プロローグ「きみとの再会」
困難を極めた魔王討伐の旅も魔王との和解という意外な形で幕を閉じた。
今考えると回り道に思えた様々な要因がこんな最高な結果を生んだのだと思う。
ボクが今居るのはボク達が初めて会った町、ドーベルグの酒場だ。
ただ今、祝勝会の真最中である。
ボク周りではこの長い旅で出会った最高の仲間たちが旅の思い出話を肴に、酒を酌み交わしている。
ボクはチアキが言うには「ミセイネン」という者らしいが、今日だけは「ブレイコウ」ということでチアキの許しを受け、初めてのお酒を堪能しているところだ。
でも、ボクはいまいち気分が乗らないでいた。
その理由の一端であるボクの親友は少し離れたところで現在女性陣に囲まれている。
最初の方こそ一緒に楽しく酒を飲んでいたがチアキは酔いが回りはじめると実はお調子者な性格もあり、女性陣に鼻の下を伸ばしながらばか騒ぎを始めてしまった。
加えて、女性陣からの露骨なアピール合戦も行われているのがここからでも分かる。
親友であるボクを放っておくのは気に入らないが、彼の活躍と頑張りを思えばこれくらいのご褒美は当然だと割り切ることができなくはない。
それよりもニヤニヤ顔を向けるこのおっさんの方がむかつく。まあ、仲間になってから数えるのがバカバカしくなるほどボクをからかってくるこの男が実は仲間思いの頼れるやつであることは理解してはいるのだが。取りあえず、言わなければならないことがある。
「エドマンド、何回も言うようだけどボクは―」
ボクの言葉は熊男に遮られる
「わぁってるって、だがなぁ」
一転して真剣な顔で熊男-エドマンドは続ける
「男同士だからって別に我慢する必要はねえと思うが」
その言葉に言い返そうとするが言葉が出てこない。ボクの名誉のために言うが別にボクは同姓―男が好きなわけではない。チアキに対する気持ちも親友に対するものだし、別に結婚をしたいわけでもない。ただ、チアキがあの女性陣の誰かと結婚して家庭を持ったなら今よりも一緒にいることができる時間が減るのも事実で、それを寂しく思う自分も確かに居る。
でも、ボクはチアキが幸せになってほしい。ボクがその言葉を発しようとしたその時、
―また、これか
眼の前の景色が色を失い、ブレていく。足が覚束なくなり立ってるのが困難になっていく、
それでも倒れることなく体はふわふわし、吐き気もある。今までも何回も味わった感覚だが今回はかなりひどい。お酒を飲んだからなのか、それとも他の要因があるのかは分らないが今までのものと段違いだ。
これが、どういう原理で起こっているのかは分らないが確かなことが一つだけある。
それは――
――世界の改変が行われるということ
せっかくみんなが幸せになったのにまた何か変わるのか、できれば今回は大きな改変でなければいいな、それがだめならせめてチアキだけでも幸せになってほしい。
諦めに似たそんな思考を最後にボクは瞳を閉じた。
――パチッ
ボクが目を覚ましたのは何の変哲もない路地裏であった。当たりを見回しても敵兵や怪物は見当たらない。そのことに取りあえず安堵する。
―前みたいに、魔王戦の途中じゃなくてよかったぁ。
そんな現実逃避をそこそこにどうするべきかを考える。こう何回もあるとなれたものだ。
―取りあえずは、人通りがあるところに出てここが何処か確かめないとチアキを探すのはその後でもたぶん大丈夫だし。
ボクは大通りに出るため駆け出した。目線が少し低くなっているのと、筋力が落ちているようだが気にするのは後にする。
幸いここはダンジョンのように入り組んでいるわけではないようで、しばらく走ったら開けた場所が見えてきた。
目的地が見えてきて気が緩んだのと思ったより体力が無くなっていったのもあり、開けた場所の少し手前で立ち止まり息を整える。
―また鍛えなおさなきゃいけないのか、せっかくチアキに手伝ってもらったのに。
うんざり半分、チアキと一緒に居られる嬉しさが半分同居した顔で大通りに足を進めようとしたとき。
何人かが言い争っている声が聞こえた。
いつの時代、どんな場所でも人間は同じことを繰り返すらしい。
―そういえば、チアキと初めて会ったのも彼がチンピラに絡まれていたのを助けたのが始まりだっけ。
思い出すと笑ってしまう、今では魔王と恐れられた彼と対等に戦えているのに最初は町のチンピラにすら一方的に殴られていたのだから。
不謹慎であるが、懐かしさでつい笑みを浮かべてしまう。
ボクは声がする方に駆け出した。懐かしさもあるしやっぱり放っておけない。
声がした方向という曖昧なものを頼りに走っているにも関わらず、何故か迷わずに路地裏を駆け抜ける。
―というか、この道って。
懐かしい思い出の場所に彼らはいた。一人はガタイがいい大男、もう一人は中肉中背の目つきが悪い男、三人目は小柄で肥満体の男で何やら一人を相手に一方的に殴りかかっている。
すごい既視感がある光景だ。
―まだ、こんなことしてるのかこの三人。まあ、知らない間柄じゃないし、少しならやりすぎてもいいか。
懲りない三人組にあきれながらボクは手に魔力を込め、清らかな水を思い浮かべる。
それに答えるように手の上に水が生成され渦を成す。どうやら、魔法は問題なく使えるようだ。
水を3つに分け、それを球状に変形させる。そして、彼らに放つ。
ドゴッ、ゴガッ、ガゴッ!
鈍器で殴られたようなエグイ音が響く。間違っても水が当たった音だとは思えない。
少しやりすぎてしまったようだ、まあ大丈夫でしょう彼ら丈夫だし。そんな無責任なことを考えながら、殴られていた人物に目を向ける。手で顔をかばっているので人相は確認できない。
―これもしかしたら、ボクの方が怖がられてるんじゃ
―こういう時は、優しい声色と表情で声をかけて少しでも警戒心を緩めなければ
ボクはできる限り優しい声色と表情を意識して声をかける。
「危ないところでしたね、大丈夫で―」
そこで気づく、
―あれ、ボクってこんなに声高かったっけ?
それに連鎖するように、いろんなことに気付き始める。
―この腰に掛かってるのもしかして髪?
顔が引きつる。
―小さいけど、この胸のあたりの重りは?
少し、後ずさる。
―これってもしかして
ボクがその考えに至る寸前、彼の腕が下がり顔をあげる。その顔に見覚えがあった。
―チアキ?
路地裏にうら若き女性の悲鳴が上がった。