甘酸っぱい想いの確かめ方。
今は日光照らすお昼。そしてここは駅の近くにあるお洒落な時計塔の近くのカフェテラス。塔の直下で淡い水色のワンピースを着た綺麗な女の人が私のターゲットに接触していた。
「一体誰なのよ……あの女!!」
私は手に持った空き缶をグシャリと握りつぶした。
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休日の朝――私はこんがり焼けたトーストに噛り付く信也を見ながら頬を綻ばせ、威勢良く彼に言い放った。
「信也、デートしましょ。映画、映画を見るのよ!」
「ん、いいけど」
信也はあっさりと承諾。もちろん今日信也が暇なのは前々から確認済みのことである。
「それじゃあ11時駅前の時計塔待ち合わせねっ」
「はぁ? なんでわざわざ…」
信也が途惑うにのも無理はない。なぜなら彼とはもう同棲しているのだから。それに彼は社会人で車持ち。わざわざ待ち合わせて会うことには2つの意味があった。
1つは同棲で慣れてしまって一緒にいるだけで得られる幸福感ってものを取り戻すこと、そしてもう1つは……。
「いいからっ。約束ね! それじゃあ私用意してくるから、先行っててね」
「お、おいっ……」
私はそう言って自分の部屋がある2階へ登っていく。背後から信也の戸惑いと疑問が混じったような声がした。
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何分待つだろ、アイツ……。
今は11時26分。もう既に11時なんて過ぎている。信也は依然として塔の下で立ち尽くしていた。
それじゃあどうして私は信也の前に姿を現せないでこんな所で温かいミルクティーなんて飲んでいるのか。
どこかで見た雑誌に書いてあったのを見たことがある。
『待ち合わせに遅れてきた友人、または恋人。連絡なしで何分待てるか』
ただの友達なら10分、親しい友人なら30分、恋人なら1時間。
愛情確認。
本当に1時間ちゃんと待ってくれたら事情話してゴメンって謝って、ご飯食べに行って、一緒に映画見て、その後は……。
自然と想像して頬が綻ぶのが分かる。私は、信也が待っていてくれると前提に考えを思い浮かべていた。
――あの女が現れるまでは。
彼女は白鳥のように優雅に、そして絶世の美女とも言えるほどの美貌を撒き散らしここへやってきた。当然、その美貌に周りの人々は気付き始める。そしてちょっと悪ぶってます、みたいな雰囲気の男二人が彼女にいきなりのナンパ。何度も断ってたけれど、そいつらはしつこかった。
……助けてあげようかな。あぁいうのは、きつく言わないとしつこいし。
そう思ったとき、もう既に信也は動いていた。颯爽と現れた信也が美女を連れて行く。あまり本人の前では言いたくないが彼は結構な美青年だ。彼氏もちかよ、と男たちも諦めたように去っていく。
……そこまでは良かった。
「……なっ」
なんと、そこから祐次は彼女と楽しそうに談笑しだしたのだった。
文句が言ってやりたい、けれど周りはきっと美男美女のカップルだと思っている。
きっと……今私が行ってもなんだこの子供は、みたいな眼で見られる。そんなの、私のプライドにかけて、嫌だ。
そんなこんなで見ることだけを続けていると、ある特有な、信也の笑みにふと気付いた。
「あ……」
心からの笑み。
私、知ってる。……あれは、特に親しい人にしか見せない本当の笑顔だ。
同棲するようになって祐次の全てを知っているような気がしてた。本当は彼の私生活を新たに知っただけで、全然外の顔なんて知っちゃいなかったのかもしれない。
どうしてか腹が立つのを通り越して悲しくなった。
「私……馬鹿みたい」
胸がきゅっと痛んだ。
「ばか、みたい」
私は賑わう中央街を避けて、閑散とした小道を駆け出していた。
――戻ってきたのは結局自宅。信也と私だけが住む4LDKのマンション。
この広い空間の中で1人は寂しかった。
あの二人の関係なんて知らないけれど、分かりたくもない。
「う……ぇ……」
私はそこで大泣きした。子供のように大声で泣き叫んだ。
いつもならこんな寂しくなったときは素知らぬ顔で信也が後ろから抱きしめてくれていたから平気だった。
けど、お気に入りのクッションに顔を押し付けて、泣いて泣いて……泣き疲れて。
私はいつの間にか混沌の世界に堕ちていってた。
起きた。真っ暗。
部屋の中には誰もいない。もう外は夜になっていて、心の寒さと寂しさでまた胸が苦しくなった。
「し、信也ー?」
一度か細く信也の名前を呼んでみた。返事は帰ってこない。
「信也……しん……ぇっぐ」
また泣きそうになって堪えるよう目を擦り、今何時だろうと考える。
私はポケットに入っていた携帯を開いた。
――37件もの着信がきていた。
「やっぱり、いないか……」
あはは、と小さく自嘲気味に笑った。結局また約束の場所――時計塔の下にやってきてしまっていた。
どうせ私なんてその程度の存在。今頃あの女といいことでもしてるんだろうか。
ひいてきた涙がまた溢れそうになる。目尻が緩んできた。
堪えろ堪えろ堪えろ……堪えれる?
