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二 悪いのは夢か僕か

 彼らの名前はミロと、ハッパと……オニク。そうオニクだ。おぉ、なんと懐かしい響き。オニクはこの序盤にしか登場しないキャラだった。にも関わらずこのオニクは幼い頃の僕に強烈な印象を残していた。

 やんちゃなオニクを先頭に大人しいハッパ、子どもっぽいミロと大きい背の順に列になって進んで行く。

 ミロはオニクの弟で、ボロを着ているハッパはオニクの友達だった。ゲームでプレイヤーが動かすのはオニクだった。

 目的の洞窟は村のすぐ近くで、大きなカマクラのように人工的に積まれた岩石でできていた。僕はコンクリートのトンネルしか通ったことがないから不安になったが、そもそもここはゲームであり、それ以前に夢なのだと思い出す。それくらいに僕の明晰夢はリアルだった。岩一つにしても細かな凹凸があったり苔がついていたりするし、洞窟に入ると肌に感じる湿気や温度も違った。

 洞窟に入るまでは三人から距離を取って後をつけていたが、洞窟に入ると見失わなず、見つからぬ距離感を保っていた。洞窟は天井が所々無いので暗くはない。暗い箇所は何故か予め壁に松明が刺してあった。これは魔物がこしらえたのだろうか。

 最初のダンジョンということで、戦闘に不慣れなのはプレイヤーだけではなく、彼らも同様で傍から見ていても拙さが見て取れる。子どもが野犬と戦うようだった。

 ゲームでは敵とプレイヤーはターン制で攻撃を順次行っていたが、実際の戦闘を見ている限りそんな余裕はなく揉みくちゃで、互いの剣がぶつかりそうな危うさもあった。

 洞窟内にうろつく雑魚敵は滅多に攻撃してこないようだった。周囲の敵を倒して、経験値を貯めレベルアップし奥にいるボスを倒す手筈なのだが敵たちの、まぁなんとかわいらしいことか。

 ミロがスカした攻撃にオニクが「下手くそ」とすかさず助太刀の一手を敵にくわえている。

 ゲームでは見られない彼らの行動がいちいち真新しくて、見ているのが楽しかった。

 夢とはいえ素晴らしい追体験だ。こんな体験をするとは思ってもみなかった。

 最初の場所がたまたま崖の上にできたこじんまりとした町だったから、似たような町のシチュエーションから連想したのかもしれない。

 そういえば最近アニメを見た。流行りのアニメはファンタジー世界に転生してチートで幾多の敵を屠るというものだったから、その影響もあるんだと思う。

 こうなってくると、いつ目覚めるとも知れぬ夢の中で、僕は彼らに対して悪戯を仕掛けたくなった。

 だってこれは現実ではなくて、ゲームでもない。夢なんだから。

 自由度の高いオープンワールドのゲームで通行人を殴りたくなるように、僕もこの夢の『ゲーム』がどこまで自分のやることについてこれるのか試したくなったのだ。

 流石に殺そうとまでは思わないけど、迷惑をかける訳じゃないんだから、きっと誰だって同じ行動にでるだろう。

 まず僕の思いついた嫌がらせは主に三つ。

 その一、先回りして全宝箱を彼らよりと先に奪取する。

 そのニ、彼らに一切の経験値を与えない。

 その三、セーブ行為である女神像の破壊を先に行う。(女神像はボスの手前にあり破壊されると、別地点の女神像を破壊するまで復活しないので、壊れるともうセーブは出来なくなる)

 そして、彼らをボス部屋に追い詰め、最悪な状況下で避けられないバッドエンドへ。

 彼らはどんな風に困るんだろう。我ながらなんて嫌らしいんだろう。

 僕って残酷で悪い性格だろうか。それともサイコパス?

