第5話「頭脳派ボランチの翻訳」
東峰学院戦から数日後の放課後。
北野高校グラウンドでは、いつもよりピッチの空気が軽かった。初勝利の余韻がまだ残っているのだ。
「全員集合だ」
竜司がゆっくり歩きながら、スパイクで地面をコツコツ鳴らす。
「今日は“前からカチ込み”だ。相手がビビって後ろに下げた瞬間、首根っこを取れ」
部員たちは顔を見合わせる。
「……え、カチ込みってどこから?」美咲が小声で舞に聞く。
舞は溜息をついて、メモ帳を開く。
「つまり“前線からのプレッシング”だと思う。ボールを下げさせてから、二列目が一気に奪いに行くパターン」
竜司はさらに続ける。
「んで、ボール取ったら“ケツからズドン”だ」
「ケツから……?」美咲がまた眉をひそめる。
舞は即座に翻訳する。
「多分、“奪ったら背後のスペースにロングパスを通せ”って意味」
「あーなるほど……」
こうして竜司の“極道戦術”は、舞の通訳を経てチームに理解されるようになっていった。
練習が始まると、舞はピッチ中央で指示を飛ばす。
「今のが“首根っこ”のタイミング! はい、次は“ズドン”!」
竜司がサングラス越しに笑う。
「お前、通訳やるじゃねぇか」
「戦術って言葉にするとみんな動きやすいんです。監督の言い方、感覚的すぎるから」
「感覚でやれりゃ、それが一番早ぇんだがな」竜司は肩をすくめた。
練習の合間、紗季が舞に声をかける。
「舞、あんた監督のこと結構わかってきたんじゃない?」
「まぁ……最初はただの勢い任せの人だと思ってたけど、違うね。あれ、理屈があるよ」
紗季は少し真剣な顔になる。
「やっぱり……ただの素人じゃないんだ」
その言葉に、舞は小さく頷いた。
夕暮れ、練習後の片付け。舞は竜司に歩み寄る。
「監督、“前からカチ込み”って、世間的には“ハイプレス”って言うんですよ」
「へぇ」
「あと“ケツからズドン”は、“カウンターアタック”」
「ほう……呼び方はなんでもいい。勝ちゃあ正義だ」
竜司はそう言って、ペットボトルの水をあおった。
そのとき、美咲と新入部員の一年生の心愛が笑いながら近づいてきた。
「監督、次はなんて名前の作戦やるんですか?」
「そうだな……“仁義なき二枚刃”だ」
「……舞、翻訳お願い」
「……多分、“両サイドからのクロス攻撃”だと思う」
部員たちの笑い声が、夕焼けのグラウンドに響いた。
竜司の戦術は奇妙で、言葉は時代錯誤だ。
だが舞という“翻訳者”がいる事で、北野高校女子サッカー部の理解度は一気に上がった。
この日から、練習メニューのホワイトボードには二種類の表記が並ぶようになった。
一つは竜司の言葉――「カチ込み」「ズドン」「二枚刃」。
もう一つは舞による現代サッカー用語――「ハイプレス」「カウンター」「両サイドアタック」。
チームは少しずつ、“親分の感覚”と“現代戦術”を融合させていく。