この扉の向こうにはやつがいる
彼は扉に手を掛けた。残念ながら、扉には曇りガラスの小窓しかなく、中の様子は外からはわからない。中から物音はしないが、小窓からは明かりが漏れている。奴は中にいるかもしれない。扉を開けるべきか、否か。こちらに残されている時間もあとわずかだ。あまり長くは考えていられない。
彼はもう一度扉に耳を当てた。静かだ。何度も中に踏み込もうと構えては見るが、なかなか勇気は出ない。それもそのはずである。もし、中に奴がいたとすれば、真っ向からの鉢合わせになってしまう。そんな事になろうものなら、彼の人生は一貫の終わりである。
しかし、このままでは。このまま中に突入しなければ、ここまで来た意味がなくなってしまう。いや、ここは諦めて、他を当たるべきなのかもしれない。だが、本当にそれでいのか。ここで背を向けて歩き出せば、それこそ人生が終わるも同然なのではないか。
彼は深く息を吐いた。冷や汗が額を伝う。やらない後悔よりもやる後悔。偉い人だってそう言うじゃないか。どちらを選んでも人生が終わると言うなら、やってやる。少しの可能性だとしても、かけてみるべきだ。彼はゆっくりドアノブを回した。もし仮に奴が中にいたとしても、気づかれてはいけない。音もなくドアノブを限界まで回す。鍵はかかっていないようだ。中から物音はない。奴がいないのか、それとも気づいていないのか。張り裂けそうな心臓を宥めようと、もう一度深く息をする。覚悟はできた。やってやる。俺の未来のために。
彼はドアをゆっくりと少しだけ開き、隙間から中の様子を覗く。そして中に誰もいないことを確認し、ほっと胸を撫でおろした。彼は悠々と中に入り、白い便座に腰を掛けたのだった。
トイレの扉ってノックするの勇気いりませんか?
コンビニとか、知らない人が使うトイレは特に。
かと言って、このコンビニを逃したら、次はいつ見つかるかわからないし……っていう葛藤、きっと誰もが経験したことがあるのではと思います。