 岩場の陰でスーハー深呼吸して、少し高くなったテンションを落ち着ける。僕のスーハーの間にも、すぐ近くで剣が地面にぶつかる音やオニクの「痛ぇ、こいつひっかくのかよ」という声が聞こえてくる。

 僕は隠れながら邪魔をしようと、後ろから彼らの背に小石を投げてみた。でもうまく当たらなかったり、気付かなかったりで全然面白くなかった。むしろ自分が仲間に入れて欲しくていじけてるみたいだ。本当は彼らと一緒に戦いたいとか? だけど、それが叶わないから構ってちゃんをしているとか?

 突然、右のケルベロスが「うぅぅ」と低く唸った。彼らが自ら意思らしきものを表したのは初めてだった。どうやら飾りではなく別の頭をもってちゃんと生きていたようだ。なんだ、僕の卑劣さに苦言を呈すつもりか。

 ところが意外なことに右のケルベロスは慰めるように僕の顔をペロペロ舐め出した。なんだろう、慰めているんだろうか?

 まさか『オレたちがいるじゃないか』とでも?

 まぁ、確かに僕らは文字通り一心同体だった。

 うんうん、僕には君たちがいるから寂しいなんて思う必要ないもんね。

 ケルベロスって一人なのに一人じゃないなんて、なんと素敵で心強いのだろう。間に挟まれた僕は二足モードになり彼らの頭を抱き寄せてムギュぅッとしてみた。

 右のケルベロスはまだ僕を慰めようとペロペロしている。

 横の顔からは逃げようがないので、されるがまま舐められ続けていたけど、そのペロペロがめちゃ臭で、めちゃ草だった。何これ、ザリガニの水槽みたい。

 右のケルベロス……。彼に名前を付けるとしたら何だろう。

 名付けはあまり得意ではない。

 右だから……う、右脳?

 右脳に左脳か、分かりやすいけど、なんだか微妙だな。

 まぁ、どうせ一度きりなんだから名前なんて何でもいいか。

 ケルベロス、ケルベロス、……子ケルベロスにコペルニクス。

 そうだ、コペル! 右がコペルで左をニクスとしよう!

 なんて良い名前。『コペル』って響きが可愛らしくて、慰めようとペロペロ舐めてくる性格にもマッチしている。『ニクス』の方は、そんな可愛いコペルとは対照的で、無反応な感じがシニカルでちょいと憎すな辺りがそれっぽい。え、夢なのが惜しいくらい、僕にしては珍しいナイスなアイディアなんだけど。どうしたっての。三人寄れば文殊の知恵ってか。

 あぁ、そうか。さっきの早口言葉。ケルベロス、子ケルベロス、コペルニクスときて、あと一つはコッペパンでも何でもなかった。あと一つは他でもない『僕』自身だったんだ。だってコペル、僕、ニクスの三人で子ケルベロスなんだから。え、何の話?

 そうこうしている内に、彼らは四匹目の敵と戦っていた。

 いかん、これ以上経験値を与えてなるものか。

 だけど、そこでふと思った。

 そもそも僕のこの夢は経験値のシステムまで再現しているのだろうか。

 セーブ像を破壊するにしても、そんなことをして彼らは困るんだろうか。セーブシステムは彼らに働いているのか? 彼らはここで生き絶え、また復活するのか? セーブ出来なくて悔しがる彼らを僕が目にすることもなさそうに思う。彼らにしてみれば、セーブだとかの概念もないだろう。

 それにそろそろレベルが上がってもおかしくないのだが、レベルアップの効果音もなければ、彼らからそれらしい言動もないのだ。

 ……こんな邪魔に意味はあるんだろうか。

 そう思うと、急に萎えてバカらしくなった。自分の両手でジャンケンをしているような虚しさがある。

 彼らが困るとすれば……残りの一つはどうだろう。

 宝箱の先取り。

 これは、システムというより、ストーリー進行の上で要になってくる。なぜなら宝箱の装備がないとボスを倒せないから。

 僕は残りの一つの邪魔立てを実行に移すため、速やかに彼らの先回りをした。

 ようやく歩き出した僕にコペルニクス達は散歩が再開された犬よろしく、口を開けてハァハァと意気込み大喜びしている。

 そうか、君たちも見たいのか。彼らが苦しむ様を。いやぁ、流石一心同体。お主もサイコよのう。

 このダンジョンでオニクたちがどんどん戦闘を重ね、例え実戦的にレベルアップしたとしても、いや、むしろ宝箱を先取りすれば、強くなればなるほど、彼らの絶望は大きくなる。

