第57.5話 騙好海邦
12月15日発売の「ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~」2巻もよろしくお願いします。
現在更新中のWEB版よりも、かなり読みやすく、さらに少し展開を変更しております。ぜひよろしくお願いします。
少し休憩して身体を回復させた後、俺たちは『風霊の洞窟』の最奥にやってきた。
そこは今まで通ってきたどの通路よりも広く、高い空間になっている。そしてその中心には、風の精霊パダジアを祭る祭壇が置かれていた。
エメラルドグリーンのミスリルに覆われた神殿に立っていたのは、1人の男だ。
牧師のような服装を着た男の姿は、神聖な空気が漂う神殿にできた黒い黴のようだった。
「ルギア……か……」
「待ちくたびれましたよ、勇者クロノ。あるいは英雄ブラック・フィールド殿とでも呼べばよろしいですか?」
ルギアは笑う。態度からして俺の正体を確信しているのだろう。多分誰かから俺の正体を聞いたのだ。ブラックの正体を知る者は、限られている。ここにいるミィミ、アリエラ以外にも、ラーラ姫、ミュシャ、アンジェがそうだ。ただルギアと他の3人が接点あるとは思えない。精々ラーラだろうか。
「俺がかつて勇者であった……いや、勇者として召喚されたことは認める。だが、ブラックは知らないな」
「ククク……。わかりやすいでしょ。ブラック・フィールド……。つまり日本語で“黒野”。誰だってわかる。ただし日本人ならばね」
「あんたも勇者か」
「君が召喚される20年前にこちらにやって来た。……私の本当の名前は騙好海邦。君ぐらいの世代でも、名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
「騙好海邦だと……!」
いきなり出てきたビッグネームに、思わず呆然としてしまった。
騙好海邦は俺が子どもの時に、日本中はおろか、世界中を震撼させた犯罪者だ。当時、爆発的な人気を誇った新興宗教の教祖で、その教えは一言で言えば「反政府」「反人類」という過激なものだった。騙好は政府を糾弾するために意欲的に政治活動を行い、議員に立候補するも僅差で落選。その後、信者に軍隊紛いの訓練をさせ、自前で作った自動小銃を持たせた。戦後初めて日本で私設軍隊を作ったことでも知られている。
むろん、行き過ぎた武装は日本政府のみならず、アメリカ政府ですら懸念表明するなど大騒ぎになった。結果、教団に一斉捜査が入り、事なきを得たが、逮捕状が出ていた騙好の所在を突き止めることができず、今に至っている。
(テロリスト紛いのことをしていた教祖様が、勇者として召喚されるとはな)
カブラザカやミツムネもそうだが、この世界に召喚される勇者にまともなヤツはいないのかよ。
「勇者ってことは……。あんたにもギフトがあるんだな」
「君がよく知るミツムネくんや、ショウくんのような実用的なものではないがね」
次の瞬間、騙好ことルギアの後ろで紫色の炎が立ち上る。同時に腐臭と、息が詰まるような大量の魔力が『風霊の洞窟』の最奥に満ちていった。渦を巻き始めた炎の中から、まず現れたのは青白い足。続けて妖艶な紫色と、目が落ちくぼんだ女の顔が出現する。
『ぶぼおぼぼぼぼぼぼおぼおぼ!!』
雄叫びを上げながら現れたのは、暴走していると思われる風の精霊パダジアだ。いや、1000年前俺と『剣神』が収めた時よりも荒ぶっている。
完全に我を忘れているように見えた。
「ルギア……、これがあんたのギフトか?」
「さよう……。といっても、私は少しだけ背中を押したにすぎない。彼女がこうなったのも、風の精霊自身が望んだことだ」
精神あるいは性格を制御するギフトか。いずれにしろ精霊まで堕落させるとか、チート級のギフトであることは間違いない。そんな力がテロリストの元リーダーに渡るとは……。はっきり言って最悪の組み合わせだ。
俺とルギアが睨み合う中、颯爽と走っていったのは、アリエラだった。素早く鞘から剣を抜くと、一気にルギアとの距離を詰めていく。ほぼ無防備といっても、差し支えないルギアに向かって、剣を振り下ろした。
〈気合い斬り〉!!
「おっと……」
〈闇撫で〉
むろんルギアはただぼんやりと攻撃されるのを見ていたわけではない。身体が黒い手が伸びていくと、アリエラの渾身の一撃を受け止めた。
「ぐっ! お姉ちゃんをどこへやったの! お姉ちゃんを帰して!!」
「おや? 気づいてなかったのか?」
「何を――――きゃああああああ!!」
アリエラは横合いから突如飛び出してきた騎士に吹き飛ばされる。
森で出会ったあの黒騎士だ。
不意打ちにもかかわらず、アリエラは体勢を整え着地した。やはりその身体能力は非凡と言わざるを得ない。だが、そこに黒騎士の剣が迫る。
〈千槍突貫〉!!
アリエラは一瞬硬直する。技に対応できないという動きではない。何かに気づいて、動けなかったと言う方が正しい。アリエラは無数の突きの攻撃の餌食になる。それでも身体に染みこんだ回避、見切りの癖は消せない。一瞬にして血まみれになったが、致命傷だけは避けていた。
アリエラは苦悶の表情を浮かべる。
それは痛みから来るものではない。次の言葉が深い精神的なダメージを感じさせた。
「嘘……。本当にお姉ちゃんなの」
言葉に反応したのは黒騎士ではなく、横で見ていたルギアだった。
「兜を取れ、我が騎士よ」
「はっ」
冷たい声が神殿に響く。
黒騎士は大人しくルギアの命令に従うと、フルフェイスの兜を取った。
美しい金髪が兜の中から溢れると、腰元まで伸びて優雅に揺れた。
「あるじ。あの人、アリエラにそっくりだよ」
「そうだな。アリエラによく似ている」
つまり、あれは……。
「メイシー……お姉ちゃん……」
アリエラは涙を浮かべて、再会を果たした姉に言葉をかけるのだった。






