春に生まれる2
「なあなあ朝陽」
「ん?」
「おばさんたち、この手土産喜んでくれるかな。今人気のお菓子だって、お客さんに教えてもらったヤツなんだけど」
「うん、絶対好きだと思うよ。それに恭兄が選んだって言ったら、もっと喜びそう」
「はは、そっか」
朝陽の表情が和らぐ。人差し指の節を撫でると、くすっと笑ってくれた。
朝陽の実家へ、十四時頃に到着した。朝陽が言った通り、朝陽の母は手土産をずいぶんと喜んでくれた。朝陽の父は、さっそくひとつ食べたそうにしている。コーヒーと紅茶と緑茶、どれがいいかと尋ねられ、コーヒーと迷ったが恭生は紅茶をお願いした。
両親にどんなに歓迎されても、朝陽の表情は硬かった。ダイニングテーブルに四人で座って、朝陽以外の三人で他愛のない話をし十分ほどが経っている。
向かいに座っている両親の視線はずっと、俯いている朝陽を気にかけている。なにか大事な話があると察しているのだろう。ひそやかに漂っていた緊張感は、朝陽が顔を上げたのと同時にピークへと達した。
「あの、さ」
「うん」
朝陽がついに口を開く。声が掠れていて、ひとつ咳ばらいをした。両親ふたりが固唾を飲んで頷く。恭生もひそかに、膝の上でぎゅっと拳を握った。
「俺、やりたい仕事があるんだ。でも、それは、大学で勉強してきたことと、全然関係なくて……」
そこまで言って、朝陽は顔を上げた。それからハッと息を詰める。おだやかに微笑む両親に出会ったからだ。朝陽の瞳に、雫が浮かぶ。ゆらゆらと揺れていて、恭生もつられて目の奥が熱くなる。
「な、んで、そんな顔してるの?」
「なんでって、ねぇ? それで、朝陽はどんなお仕事がしたいの?」
「っ、俺、カメラの仕事がしたい」
「ほう、カメラマンか」
「……うん。写真スタジオの就職先を探そうと思ってる。でも専門的な勉強をしたわけじゃないから、厳しいと思う」
「へえ。いいじゃないか。応援するよ」
「……怒らないの?」
朝陽が恐る恐る尋ねると、ふたりは顔を見合わせた。朝陽のほうを向き直した時、朝陽の母は微笑みつつ、眉はしゅんと垂れ下がっていた。
「私たち、朝陽がかわいくてかわいくて。色々心配しちゃうのも、ずっと手を取って道を示してきたのも、これが愛情だって疑いもしなかった。でも……この家を出て、恭くんとちゃんと暮らしてて。朝陽はちゃんと大人になった、ううん、もうなってたんだなって。成長してないのは、私たちだったんだなって気づいたの。東京の大学に通っているのに、心配する私たちのために毎日帰ってきてくれてたし。窮屈な思いもさせたよね、ごめんね」
「っ、そんなことないよ。ふたりのこと、俺大好きだし」
「あら。ありがとう。私たちもずっと大好きよ。朝陽が自分で進みたい道を見つけて誇らしい。それを伝えてくれて、とっても嬉しい」
いよいよ鼻を啜った朝陽の頭を、よく頑張ったなと恭生は撫でる。恭兄~、としがみついてくる大きな弟を抱き止めながら、朝陽の両親と顔を見合わせて、みんなで泣きながら笑った。
それから朝陽は、これからどうしていくつもりなのかを両親に説明した。
大学の勉強も一切手を抜く気はないこと。就職先が万が一見つからなかったら、今も師事している同級生の兄のプロカメラマンの元で、修行を積ませてもらう伝手があること。
険しい道だと理解していて、それでも踏ん張って進もうとする我が子の話に、ふたりは真剣に耳を傾けていた。
朝陽の撮る写真をふたりは見たことがなかったようで、照れくさそうにしながらも朝陽はタブレットでたくさんの写真を見せた。なにかと解説を求める父親と共にソファへ移動して、ふたりで頭を突き合わせながら話しこみ始める。
「恭くん、次はコーヒーどう? 好きだったわよね」
「あ、はい。ありがとうございます」
朝陽たちを微笑ましく眺めてから、朝陽の母が今度はコーヒーを淹れてくれた。それをありがたく頂いていると、どこか意味深な視線が注がれていることに気づく。
「…………? どうかしました?」
「恭くんが朝陽のそばにいてくれてよかったなって、しみじみしちゃって。ありがとうね、恭くん」
「いや、オレはそんな……」
まさかそんな風に言ってもらえるとは思ってもみなかった。朝陽を奪ってしまったような後ろめたさを、拭えずにいたからだ。さっきの話を聞いている限り、杞憂だったと理解したけれど。長年近くで見てきた愛情たっぷりの母親のまなざしを、恭生はよく知っている。
「あの子、生まれた時からずーっと、恭くんのことが大好きよね。そこは本当に、ずっと変わらない。なんだか兄離れできない弟みたいで、心配に思ったこともないわけじゃないけど。あの子は夢も大事な人も、自分で選べるようになったのね」
「……え?」
「ふふ。恭くん、朝陽をこれからも、末永く。よろしくお願いします」
「えーっと……」
末永く、が強調されていたのは、気のせいなんかではない。微笑む瞳には確かに朝陽とよく似た強い光があって、恭生を捉えたまま静かに頷いた。
自分たちの関係に気づかれている。全てお見通しなのだと理解するのに、それだけで充分だった。
「え、っと……もしかして、朝陽から?」
誤魔化すだけ無駄だと悟った恭生は、恐る恐るそう尋ねる。
「ううん。見てたら分かるわ」
「えー、マジ?」
「ふふ、うん。恭くんと暮らし始めるちょっと前から、朝陽は明るくなった。それから、どこか一皮剥けたというか。恭くんは逆に、ちょっと子どもみたいなところも出てきたわね。あ、もちろんいい意味でよ。肩の荷が下りたのかなあ、みたいに感じる。雰囲気がやわらかくなった」
自分のことをあまりに的確に言い当てられて、恭生は面喰ってしまった。
祖父に抱いていた疑念のこと。自由の影で、ひとつひとつの選択が自分に返ってくること。幸せとはこういうものだろう、と他人にも自分にも勝手に当てはめて、窮屈な恋愛をしてきたこと。
それら全てが圧し掛かって、人と距離を置くようになっていたと思う。だが変わった。朝陽と恋をしたからだ。今は違うと自分でも感じることができる。
「オレもそう思う。全部朝陽のおかげだよ」
「あら、そうなの? あの子もやるわね」
「うん、朝陽はすげーいい男だよ」
「ふふ、知ってる」
体からみるみると力が抜けて、朝陽の母への話し方も昔のように砕けたものになってきた。
朝陽との関係を気づかれている、そう分かった瞬間、本当は咄嗟に謝ろうと思った。だが、そうしなくてよかった。朝陽を愛する人が、こんなにも信頼してくれているのだ。その想いをしっかり受け取って、大事にしていくのがきっといい。
「おばさん、ありがとう。今日、オレも来てよかった」
「私も。恭くんにも会えて嬉しかった」




