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月狼伯爵は赤毛の羊を逃さない  作者: 小湊世月
第3章 蜜月編

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0.伯爵夫人は逃げ出したい

「まったく……新婚の妻をほったらかして、どこに行っちゃったのかしらねぇ? あの人は……」


 私の膝の上でぴくりと金色のもふもふした耳が跳ねる。私が愚痴っている間に彼――男の子なのか女の子なのか頑なにお腹側を見せてくれないから、いまだにどちらかわからないけれど――は眠ってしまったようで。

 ふわふわした金色の被毛に覆われた背中は、ゆっくりと呼吸に合わせて上下している。毛並みに沿って背中を撫でれば、夜闇の中にきらきらとプリズムのような金色の魔力光が舞った。寒い早朝の朝陽に光るダイヤモンドダストみたいで、すごく綺麗だ。


 膝が痺れてきたからそろそろ退いてほしいのだけど、撫でるのをやめるとお腹にぐりぐりと頭を擦りつけてくるし、膝から退かそうとすると白い靴下を履いたみたいな真っ白な足先の爪を立てて膝にしがみ付かれるので困っている。主人に似て、愛が重いみたい。金色の毛並みも、あの人の髪色に似た色素の薄い白金色だ。


「ねぇ、知ってる? 金月の神様は大きな金色の狼の姿と、金髪の美男子の二つの姿を持っているんですって。妻が好きすぎて誰にも触れられないように閉じ込めちゃう金髪の美男子……ふふっ、見た目だけは誰かさんみたいね」


 金月の神様は誰かさんみたいに長く妻をひとりぼっちにしたりはしないでしょうし、私も別に閉じ込められているわけではないけれど。

 領主館の使用人たちは優しくて親切だし、私の膝上を占領してる靴下ちゃんもたまにふらりと遊びに来てくれるから寂しくはない。

 若くして伯爵となった彼が忙しいのは知っている。国王様の命令で、私には言えないような危ない仕事をしているのも知っている。わかってはいたけれど……。


 会いたい気持ちを紛らわせるように、素晴らしい毛並みをもふもふ撫で回していると、ふと、妙なことに気付いてしまった。


 あの人が側にいる時に、靴下ちゃんに会ったことが無いなぁということに……。


 足先と尻尾の先が白いけれど、見事な金色の美しい毛並み。この仔が来るときはいつも夜だからわかりにくいけれど、瞳の色は金色がかった緑だったはず。そう、あの人と同じ……。


 ――金月の神様は大きな金色の狼の姿と……まさか、まさか、ねぇ?


「ねぇ、貴方の名前……本当は靴下ちゃんじゃないのよね?」


 私がそう呼んだ時、あの人はすごく動揺して困った顔をしてた。いつもは隙なんて見せない完璧な王子様が珍しく素顔を見せてくれたから、よく覚えている。本当は違うのに、私が可愛い名前をつけちゃったから?


 ――その狼のことはよく知っている。

 ――君にあげるよ。あいつも君のことを気に入ってるから。


 私にそう言ったこと、貴方は忘れてしまったのかしら? それとも、私が気づくはずが無いってたかを括っていたのかしら?

 私、嬉しかったのよ? 動物たちはみんな私の火の魔力を恐れて近寄ってこないのに、靴下ちゃんは私を怖がらずにたくさん撫でさせてくれるから。それがまさか……。


「貴方のお名前……もしかして、アーサー……なの?」


 私の問いかけに、彼は何も答えない。私はほっと息を吐いて、彼のふわふわの耳に口づけた。

 そんなわけないよね? と、続けたかった。狼の身体が金色の光に包まれて姿形を変えたりしなければ、そう言えたでしょう。


「嘘、でしょ?」


 変身の魔法を解くのは、愛するお姫様からのキスと遠い昔から決まっている。更に、真名を呼んで正体を看破するのも付け加えれば、変身魔法は解けてしまう。

 魔法を解いてしまったお姫様はその後どうなったのかしら?


 眩い光が消えた後、『仕事でしばらく帰れない』と言っていたはずの夫が、私の膝に頭を乗せて眠っていた。


「あわ、わわわ私……ど、どうしよう?」


 まさか、靴下ちゃんがアーサーだったなんて!

 いくら意思疎通ができるとはいえ、狼に難しいことを言ってもわからないだろうと思って、夫婦間の結構赤裸々な愚痴を語ってしまったし、狼とはいえ男の子? をベッドに上げるのはダメかしら? と思って、どっちか調べようとしたりしちゃったんだけど!!

 ――まぁ、雄か雌か調べようと、ひっくり返そうとしても絨毯に爪を立てて絶対にお腹側を見せてくれなかったし、しつこくすると牙を剥いて威嚇されるから、結局わからなかったのだけど……。


 妻に男か疑われるなんて、そりゃあ、嫌がるよね……。彼が男だってことは、私が多分この世で一番……知ってる。私に触れる手の大きさも、抱きついて背中に回した手が届かないことも、本当に文官を目指す法学生なんですか? ってぐらい良い体格してるのも知ってる。

 彼が身体能力に優れる狼獣人だと思えば色々と腑に落ちることがある。ああ、だからあんな無限の体力を……とそこまで考えて、今思い出す必要の無い濃厚な蜜月が頭を過ぎって、私は慌てて口を押さえたけれど漏れ出る声まで抑えることはできなかった。


「ああああ……い…………いや……」


 だめ。無理。顔が爆発しそう!!!

 私、これからどんな顔してアーサーと顔を合わせればいいのよ!!

 とんでもない痴女だと思われてない!? いやあああーーー無理ーーー!!!


 彼の頭の下にシュッと枕を差し込んで、風邪をひかないように布団をかけると、私は静かにベッドから降りた。

 とりあえず、冷たい水でも飲んで落ち着こう。何かの見間違いかもしれないし、厨房に行って戻ってきたら靴下ちゃんが寝てるかもしれないし。私の頭にはそれしかなかった。


 だから、その時彼が起きていたことなんて気づかなかったし、とんでもない誤解をされたことなど、知る由もなかった。




 ――魔法を解いてしまったお姫様はその後どうなったの? 真実を知っても愛を貫いた? それとも……。

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