 思う存分、心ゆくまで戦闘に慣れればいい。

 これまでたまに見る悪夢が怖かったけど、捕食者の楽しさを味わうことで、安全に夢の中を過ごせる経験を感覚として覚えることができる。楽しんでいる限り、悪夢への恐れや不安からも遠のくだろう。

 僕はコペルニクス達と共にオニク達を回り込んで洞窟の奥へと四つ足で走った。

 ゲームと違って俯瞰で見る上からの視点ではない分、迷路のように感じる。

 途中、何匹かのモンスターがいたが、彼らに敵対性はなく、やはり無防備だった。囁くように群れで戯れているのはツッパリネズミのチュータロ、逆さ吊りのまま羽に包まれ、眠りながらも野球のバットを大切そうに抱えているババット、三つ目スライムはその場から動かず、時折プルンと揺れていだけだ。平和だ。これがこの洞窟内の日常なのだろう。

 奥地に進むとセーブ像と宝箱があった。

 壊されて彼らが困るのかは知らないが、当初の予定通りセーブ像を破壊する。岩から削られて一体化している像は、僕が顔を横にしながらガシガシと噛んでみると、顎の力が強いからか砂糖菓子のように脆かった。

 宝箱の中からは額当てとネックレスが出てきた。濁り水晶のネックレスだ。額当ては確かオニク用の防具で、オニクはアクセサリーの項目の代わりに頭の防具を付けられる。

 さて、キーとなる物は手に入れた。ここからはパーティが全滅する成り行きを眺めてみよう。

 オニクたちの声が届いてきたので、岩陰から覗くと、すぐそこまで来ていた。彼らは雑魚敵と向かい合っているところだった。背が小さくて水色の長髪が地面まで付いている変てこな魔物。