もういい。考えるのも……嫌。
「かえ――」
――その時、首筋に何か温かいものが触れた。
「……っ!?」
「おい、遅かったじゃねぇか」
後ろを振り向くと、一番会いたくて、会いたい人がいた。
信也は手に持つ黒いラベルの張り付いた缶を私の冷え切った手元に差し出した。
「……飲むか? ブラックだけどさ」
「しん……や……」
温かかった。
「ったく何時間待ってると思ってんだコノヤロウ。おかげで寒いわ寒いわ。携帯にも繋がんねーしさぁ」
ほらみろ、と信也は自分の冷え切った手を私の頬に当てる。
冷たい。待っててくれたんだ……。
「信也っ!!」
「っ! ……ったく」
私が信也の胸に飛びつき涙を流すと彼は困ったように頬をかきながら微笑んだ。
結局私たちはほとんど無言で自宅へ帰った。無言――というより私が何も喋らなかったからだろう。信也は時折私に喋りかけてくれていたから。
「どうして……待ってたのよっ」
「はぁ? 待ってろっつったのお前じゃん。ってかどんだけ化粧の時間なげぇーんだよ、お前」
呆れたように頭を撫ぜられる。
待っててくれて、嬉しかった。けれど素直になれない私はリビングについた途端にこんなことを問いただしてしまう。それにまるで当然だとでも言う様に信也は返事した。
「だ……ってっ、女の人と楽しそうに……」
もしかしたら、あの女の人はただの知り合いだったのかもしれない。ただ、嫉妬に狂った私の眼には楽しそうに見えただけで。
けれど、その思いは一瞬にして打ち砕かれた。
「はぁ、女? ……待ってる間に女としゃべった覚えなんてねぇぞ?」
嘘を、つかれた。
ふつふつと嫌な気持ちが湧きあがってくる。
「しらばっくれないで!!! 私、見てたんだからっ」
――私、今とっても醜い顔をしてる。
「さぞ美女横に従えて心地よかったでしょうね!」
――見ないで、こんなの私じゃないの。
「どうせ私なんか子供よっ、大人となんか釣り合うはずないのよ!」
――心に秘めていた一つの邪悪な感情。
「アンタなんかとはもうっっっ」
――止めて止めて止めて止めて止めて。もう…喋らないでっ。
私は必死に早口でまくしたてた。
「……あー、もしかしてあれか」
しばらく黙って悲痛な私の叫びを聞いていた信也はぽつりと言葉をこぼした。
――っ!! ……やっぱりっっっ!!
どこかで認めてしまっていた私がいた。二人はお似合いだって。しょうがないんだって。
ぼろぼろと涙が滝のように流れてきた。
「お前、さ……俺がそんな男に見えたの?」
「きゃっ……!」
怒ったような信也の声が聞こえて、そのまま正面から私は彼に抱きあげられた。
「何すっ」
信也は私を無言でリビングから連れて行き、寝室へ言って私を乱暴にベッドの上に投げ捨てた。
「きゃぁっ! ちょ、ちょっとぉ!」
そのまま、上から跨れて服を剥ぎ取られていく。
「んっ……」
抵抗して何かいおうにも口を口で塞がれて何も話せない。むしろ頭がぼぅっとして気持ちよくなってきた。
「俺がお前以外の女に気を許したことが今までに一度でもあったか?」
「んぁ……」
口を離して、信也が全身を愛撫してくれる。
そんなことない、今まで私だけを見てくれていた。
「女だったら誰でも見境なくこうやってしてるとでも思っているのか?」
「ん……そんなこと」
そんなことない。信也はそんな軽薄な男じゃない
「俺がお前以外好きになるとでも思ってるの?」
そんなこと。
「そんなことないっ!」
「だろ?」
「あ……」
信也が私に優しく微笑んだ。
そうだ、何も心配する必要なんてなかったんだ。元々信也はどうでもいい女のわがままに付きあってるような気のいい人でもなかったのだ。
「自惚れても……いいのかな? 私」
「……ごめんなさい」
「へぇ、美也子が謝った姿なんて久しぶりに見た」
行為の後、私はしおらしく謝っていた。すると信也は驚いたように声を上げる。
「何よ! 私が、私が、こうやって謝ったあげてるって言うのにっ」
私はぺちっ、と軽く信也の胸を叩いた。大げさに信也が「いてっ」と反応する。
今なら、分かる。私を元気にさせようとこんな憎まれ口きいてくれてるんだって。
「……ま、いいけどさ。今度からんな勘違いすんなよ。あいつとそういう関係って思われるだけで気持ち悪いからさぁ」
「……? 結局誰だったの? あの人……」
言ってからまたチクリと胸が痛んだ。すると信也が破顔しながら答える。
「春樹だよ春樹! 思い出しただけで笑えるな、あれはっ」
「……は? 春樹……センパイ?」
春樹センパイとは私の親友である由真の義理のお兄ちゃんで、2人は恋人同士。確かに綺麗で線の細い人だ。化粧したらああなるのも頷けるかもしれない。
「そうそう、なんか由真ちゃんとばば抜きして勝ったら相手をどんな姿にしてもいいって約束らしくってさぁ。負けたんだと」
「あー……」
春樹センパイは自分の意思ちゃんと持ってる人だけど、由真との場合は別だった。センパイは由真を溺愛している。大方その姿でデートしたい、とでも頼まれたんだろう。
「それじゃああの後由真も来たんだ?」
「あぁ、そうそうそれで思いっきり見せ付けられたな……」
考えられることは皆一緒、だということだろう。まぁきっとあの二人の場合はまた違うことを思ってだろうけれど。
「あの……ごめ」
「もういいって、全部ひっくるめてさっきのごめんなさい、だろ? 何度も言ったら逆効果」
「それじゃあ……ありがと!」
私だけを見つめていてくれていてありがとう。
そういえば……待ち合わせしてからもう8時間くらいたってるけど、結局これだけ待ってくれたってことは……信也は私のことを恋人、ううん、もっと想ってくれてたんだよね。
「あぁ、それと映画、来週でいいよな?」
そう言って信也は私に照れたように笑いかける。
……本当に、ありがとう。
私はもう一度、感謝の言葉を呟いた。