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十一 ハッパの秘密

 神剣でやってみたかった、という呟きからハッパの独白は始まった。

 ハッパによると、この村には九五一日毎に祀りごとがあるらしく、今回ハッパはその九五一祭で巫子として剣技の演舞を披露しなくてはならなかったようだ。

「巫子はセレネ神の使いとなり、この村はセレネ様のご加護を受けています。そうやって魔物の眼から逃れ守られてきました」

 セレネというのが、あの女神像の名前のようだった。

 ゲームのムンレスでは村は序盤に滅ぼされてしまうので、そんな信仰がうんたらという設定は全くなかった。いや、設定はあっても、ただそういう情報が知らされる機会がなかっただけなのかもしれないけど。

 崖の寄り合いのような村の地形の中でも、最も高い所の洞穴にその剣は安置されていた。

「巫子は祭祀の日まで、その巫子としての姿を人前で晒すことはなく、村人も私が巫子と分かっていてもそれを口にするようことは一切ありません。その日も私は人知れず神剣で舞の練習をしようと祭壇に行きました。すると岩間から一匹の蛇が顔を覗かせていました」

「蛇? それは普通の蛇?」

「……いえ、それが普通の蛇ではないと気付いたのは私が首を切り落とした後でした。私が来た時には蛇は既に神剣に噛みつこうとしていたので、急いで追い払おうと神剣を取り上げ、追い払おうとしました。そしたら蛇は剣先から柄の方まで登ってきたので、私は刃を地面に叩きつけたのです。蛇はあっけなく切断されましたが、その分断された顔には眼が一つも付いておらず、私は驚いて剣を離してしまいました。蛇の胴体は頭部のないまま剣先から巻きつき、そのまま素早く岩の隙間に吸い込まれていなくなったのです。私が急いで洞穴から出た時には剣は古烏に咥えられ、あの洞窟に向かっていく所でした」

 その蛇がメデューサの使いだったということか。そして、その神剣こそ、結雪の剣だった。なるほど、それで洞窟に取り返しに行ったのか。

「その蛇のことは誰にも話していないの?」

「……話していません。話すことができませんでした」

 ハッパは村人に内緒で剣を取り戻すつもりだったんだ。九五一祭が始まる前に。そして今は取り戻したと。

「じゃあ、君はその時点ではメデューサのことも知らないんだ?」

「メデューサのことは名前だけ知っています。ディボズィラの腹心だと。見たことはありませんが……」

 ディボズィラというのはラスボスである所謂、魔王の名だ。このハッパはメデューサと会ってないんだな。

「そのメデューサが来るんですか?」

「……うん。あ、いや、メデューサはもういないから、襲うとしたら別の魔物だよ。でも襲われる可能性が高いと思う。たぶん、この村の存在は魔物たちに見つかってるから」

「……そうですか」

「まだやって来るって決まった訳じゃないけどね。僕はてっきり君が魔物を呼ぶもんだと思っていたし」

「でも、私が呼んだようなものです、おそらく蛇に見つかった時点で魔物たちには知れ渡っていたんでしょう。そうでなければいいと願っていました」

「え? そ、そうでなければって……魔物が襲って来るかもしれないとは思ってたってこと?」

「蛇を見た時に、ただの魔物じゃないと気付きました。偵察の使い魔かもしれないと」

 だとしたら話は変わってくる。これから魔物が襲ってくると知っていて言わなかったのなら、村を見殺しにするようなものだ。でも、そうか。

「きみは言えなかったんだね。自分のせいで村が襲われるかもしれないから」

「……見つかったら最後、私たちにはどこにも逃げ場所はありません。他の村に逃げるなんて、その村へ魔物を案内するようなものです」

 ハッパは俯いたまま消え入りそうな声で続けた。

「あまりに重すぎて考えないようにしてた。本当におかしくなりそうなくらい。たぶんおかしくなってたと思う。ここ数日、私は気が気でなく、村が襲われたらどうしよう。神剣が取られたことが皆にバレたらどうしよう。そればかり考えていました。もしこのまま魔物が襲ってきたなら、何も知らずに皆で死ぬ方が良いのか、それとも話すべきかをずっと自問自答していました。でも全て話した所でどちらにしろ私たちは殺される。私たちがこれまで生きていたのはただ村が見つからなかった、ただそれだけです。皆で逃げた所で残酷な魔物は必ず村人を追いかけて一人残らず殺すでしょう。だから……」