 その魔物はオニクたちに戦う意思がないことをように距離をとって、背後の盛り上がった岩壁に登って静かに見下ろしていた。

 正面から見ても思い出せない魔物だった。印象的ではないが、出ていたのかもしれない。

 キラキラしたスパンコールのドレスを着て、裾からとんがった根菜のような足が出ている。口はカジキマグロに似て前に突き出ていた。

「こいつはどうする?」

「別に攻撃してこないからほっとこうよ。ちっこくてかわいいし」

「どこがかわいいんだよ」

 オニクの意見に同感だと思った時、その魔物がこっちを見たので、さっと隠れる。

「じゃ、敵意がない奴は無理に攻撃しないようにしよっか」

 ミロがそんな取り決めをしていて、ちょっと面白いと思った。オニクたちはさっきの敵をやり過ごし、こちらに向かって来る。

 早くボス戦辺りまで行って身を潜める場所を探さないと。

 洞窟内のマップなんか覚えてないから、適当に奥に進んでみると、天井が部分的に吹き抜けになった少し開けた箇所に出た。おそらくここがボス戦の場所だ。

 オニクたちもちょうど別のルートから出てきたので急いで岩陰に隠れる。見つからないようにするのがギリギリの距離感だった。

「おい、あそこ見ろ!」

 オニクの差した方向には天井の岩間から射し込む光を神々しく反射する刀身があった。

 砂が少し盛られて山になっている所に、墓地にある卒塔婆のように結雪の剣が突きさっている。

 その名の通り、拡大した雪の結晶を半分に割ったギザギザの形の鍔飾りは、遠目にも分かるほど大きくて、扱いの邪魔になりそうだった。

「すげぇな、これ」

 早速ガキ大将であるオニクが結雪の剣に近づく。

「魔物たちは光り物を集める習性があるのかも」

 ミロの言うように地面には結雪の剣を囲うように水晶玉らしき物や兜、貴金属の類が落ちている。

 オニクがおもむろに剣の柄を握った。歯を食いしばり、大股を開いて引き抜こうと力を込めるも、

「ぐぬぬ、抜げねぇぇ」

 剣はびくともしなかった。

 大地に刺さった剣というのは大概がそう簡単には抜けないものだ。そこで三人は力を合わせて抜こうとする。ゲームと同じ流れだった。

「結晶の先に気をつけろよ」

 お、こんな台詞はゲームにあったろうか。

 あったのかもしれない。というか、記憶そのものが朧げなんだから、夢の中で見聞きしている今が逐一ゲーム通りな訳ではないはずだ。

「せぇのっ!」

 この台詞は覚えている。剣は地中から一度、小さく動くと、そこからはズルズルと一気にその刀身を現した。

 力を合わせ剣を抜くと、オニクは一人で勇者よろしく剣を頭上にかざした。

「おぉー。かっこいい、パチパチ」

 確かここの台詞の表示をよんで、パチパチって口で言ってんのかなと疑問に思った気がする。

 二人はパチパチと言いながらちゃんと拍手していた。それに引き換えオニクときたら三人で抜いたにも関わらず、我が物顔で誇らしそうに掲げた刀身を眺めては、達人になりきったかのように剣を振ったりしている。まぁ、ここへ来ようと言ったのは彼なんだから、剣を手にして気分良く掲げるくらいの権利はあるか。でも彼だって二人がいなければここには来なかったのだ。当時の僕はこの場面を見て果たしてどう感じたのだろう。オニクに感情移入して子分のような友人達にパチパチされ、一緒に気持ちよくなっていたのだろうか。僕はあまり好きになれないタイプだ。

「よしっ、これにて任務完了っ! 他のお宝も持てるだけ持って、さっさとずらかろうぜ」

 調子を良くしたオニクとは裏腹に、二人の反応は鈍かった。

「どうしたんだ?」とオニクは二人に尋ねる。

 ハッパは「いや宝以外にガラクタみたいなものも混ざってるなと思って」と返した。

 一方のミロは岩に縁取られた夜空を見上げながら、ぼんやりと呟く。

「こんなに光が差してるのに……月が見えないなー」

 どこまでもマイペースなミロだった。

 あまりにもおっとりとしているせいで、流してしまいそうになるが、この台詞自体はムーンレスナイトのタイトルとも重なるものだ。

「月?」

「うん。月が見えないのに、やけに明るいから。どこにあるのかなと思って」

 僕は彼らの側で静かに感動していた。

 頭の中のゲームの映像と目の前のリアルな光景が重なり、自分があのムンレスの世界に入っていることを実感した。

「そんなのどうでもいいだろ。そろそろ母さん達が心配し始める頃だから早く戻らなきゃ」

 ハッパは振り向きざま、僕に気付いたみたいで座り込んだままこちらを見ていた。

「こんなに宝物が集まってるんなら大きい道具袋も持って来れば良かったね」

 ミロが無垢な明るさで言った。

「持てるだけでいい、また来ればいいんだし」

「うん、ちょっとは残しておこうよ、全部持ってたらかわいそうだから」

「村に帰ったら皆、びっくりするぞぉ」

 オニクはイッシシと歯を覗かせて笑った。ガキ大将でも自分より年下だと子どもっぽいなと思った。ハッパは「怒られないかな」と呟きながら、宝の山から厳選して持ち帰る宝を選別しだした。それらの中には銅鍋の蓋やランプも混じっている。

 三人は呑気にこのまま帰れる気でいるようだけど、そうは問屋が卸さない。

 ここで必ず取っておかなければならないのは貴金属の山ではなく、濁り水晶のネックレスだ。これには石化防止の効果が付与されている。だが残念なことにそのネックレスは既に僕の首にかけられていた。

