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十四 不気味な女

 星型の小さい蓄光シールがたくさん貼ってある天井。光るのは消灯後、わずかな間なので今はもうテープは光っていない。ただのシール。僕の部屋だ。

 こんな目覚め方あるんだ。

 腕を目元に置きながら、再度、目を瞑ると自然とさっきのカラウスの表情が浮かんで、その焦った表情に少し吹いた。何だか馬鹿らしい。

 僕が不安定になると、ムンレスの世界にも影響があるのかもしれない。

 時計を見ると驚いたことにまたもや三時で、これも意味ありげに思える。

 右手の中指に嵌めた指輪を見る。不思議な指輪。ンンカリングを外して、輪の中から天井を意味なく覗きながら考えた。

「どうして指輪を填めていたんだろう」

 呟いた自分の声を聞く。窓の外で雨の音がしていた。

 この指輪を誰からもらったのか、確かに僕は覚えていない。覚えていないことが、カラウスの言葉が真実である証拠となっている。それはカラウスの言う通りだ。だって普通に考えて忘れる訳ないもん。意図的に消されたのか。

 しかし不思議と恐れはなかった。

 いつもの現実に戻ると、何であんなに焦っていたのか分からなかった。

 むしろ今は晴れやかな気分だ。

 誰も分かってくれない悩みを、医者から病名だと告げられて、むしろホッとする感覚だった。自分が変ってことじゃないんだ。こんな風にカラウスから直接的に言葉として回答をもらえるとは思っていなかったが。

 ムンレスの夢を見て、カラウスに会って良かった。

 カラウスに会わなかったなら僕は……僕は何も分からないまま、一人で嘆き苦しみながら生きていたのかもしれない。

 僕がレトロな物を集めたり、バイトしたり、学校に行かなくなったのだって、全てこの苦しみから逃れたい一心だったんだ。

 なんだか全てそいつのせいだと考えると、沸々と怒りが湧いてきた。

 突き止めてやる。何が目的で僕をターゲットにしているんだ。たぶん、僕がどれだけ苦しんだのか分かっていないんだ。クソが!

 怒りの感情が僕をこの世界の地に足をつけさせている。

 他人の為でも世界の為でもなく、自分の為にそいつを見つけださないといけない。

 復讐なんて意味ないってよく聞くけど、この感情エネルギーが自分の生きる糧になるんだから、意味はある。

 雨がさっきよりも強く降り出していた。とりあえずコーヒーを飲もう。

 ハニチーパンを食べて七時頃に身支度をした。今日は学校へ行こうと思った。

 晴れの日に登校するよりも雨の方が登校しやすいのはどうして?

 傘がさせて、顔を隠せるから?

 だけど行き辛いから行かなかった訳じゃなかつたから、別に今も行き辛さはなかった。

 というより行き辛さという感覚すら僕にはなかったんだと思う。

 行かなくちゃならないという義務感が前提にないと、行き辛さはない。

 あぁ、だけど、今日は前よりも学校へ行こうと思える。これまで思えなかったのに。僕の深層心理で何かが少し変わったのだ。今、自分の中に変化が起こっている。

 原因が分かっただけで、こんなにも救われる気持ちになるなんて。そうだ。僕は今日初めて前進している。

 指輪を貰ったのはクラスメイトという可能性が高かった。けど、学校に友達と呼べるような人はいなかった。全く喋らない訳じゃないけど、休日に会うような友達もいない。これはむしろ誰からもらっていてもおかしくはないということか。

 時間割通りの教科書を詰めて、学生服に着替えて、鞄と傘を持つ。指輪は付けたままの方が犯人の反応を伺えるはずだから、外さなかった。

 今日はコミュニケーション英語があって、古典がないからそんなに眠くならない日だ。特に英語はおばちゃん先生で、英語と全然関係ない喋りが面白くて好きだった。

 スニーカーを履いて、玄関のドアを開ける。開けながら開こうとした傘を落としそうになった。

 家の前に不気味な女が傘を手に立っていたのだ。彼女の傘は畳まれていて、つまり彼女は傘をさしておらず、手にしたままずぶ濡れだった。

 ボトボトと雫を垂らして濡れそぼった前髪は、隙間の大きなつげ櫛みたいになっていて、姉ちゃんなのか他人なのか、一見して判断できなかった。

 姉ちゃんは無表情で傘も差さずに黙って僕を見ていた。

 無表情は無表情でもその顔は、ぼんやりとした無表情ではなく、例えるなら森に遺棄された死体に近付いて死んでいることを確認した瞬間に、目を開いた時の、そんな表情だ。何を考えているのか見当がつかない。でもそれが姉ちゃんだった。

 他人はこんな風にじーっと見てこないので、一応「姉ちゃん?」と尋ねる。

 コクンと頷き、姉ちゃんは笑った。

 まぁ、姉ちゃんだろう。こんな変な他人が玄関前に立っていたら怖い。

「何してんの?」

「……何してんのじゃないわよ」

 姉ちゃんは途端に笑みをなくして言った。

「世界が滅んでもいいんだ?」


 世界が滅んでも……?


 僕は唾を呑み込む。

 そして姉ちゃんを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。

「……また出たの?」

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