第6話「地区予選、シマ拡大」
地区予選初戦の朝。
北野高校女子サッカー部の面々は、緊張と期待をないまぜにした顔で体育館前に集合していた。
竜司は全員の顔をゆっくり見回すと、いつもの低い声で言った。
「今日の仕事は一つだ――敵の心を序盤で折る」
梨花が腕を組み、ニヤリと笑う。
「つまり、カチコミですね」
「そうだ。最初の十分で奴らのエースの牙を抜く。そうすりゃ残りは雑魚だ」
舞が苦笑しながらも、他の部員に説明する。
「序盤から前線プレスで圧力かけて、主導権握れってことね」
試合会場に到着すると、相手校・南ヶ丘女子はウォームアップから声が大きく、雰囲気で押してくるタイプだった。
だが竜司はベンチから不敵に笑う。
「吠える犬ほど噛まねぇ。先に牙を突き立てろ」
試合開始の笛。
北野高校は竜司の指示通り、序盤から前線プレスを仕掛けた。
梨花は相手のエースに体をぶつけ、わずかにバランスを崩させる。そこへ舞がパスコースを読んでボールを奪う。
「紗季、行け!」
ワンタッチで縦パスが通り、紗季が一気にゴール前へ――右足を振り抜き、ネットを揺らした。
開始5分、1-0。
相手ベンチがざわめく。エースは苛立ちを隠せず、動きが硬くなっていく。
竜司は腕を組み、口角を上げる。
「牙、折れたな」
その後も北野は勢いを止めなかった。
右サイドに膨らんだ舞が突破して低いクロス。梨花がDFを背負いながらもシュートを放ち、ゴール左隅へ突き刺す――2-0。
会場がどよめき、ベンチの部員たちは総立ちで喜んだ。
後半、南ヶ丘はパワープレーで反撃してきたが、北野の守備陣は体を張って耐える。
舞が中盤でパスを散らし、時間を巧みに使う。竜司はベンチから声を飛ばす。
「シマを守れ! 時間はウチの味方だ!」
残り時間わずか。南ヶ丘が一矢報いることなく試合終了の笛が鳴った。
スコアは2-0。北野高校、地区予選初戦突破。
試合後、地元ケーブルテレビが勝利インタビューを求めてきた。
まずマイクを向けられたのは梨花だ。
「今日の試合について一言言いですか?」
梨花はニカッと笑って言い放った。
「カチコミ成功だ! 次の奴らも首洗って待っとけ!」
会場が一瞬静まり、すぐに笑いとざわめきが広がる。
レポーターは戸惑い気味に笑いながら、次に紗季へ質問した。
「えー……次の試合への意気込みを」
「えっと……次も、全員で戦って勝ちます」
無難な答えに場が少し和むが、竜司は後ろでタバコを指先で弄びながらニヤリと笑っていた。
学校に戻るバスの中、美咲が梨花に言う。
「もうちょっと言葉選んだほうが……」
「いいじゃん、ウチららしくて」梨花は窓の外を見ながら肩をすくめる。
竜司は前の席から声をかけた。
「いいか、勝ったら何を言っても正義だ。ただし、負けたら全部笑い者だ。忘れんな」
その言葉に、部員たちは自然と背筋を伸ばした。
北野高校女子サッカー部は、一歩ずつだが確実に“シマ”を広げていく。