 これはストーリー上、肝心な要素だった。さてどうなる。ここからどうやって戦う。

 おそらくプレイヤーなら今抜いたばかりのその剣の威力を期待している所だろう。だって月光のスポットライトに当たった伝説の剣ってドット描写でもカッコいいもん。この剣から物語は始まるんだと思わせる流れだ。ボスが現れても、それはその威力を試せる絶好の機会になる訳で、そんな期待に胸を膨らませるプレイヤーを無常に凍てつかせるのがこのゲームであって、それこそがヒットしなかった原因なんじゃないかと思う。そう、ムンレスはシリーズ化しているが、Ⅱだけはクソゲー扱いされているゲームだった。

 僕は発売当時は生まれていないけど、パパを含め、あの頃のプレイヤー達はきっと今のように目の肥えていない。まだまだ純粋で王道の冒険を求めていたはずだ。だから先の読める展開や、お約束ごとを裏切るにはまだ時代が追いついていなかったということになるのかな。

 子どもの当時、どうしてオニクっていうおかしな名前なんだろうと僕は思った。名前のユーモラスさとは裏腹に彼の運命は悲惨だった。この後のボス戦で彼は身体がバラバラとなってその名の通り肉片となってしまう。おまけにハッパは魔物たちによって囚われた挙句、精神を魔改造され、敵として後半に出てくるという鬱な展開まで待っている。

 そんなことなど露知らず目の前のオニクたちは依然としてワイワイと辺りの宝を厳選していた。その時、月明かりの洩れる天井の空洞に影がかかり、灯りを消したように真っ暗になった。もともとこの空間は月光以外の光源がなかった。

「うぁ! 何だよいきなり。ハッパ! ファイア点けて! 早く!」

 直に聞いて思い出したが、この『ファイア点けて』という妙な言い回しはゲームでも言っていたボス前の台詞だ。

「今、襲われたら終わりだぞ」

 続いて、重厚な岩石が、遠雷の低い轟きのような音を立ててて崩れ始めた。

 空中を舞う砂埃の向こうから月光に晒されながら現れたのは目を剥くほど大きな蛇だった。頭の位置は三メートルほどの高さにある。巨大だ。ちょっとゲームの時よりも、でかすぎやしないだろうか。いや主人公の身体も小さく表示されていたからこんなものか。

 ゲームとはまるで迫力が全く違う。現実にこんな化け物がいたなら、この大きさになるまでに一体何回脱皮を繰り返したのだろう。

 ゲームが進めば分かることだが、この大蛇は物語中盤の『蛇蛮族のメデューサ』ことステンノーのペットで、ステンノーはラストの冥界の抜け穴に繋がる鍵に絡んでくる。

 確かこの大蛇にも名前があったはずだが、思い出せなかった。戦闘時のみ、ウィンドウに表示される名前だ。

 蛇なのだから、てっきり巻きつきや丸呑み攻撃をするかと思いきや、こいつは蛇らしき攻撃をしてこない。たまに石化光線を撃ち、尻尾で天井を破壊して岩を落として攻撃する。その岩はいやらしいことに石化された味方を破壊し、石化の回復を阻害してくる。

「……嘘、だろ」

 たった今抜いた剣を思い出したように、オニクが構え直した。

「来るぞ」

 ゲームではこの台詞の後、戦闘開始。

 大蛇は移動しながら岩壁を崩して、崩れた岩の隙間から部分的にその長身を出している。

 大蛇への攻撃が通用するのは顔の部分だけなのだが、顔を攻撃しようとすると、体でガードされ、攻撃は通らない。なので先に体を攻撃するのが正攻法かと思いきや、いくら胴体に攻撃を与えても大蛇は一向に死なない。