 洞窟に赴くことになった理由に、まさかこんな事情があったとは夢にも思わなかった。ゲームでは気楽にお宝を探しに行くオニクたちが描かれていただけだったのに。

「もしかすると剣をまた元に戻せば再び神剣の力が村を守ってくれるんじゃないかと思いました。それでオニクに言ったんです。洞窟に剣があるって。オニクに言えば、絶対に取り返しに行くことは分かっていました」

 その時、タッという小さな音が聞こえた。

 目では見えなかったが、ミロの涙だと分かる。

「必死で、何とか自分を誤魔化してた。剣を見つけた時も本当は限界だったんです。あの時、いっそのこともう言ってしまった方がいいのかもしれないと、ずっと繰り返し考えてた。だけど結局打ち明けられませんでした。……そんな中、ミロが言ったんです。『おかしい、月がない』って。それが追い詰められていた私には『もうツキがない』って呟きにしか聞こえなかった。どう足掻いたって、もう村人の皆の命運が尽きたって。本当はミロが全部知っていて、私のしでかしたことも全て見透かされてるんじゃないかって気がした。だけどミロはいつもの純粋無垢なミロで、本当に月のことをただ口にしただけだった。まるで何も知らない無垢なミロが神の口を借りて、言われているように思いました。けど同時にその幼い無垢さが居た堪れなくなったのです。もちろんミロも、何も知らないまま無惨に殺されちゃうんだって、それを思うといたたまれなくなって……、だから御守りのつもりで首にかけたの。鉱石には守りの力があることだけは知ってたから。そんなことしたって何の懺悔にもならないのに」

 なぜかハッパの涙が落ちた瞬間、自分の胸が締め付けられるような苦しい感覚になった。

 ハッパの苦しみが自分のことのように感じる。どうしてこんなに心が痛むのか分からなかった。

 そのまま、ふいに貧血のような例の立ちくらみの前兆までやってきたので、反射的に膝を押さえて踏ん張る。

 ——ヤバい。

 現実感の消失。この感覚だ。目の前のリアルと自分の記憶とが上手く繋がっていないような不確かさの中に溺れてしまうようなあの感覚。

 だけど、その感覚がこの場で起こるのはおかしなことだった。だって夢の中にいながら、目の前の事象に疑いをもつってこと? こんなの夢なんだから、疑うも何もないのに。感覚的なことだからロジックではないのだろう。吐き気はないが吐いてしまいたいと思った。自分に何が起こっているのか分からない。この症状って、この夢と関係あるんだろうか。僕の身体はどんどん夢への比率が大きくなっているのかもしれない。

 考えないようにしよう。

 僕は地面に膝を付けて、じっと床の木目を見つめる。目を瞑れば、頭のクラクラがより強くなって悪化するから。

 だけど頭は勝手に自分のの感情は出所を探そうとしている。かわいそうでもない。怒りでもない。悲しいというか、途方もなく寂しいというか。

 単にハッパに感情移入してしまっただけなのかもしれない。

 思えばこの子は自分の罪の重さに耐えられないでいる。本当は魔物が全部悪いのに。

 ハッパに意識を向けたからか、途端に呪縛が解かれるように目眩が治まり、立ち上がる。ハッパは背を向けたまま蹲って小さくなって泣いていた。こちらの変調には気付いていない。

 ハッパを見ていると、小さい子を泣かしてしまったとてつもない罪悪感が湧いてくる。

「ごめん……」

 二度目の謝罪が自然と口から出てきた。

「泣かすつもりはなかったんだ。ただ本当のことが聞きたかっただけ」

 こんな小さな子が罪の重さに自分を責め続けながら必死で過ごした日々はどんなに辛かったろう。

 僕はハッパの真横で屈んだ。彼は上着の胸あたりを握りながら、しゃくりあげて泣いていた。

 あまりに可哀想になって、迷った後にハッパの肩に触れる。触ると余計に華奢だと分かり、よりかわいそうな気がした。

「ハッパは何も悪くないよ、何一つ。君は狂ってなんかいない。狂ってるのは魔物達の方だよ。悪いのも向こうが悪いんだ。大丈夫、君の村は僕が守るから」

 言いながらゲームのムンレスの後半で、この子が魔物たちに操作されて敵対する場面が頭に浮かんだ。あのゲームの中の彼はあの時、どんなに自分を責めただろう。僕はムンレスの彼らのことを何も分かっていなかった。真実を何一つ。

