタって・・・」
「それ、あいつが俺らに言わせてるあだ名。本名が好きじゃないんだってさ」
「・・・でも今パシらせてますよね?」
「まあ、それは俺らの仲っていうか・・・」
確かにやっちゃいけない事だよな。
学生時代からの間柄とは言え身分が違いすぎる。
「とにかく、あいつは本物だよ」
「・・・俺、もしかしてとんでもない事になってる?」
なってるに決まってるさ。
なんせこれから、王様の下で働くのだから。
◇
彼女は駆けた。
息が切れても、足がふらついても。
急げ急げ急げ
やってしまった
他の有象無象と同じことをしてしまった
今までそんな事しなかったのに
しようとも思わなかったのに
彼を傷つけた
親愛な人を傷つけた
弟を傷つけた
見てしまった
絶望に満ちた表情を
そして失くなった表情を
やばい
何をするかわからない
何をしてしまうかわからない
急げ急げ急げ
急げ急げ急げ
◇
私はは勢いよく自宅の玄関ドアを開けた。
弟の靴は・・・ある!
家には居る!
急げ!
きっと部屋に居るはずだ!
私は希望を持って階段を駆け上がる。
大丈夫。きっと大丈夫。
彼は強いから。
うちの弟は強いから。
七生は強いから。
部屋の前についた。
私は一度深呼吸して息を整える。
先ずなんて言おう。
素直にごめんがいいかな?
大丈夫、七生なら許してくれる。
きっと七生なら・・・・・
「七生!」
私は弟の名前を呼びながらドアを開けた。
しかし・・・・・
「・・・・・え?」
もぬけの殻。
誰も居ない。
七生は?
七生はどこ?