 結雪の剣で胴体を凍らせて初めて顔面への攻撃が可能となる。

 幼かった僕はこの最初のボス戦を何度も繰り返して、全然蛇が死なないことに腹が立って半泣きでコントローラーを投げた。レベルを上げて挑んでも何度も全滅した。

 小三の僕が幼かっただけで、多分普通なら難しい戦闘じゃない。

 そして雪結の剣はボス戦直の会話シーンでオニクが装備している状態なので、戦闘が始まってすぐにミロかハッパに結雪の剣を装備させる必要がある。なぜならオニクは防石効果のネックレスを装備することができず、この戦闘で石化するからだ。石化するとコマンドメニューが開かないので、装備を入れ替える前にオニクが石化してしまえば一生このボスには勝てない。

 しかし胴体を凍らせて顔を攻撃する仕組みが分かるとすぐに倒せる。

 ゲームでは戦闘中に会話がないので、武器を入れ替える時にどういう会話が成されるんだろうと思った。

「すごいぞ、この剣。切ったとこが凍ってく!」

 オニクが何度か突き刺した尻尾は薄氷を張った状態になって凍結した。

 大蛇は身をくねらせて自身の顔に巻きついて胴体で顔を隠すと、トグロを巻いた身体の間から目だけを覗かせた。

 二つの目が赤く光った瞬間、オニクに向かって赤い閃光が走る。

 石化光線だ。あれが当たれば石化する。

 オニクは剣を振りかぶったまま器用に片足で跳ねて光線を何とかかわした。

 敵からしたら、僕を後衛の仲間という認識をしているのか、こちらにも一度光線を放ってきた。が、ネックレスのおかげでその光線が当たっても僕の場合は無効化している。ただの光に過ぎない。

 当然ながら昔のゲームの荒いドット絵とは違って迫力があった。蛇が動くと、鱗がテラテラと月光を反射するし、砂埃が目に入るしで、全てがあまりにもリアルすぎて最初のボスなのにもう絶望感があった。

 そこでふと気付いた。

 このリアルな解像度で僕はこれから『あれ』を目の前で見なくちゃいけないのか。

 ゲームでのオニクは石像になった後、戦闘中に降ってきた岩に当たり崩れてしまう。大蛇を倒して戦闘が終わると、オニクの石化が解け、肉塊となる。

 冷静になってみるとちょっと重すぎやしないか。別に彼らがどうなろうが夢だから、どうでもいいつもりだった。

 だけどドットならまだしも、リアルなグロだよ?

 これじゃ、僕が精神的ダメージを受ける。しかも僕が余計なことしたせいで三人分の肉塊になるんじゃないのか? ただ死ぬのではなく目の前で肉片になるなんてもう悪夢でしかない。しかも子どもって。

 あ、無理だ、ダメ、これダメなやつだ。悪夢パターンのやつ。一転して悪夢の気配がする。怖い。何、さっきまで余裕だったのに、急に怖くなってるじゃんか。

 どう対処してくるか知りたかっただけなのに、こういうの試しちゃいけなかったんだ。ハメられた、夢に。こんなの完全に罠だ。よりによって、どうしてムンレスⅡの夢なんだ。

 オニクを見て意外と幼いなと感じた時点で僕は明晰夢のリアルさに負けていたのかも。

 悪寒からか手足がムズムズし始めた。

 ……あー、夢側の対応が気になるんだったら、ここから助けたらいいのか。このゲームの場合、デフォルトでオニクが死ぬんだから、彼を助けてどう変化するのかだって分かる。最初からそうしていれば良かった。

 大蛇からの光線がこちらにも向けられてから、手足に何度も力が入り、今度は明確に『動きたい』というムズムズした意識を感じた。これは僕の意識ではなくて、両隣の頭の意識だと何となく分かった。たぶん動きたくて仕方ないんだろう。さっきから隣の彼らは顔をブルブル振り回したり、グルルと唸ってみたりと、とにかく落ち着きがなかった。顔を振ると度に当たりそうになる。一つの頭に肩がある訳じゃないので顔との距離が近い。肩って大事なんだなとどうでもいいことを思った。

