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月狼伯爵は赤毛の羊を逃さない  作者: 小湊セツ
第2章 アーサー編
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7.5 月に乞う獣

 セシル家の祖神、金月と森の神セシェルは、美しい人間の男の姿と金色の巨大な狼の、二つの姿を持つ神である。

 動植物を育み守護する穏やかな神だったが、森の恵みを狙う人間たちを追い払ううちに、魔獣と忌み嫌われ恐れられるようになった。そんな彼の元に、ある満月の夜、女神が舞い降りる。

 銀月と狩猟の女神ルーネ――銀の弓を持った黒翼の女神だ。


 月神(セシェル)は狩人の守護者でもある月女神(ルーネ)を嫌い、森から追い出そうとした。しかし、月女神が銀色に輝く狼へと姿を変える場面を目撃してしまい、その美しさに心を奪われてしまう。

 自分と同じ、月を司り、狼の姿を併せ持つ女神……月神は一目で恋に落ちた。


 森の動物たちは月神を崇拝し慕ってくれる。森の植物たちは月神を愛しその身を糧として捧げてくれる。だが、彼らは月神と同じように考えることも、言葉を返すこともない。ただ、月神の言葉を繰り返し、彼に従うだけ。満ち足りた森の中で、月神の孤独を理解するものはなかった。


 ――だが、もし彼女を側に留め置くことができたなら。もう孤独に苦しむことはない。同じ狼ならば、私を理解し受け入れてくれるはず。


 人恋しさから始まった淡い恋は、すぐに熱く激しく燃え上がった。その炎は孤独に膿んだ森神の良心を焼き尽くし、後に残ったのは月に狂った魔獣だけ。


 ――何としてでも彼女を手に入れたい。


 欲しいものは力づくで手に入れる。強いものが勝つのが獣の理。

 愛という名の妄執に身を焦がした月神は、愛しい月女神を捕えるために手段を選ばなかった。





 セシルは昔、セシェルと表記したそうだ。

 セシル家の男が妻となる女性に病的に執着しがちなのは、祖神の影響と言える。愛された方にしてみれば、迷惑以外の何ものでもないだろうが……。




 ◇◇◇




「あの子に会いに行くのなら、これを持って行きなさい。お話は聞いてくれるでしょう」


 そう言って母が差し出してきたのは、一通の手紙だった。拙い字で書かれた宛名は末の弟の名。裏返して差出人を確認して、母の言わんとする意味を察した。


 C.〝リーネ〟


 リーネは古くはルーネと表記する。月女神の一族の名だ。


「思い人からの手紙ですか」

「ええ……」


 二年前、この森に月女神の一族の娘が訪れた。末の弟は彼女をいたく気に入り、片時も離そうとしなかったという。

 彼女のために森中の花という花を咲かせたり、彼女の好物の果物を山のように積み上げたり、散々無茶な魔力の使い方をしたようだが、周囲は誰も止めることなく、幼い二人の恋を微笑ましく見守っていた。


 月神の一族セシル家と月女神の一族リーネ家が結びつくことは、我がセシル家の悲願だ。このまま仲睦まじく二人が(つがい)になってくれたらと、誰もが思っていた矢先、父親が娘を引き取りに来てしまった。


 思えば、彼女との出逢いの時からもう弟はセシル家の病を発症していたのかもしれない。

 恋と呼ぶには強すぎる執着の果てに、彼女を奪われると恐慌に陥った弟は、あろうことか彼女の父親を生き埋めにして、彼女を奪い返そうとした。


 しかし、その企みは潰える。

 彼女が弟を拒絶し、森から去ってしまったからだ。


 彼女の父親に重傷を負わせ、彼女を深く悲しませたことで月神の怒りを買い、森の暴君は月神の加護を失った。今はただ、枯れゆく森の中で、月に一度届く彼女からの手紙を心待ちにしている哀れな王様だ。


「絶対に封を開けてはいけませんよ!」


 と母に念を押されたが、元より手紙の内容に興味は無いし、弟の恋路の邪魔をするつもりは無い。


「俺の月女神はもう決まっていますから」


 そう答えると、母は「そうでしたね」と、どこか寂しげに笑った。

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