表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/44

第1話「カチコミ練習、始動」

その日、久留米市北野町の田園道を、一台の軽トラが埃を巻き上げて走っていた。

 ハンドルを握るのは九条竜司、三十五歳。元ヤクザ。組が解散して三か月、都会の喧騒から離れ、実家の農業を継いでいた。


 平穏な日々……のはずだった。


「竜司、ちょっと北野高校行ってくれん?」

 夕食後、母の和枝が唐突に言った。

「女子サッカー部の監督が急に倒れてねぇ。代わり探しとるんやけど、アンタ暇やろ?」

「俺、サッカー知らんぞ」

「大丈夫大丈夫、子どもらの面倒見るだけやけん」


 翌日。

 竜司はなぜかスーツ姿で北野高校のグラウンドに立っていた。

 目の前にはジャージ姿の女子が10人。足りない。全員が彼を見てひそひそ声を漏らす。


「え……スーツの人じゃん」「なんか怖くない?」

「監督って言われて来たけど、あの人マジで監督?」


 竜司は手をパンと打ち鳴らした。

「おう、まず自己紹介だ。九条竜司。今日からお前らの監督やる。サッカーの細かいルールは知らん」

 一同、凍りつく。

「でもな――勝負の世界ってのは、どこも同じだ。大事なのは“シマ”だ」


「……シマ?」と、前列のショートカットの少女が眉をひそめる。

天野紗季。中学時代に県選抜まで行った天才ストライカーだ。


「そうだ。お前らのシマはこのフィールドだ。敵が踏み込んできたら――カチコミだ!」

「か、かちこみ……?」

「簡単に言うと、全員で突っかかってボールを取り返すってことだ。やられっぱなしじゃシマを奪われる」


 紗季は呆れた表情でため息をついた。

「……監督、それってただのハイプレスじゃない?」

「はいぷれす? まあ呼び方はどうでもいい」


 竜司はグラウンド中央に立つと、両手で陣形を指し示した。

「まず敵の動きを読め。近くに来たら一斉に囲む。息合わせろ。迷ったら声かけろ。“裏切り”は許さん」


 試しに五対五のミニゲームを始める。

 開始早々、竜司の「カチコミ行け!」の声で三人がボールホルダーに殺到。相手は慌ててパスミス。即シュート。ゴールネットが揺れる。


 再開しても同じだ。敵陣でボールを奪い、ゴールへ直行。

 普段は押し込まれっぱなしの部員たちが、今日はなぜか主導権を握っていた。


 笛が鳴り、試合終了。息を切らせながらも部員たちは興奮気味に顔を見合わせる。

「なんか……今日、めっちゃボール取れた」

「これ、意外といけるんじゃ……」


 紗季も内心驚いていた。単純で荒っぽい指示なのに、相手の心を折る速攻戦術になっている。

 だが彼女は口を閉ざし、タオルで汗をぬぐった。


 竜司は全員を集め、ニヤリと笑った。

「よし。今日からお前らはオレの“組”だ。フィールドはお前らのシマだ。裏切りは――許さねぇ」


 部員全員が唖然。

 その日から、北野高校女子サッカー部は“極道監督”のもとで走り出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