 思考を乗っ取られるとまではいかないが、はっきりと感じられるその意識に抵抗せず身を委ねてみた。

 すると僕からの許可が下りたのを身体が認識したようで、途端に四肢に力が入り、僕は素早く跳躍する。全自動だ。

 ヴァガウ、と吠えたのは左のニクスだ。身体の筋肉が勝手に動かされる感覚。

 コペルは大きな犬歯を歯茎ごと剥き出しにして、振り下ろされた大蛇の尻尾に食らいついて、僕たちは全身を持ち上げられる。暴れる大蛇。そしてコペルは浮いたままでも首を力一杯振るので、隣の僕の顔も揺れるしで、当たらないように右に顔を背けると、黄金の粒子が宙を漂っているのに気付いた。それは水中に金粉が撹拌されているようだった。

 束の間、僕は花火に見とれるようにその粒子に目を奪われていた。耳鳴りがしていることに気付いて、それが耳鳴りなのか判断のつかない内に次々と眼前に展開される魔法陣。

 黄金の粒子は一筋の輪となって、耳鳴りみたいな音が高鳴りながら小さくなっていく。輪がゆっくりと回転していることに気付いた。どうやら耳鳴りはこの回転音と同調していたようだ。

 回転していた輪が広がって、そこには呪文が描かれていた。そして今度は幾重にも魔法陣の輪が分裂し始め、かと思えば重なる輪もあり動きが読めない。

 呪文の輪は大砲のように立体的な拡がりを見せ、中央から光が生まれる。途端に背後で叫び声がした。オニクの声だった。

 後ろを見ようにも真ん中の頭の僕は隣の頭が邪魔で身動きもできなかった。

 その間にも落下した岩が地面に砕ける音が後方から聞こえていた。

 嫌な予感がゲームの記憶を過らせる。

 やばい。

 ゲームでは大蛇を倒した時点でオニクは死んでいる。石化が解けたオニクの肉片を前にミロとハッパはただ言葉を失くして立っていた。やがてハッパが「帰ろう」とミロに声をかけてトボトボと帰っていくのだ。村に帰るまでのシーンは無音で、二人の虚無感が演出されていた。

 リアルな赤い肉片が頭に浮かんで吐き気がした。不意にニクスが牙を抜いて蛇腹に噛みついていた口を離した。空中で身体が自然と後ろを向いてしまう。この間の動きは体感でスローだった。

 視界に捉えたのは洞窟の出口にオニクたちの背中が消えていく所だった。三人いたので単に声を上げて逃げただけなのだと分かった。

 安堵と苛立ちの混ざる感情で着地。と同時に直径一メートル程の図太い光の柱が、ちょうどコペルの口から放出された。金属が擦れるような高音が耳元で鳴る。

 だけどコペルの溜めに溜めた渾身のビームは、僕が身体ごと後ろを見たせいで、蛇とは全く違うあられもない方向に、空に吸い込まれるように消えていった。

 うわ、もう何これ、最悪、全部メチャクチャと思っていると、コペルがその光線の後に、ピンポン玉みたいな白い光の玉を、コーラの後のゲップみたいにポンと吐き出した。ゲップ玉は空中で加速して物凄い速さで蛇の下顎に直撃した。顔に大きな穴が穿たれた後、目の付いた頭の上半分が千切れてゆっくり落下する。頭を持ち上げていた蛇の身体も、繋がれた大きな鎖が切れたように地面に崩れ落ちた。突風に吹き飛ばされたティッシュのようだった。

 僕は、え……と絶句した。じゃあ、もう最初からそれでよかったじゃん。

 地面に降りると、それまで動かしていた身体が、手足の痺れが治るように自分の意識下に戻る。

 そろそろ夢が覚めてもいい頃合だったが、一向に覚めることはなかった。

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