第60.5話 子竜覚醒(後編)
メイシーは〈騎士の鼓舞〉〈反抗の狼煙〉を使う。ともに身体強化を促すクラス【騎士】のスキルだ。アリエラは身体強化のスキル〈凱歌〉を使用する。
残された力は、ただ一刀のみ。
それぞれ心根は違ったが、剣技を磨き続けた達人が、ついに真に立ち合った。
ゆっくりとすり足でにじり寄る。
互いの間合いに触れた瞬間、ともに上段に構えた剣を振り下ろした。
〈気合い斬り〉!!
〈岩砕き〉!!
火花を散る。
ほんの刹那の打ち合いだった。
結果――メイシーの鎧の胸プレートが切れるのみだった。
(浅かった)
アリエラは悔やむ。
メイシーに勝つつもりだった。
でも、姉を斬るという行為に一瞬躊躇してしまった。
もはや反撃する力は無い。
すべてを出し切った。
徐々に視界も暗く歪んでいく。
これが死か……。
そんな達観した思考の最中、アリエラの目に映ったのは、剣を握り、悪魔のように立ちはだかるメイシーの姿だった。
〈岩砕き〉!!
先ほどのスキルが呆然とするアリエラに振り下ろされる。ついに人生の終焉。その瞬間に見たのは、子どもの頃の自分がメイシーに向かって必死に打ち込んでいる姿だった。
〈切り払い〉
気が付いた時には、メイシーの攻撃を弾いていた。
もう動けないはず。でもアリエラの意志に反し、身体がかろやかに動いていた。
倒れそうになっていたアリエラだったが、再び状態を起こして立ち上がる。
「そうだ。ずっと忘れていた。私が私だった頃の気持ちを。そうだ。こんなにも私は願っていたんだ」
お姉ちゃんに勝ちたいって!!
アリエラの瞳がついに蘇る。
魂から沸き上がった力をすべて剣に込めると、絶叫した。
〈魔斬剣〉!!
どうしてアリエラが最後にこのスキルを選んだのかはわからない。類い稀な才能か。神が与えた奇跡か……。いずれにしてもこのスキルには精霊やゴーストのような魔法生物を斬る効力と、確率は極端に低いが、かかっている強化魔法を解呪するという効力があった。
後者の効力が、メイシーにかかっていたルギアのギフトを解いた。
「お姉ちゃん!」
メイシーが頽れるのを、アリエラは慌てて支える。
そこにはアリエラがよく知る姉の表情があった。
自分と同じ緑系の瞳には疲れこそあったが、どこか喜びに満ちあふれていた。
「また負けちゃった。今度は勝てると思ったんだけどな」
「お姉ちゃん? ずっと気づいて」
「気づいたのは最後の一瞬だけ。あなたが私を立てるためにわざと負けていたことはずっと知ってたわ。ごめんね、アリエラ。あなたには辛い想いをさせたわね」
「お姉ちゃん」
「私はずっとあなたの厚意に甘えていた。精霊士失格ね。……ごめんなさい。そしてありがとう、アリエラ。私を救ってくれて」
メイシーは意識を失う。
戦っていたのはアリエラだけじゃない。メイシーもずっと支配されながら藻掻き苦しんでいたのだろう。
「私の方こそありがとう。私の大好きなメイシーお姉ちゃん」
姉をきつく抱き寄せるのだった。
◆◇◆◇◆ クロノ ◆◇◆◇◆
アリエラがメイシーに勝利する中、俺は風の精霊に近づけないでいた。
暴風が荒れ狂い、さらにパダジアの攻撃が雨のように降ってくる。それを刀や魔法で弾くだけで精一杯だった。
それにもう1つ厄介なヤツがいる。
「――――ッ!!」
背後に気配を察して、俺はその場から緊急離脱する。
舌打ちしながら、現れたのはインノシマだ。
「いい加減死ねよ、お前」
「インノシマ、もうやめろ!」
「黙れよ、偽善者!!」
再びインノシマがナイフを振りかざして襲いかかってくる。
その時だった。
『ぐあああああああああああ!!』
嘶きが広い神殿を貫いた。
直後、神殿の外壁が潰れる。大量の岩が落ち、砂埃が舞い散った。
インノシマが血相を変える側で、俺は口角を上げる。
「遅いぞ、ミクロ」
そこにいたのは、小さな赤い竜ではなかった。小さく可愛らしかった丸い指は丸太のように太く、先端には大きな爪が生えている。扇子ほどのサイズしかなかった翼が雄々しく広がり、大きく開いた口には、何十本と牙が並んでいた。かつて子竜だった面影はまるでなく、ギョロリとした瞳には少しだけ愛くるしさが残るのみだった。
だが、体格の大きさは子どもの時の数倍。頭に生えた角は、如何にも竜らしく空に向かって伸びていた。
『ぐああああああああああ!!』
再び嘶く。
新しく進化したミクロの姿がそこにあった。