 だいたい僕はハッパがキーパーソンだと踏んでいたのだ。村が襲われる原因の一端にはハッパが絡んでいるはずだと。もっと言えばハッパが裏で操っている張本人で、これから魔物を村に誘き寄せるつもりだったんじゃないかと予想していた。恥ずかしながら僕は、さながら誰も注視することのなかった真犯人を追い詰める前の探偵のような気分になっていたのだ。事実ハッパはかなり怪しかった。だが隠し事をしていただけで魔物を誘き寄せることもなければ、村への裏切りを働いていた訳ではない。

 となると、村が襲われるのは何のきっかけもないのか。

 本当に現実世界でのムンレスⅡと、この夢がリンクしているというのなら、姉のいうように村は魔物に襲われる可能性が高いと見ていいのだが、そんな兆候は未だに見られない。未だ村は平和で、ハッパと話している最中にも窓の外では村人が何人か行き交っているのも目に入っていた。

 それとも、姉の言っていたことが間違いだったのか。でも姉が嘘を言う道理はない。

 ゲームがおかしいのか、この夢がおかしいのか。いや、どちらがおかしいという話でもない。おかしさなんて言い始めれば、何もかもおかしいのだから。

「……本当にダイシンセイですか?」

 窓から視線を戻す。

 濡れた瞳のハッパに、僕は黙って頷いた。

「お願いします。私の村を守って下さい。どうか皆を守って下さい」

 ハッパは立ち上がると縋るように言った。

 さっきからハッパはさりげに自身のことを『私』呼びしている。別に男性だって使う一人称だし、丁寧な言葉遣いになっただけなのだが、言い方のせいなのかなぜか微妙に引っかかる感じがした。

 そういえばムンレス後半で敵として出てくるハッパの衣装はスカートみたいな鎧と髪を伸ばしていた。ミロの見た目がかなり変わっていて、だからこそミロはハッパだと気付かないのだ。気付かないまま、敵対する相手がゲーム上でハッパと明かされるのは、ミロがハッパを殺してしまってからという鬱展開となる。

「……君、もしかして女の子なの?」

 ハッパは涙拭いて小さく笑った。

「ダイシンセイなら何でもお見通しなんでしょ?」

「……う、うん。そりゃね」

 僕の固まった表情を覗き込むようにガン見してくるハッパ。全てを見透かされそうな、長いまつ毛につぶらな瞳。右目の下と頬に汚れが擦れている。僕が目を逸らすとハッパは姿勢を戻して静かに言った。

「儀式まで、巫女は男装と汚し粉をはたいて、普段から身を偽ることで邪を祓うんです」

「……なるほど」

 ほ、本当に女の子だったんだ。ムンレスではそんな設定じゃなかったのに。いや、この夢の中だけの話かもしれないけど。てか今となってはもはや、どっちがゲームの世界の真実なのか僕には分からない。

 ハッパがまたこちらを見ていたので、何を言うべきか考えていると、

「……本当にダイシンセイなの?」と改めてつっこまれる。

「ん、ご、ごめ、ゴフッ!」

 普通に謝ろうとしたら咳き込んでしまった。

「ん、うん、ごめん。違う、本当は。というか、ダイシンセイが何かも分かってない」

「うん、そうだよね。分かってた。嘘つく人なのかなーって確かめただけ」

「え、こわっ!」

 試されてた! なに、この子。なんか今のが一番女の子って実感した。

 ハッパは吹き出して、「タイタンさんさぁ」と笑いながら言った。「あんまり嘘つかない方がいいよ。タイタンさんの嘘って、すぐバレちゃうから」

「あ、はい……肝に銘じます。すいませんでした」

「あと謝り過ぎだと思う」

 ハッパが言い終わらぬ内に、離れた家から鍋のような金物が落ちたような音がした。でも鍋じゃなかった。

 次の瞬間、カンカンカンとけたたましく鐘の叩く音が鳴った。

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