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第51話 不穏な王宮

書籍が発売されて、半年経ちました。

大人の事情で遅れておりますが、現在続刊の作業と、コミカライズの準備をしております。

すでに体勢は整いつつあるのですが、諸般の事情でまだ先になりそうです。


ただ個人的には非常に良い流れを作っていただいておりますので、

書籍&コミカライズを楽しみにしている方はしばしお待ちいただければ幸いです。

 ◆◇◆◇◆ パダジア精霊王国王宮 ◆◇◆◇◆



 パダジア精霊王国王宮にある『翡翠の間』の空気は、ピンと張り詰めていた。

 誰もが口を閉じ、薄らと汗を掻きながら1点を見つめている。

 みんなの視線の先にあるのは、1人のエルフだ。薄く白い絹織物に身を包んだエルフの女は膝を突き、指を組んで何か祈っている。

 玉座に座るパダジア女王もまた他のエルフと同様に固唾を呑んで、見守っていた。


 何者かに必死に念じていたエルフの女は、固く閉じられた瞼を持ち上げる。場の空気は一瞬安堵に包まれたが、エルフの女の表情は冴えなかった。


「どうか、メイシー?」


 パダジア精霊王国女王モルミナは、同国の精霊士メイシーに問いかける。

 精霊士とはパダジア精霊王国を加護する風の精霊パダジアの声を聞き、民に伝える巫女ことだ。かつて世界を救った【剣神】が初代巫女を務めたことから、国内でもっとも優秀な剣士が巫女に選ばれることになっている。


 その熾烈な精霊士選定の儀を勝ち上がり、今代の精霊士となったメイシーは重い口を開き、告げた。


「残念ながら」


『翡翠の間』に落胆した空気が広がっていく。毅然と事態を受け止めたのは、女王モルミナただ1人だけだ。その君主が判断を下す前に、声を荒らげたのはパダジア精霊王国の政を司る7人の長老たちだった。


「女王、もう1ヵ月ですぞ」

「風の精霊様の声が聞こえなくなって、それほど経つのか……」

「すでに魔鉱の暴走は始まっている」

「もはや一刻の猶予もありません」

「すぐ精霊士を派遣し、元凶を突き止めるべきです」

「取り返しの付かないことになりましょう。裁可を、女王」


 長老たちは次々に女王に上申する。餌を求める子犬のように喚く長老たちを諫めたのは、玉座の前で思考する女王ではなく、1人輪に入らず耳を傾けていた長老だった。

 エルフの中にあって、かなりの小柄の長老は杖を突きながら、玉座の前に進み出た。


「精霊士を行かせてなりません、女王陛下」


 長老の中で最年長であるゴンは女王を諭す。

 すると、猛然と他の長老たちが反論を始めた。


「何故だ、ゴン! パダジア様の加護がなくなり、魔鉱の暴走をはじめ、各地でダンジョンが続発している」

「さよう。パダジア様の風が魔力を散らし、我々は安定的な暮らしを得てきた」

「その加護がなければ、経済活動はおろか国民の命すら危ういのだぞ」


「ダメじゃ。お主らは忘れたか。こうなった原因を……。我らが帝国との取引を断った直後だぞ。奴らが風の精霊様に何かしたに違いない。女王陛下」


 ゴンは踵を返して、女王陛下に向き直った。


「追求すべきは帝国です。特にグリズ大使をもう1度ここに召喚すべきでしょう」


「落ち着け、ゴン」

「そうだ。まだ帝国がやったと決まったわけではない」

「それよりも……」



「わかりました」



 凜と『翡翠の間』に響き渡る。

 声の主に皆の視線が集まった。白い装束を着た精霊士メイシーが立つ。先ほどまで見せていた不安げな表情は消えて、覚悟を秘めた眼差しを女王に投げかけた


「女王陛下。この精霊士メイシーを『風霊の洞窟』にお使わしください。直接出向き、パダジア様の様子を見て参ります」


 『風霊の洞窟』には風の精霊パダジアが住んでいる。そこから吹く風はパダジア精霊王国全体に回り、空気を浄化し、魔力の元となる魔素を散らしてきた。


「メイシー! お主……」


「長老ゴン。申し訳ありません。しかし、今パダジア精霊王国に起こっている原因を突き止めるためには、あたしが直接出向く以外に方法はありません」


「落ち着け、メイシー。これは帝国の陰謀だ。お主に何かあれば……」


「確たる証拠がない以上、帝国を疑う訳にはいきません」


「しかし、メイシーよ……」


 ゴンはそっと背後に控える6人の長老たちを盗み見る。それ以上、うかつなことは喋らなかったが、国内にティフディリア帝国に通じる不穏分子がいることを暗に示していた。


「わかっております。しかし、行くのは1人だけです。妹のアリエラは残していきますのでどうかご安心を……」


 そしてアリエラはゴンの耳元でそっと囁いた。


「もしあたしに何かあった時は、アリエラを次の精霊士に……」


「メイシー……」


「大丈夫です。アリエラはあたしより強いですから」


「…………わかった」


 長老の中で1人反対していたゴンがついに折れる。


 パダジア精霊王国は女王と7人の長老によって政をなしてきた。特に女王が目を患ってからは、長老たちは政ごとの中心となって国を引っ張ってきた。やや暴走気味な長老たちのストッパーが、最長老であるゴンの役目だ。


 そのゴンが納得したのであれば、女王の意志もまた決まっていた。


「メイシー、申し訳ない。私のクラス【女王】のスキルを使用できれば……」


「女王陛下の手を煩わせるほどではありません。必ずあたしが今国で起きている現象の原因を突き止めて参ります」


 メイシーは馬の飛び乗り、そして北にある『風霊の洞窟』へと旅立った。


 しかし、2ヵ月経っても、メイシーは王宮に戻らなかった。



 ◆◇◆◇◆ クロノ ◆◇◆◇◆



 パダジア精霊王国は、その国土の7割を森林に覆われている。さらに言えば、その森林に生える樹木のほとんどがドンガという巨大な木だ。


 高さは最長で300メートル。直径は優に30メートルを超える。硬くて丈夫なため、昔から建築資材として使われ、重宝されてきた。輸出品としても評判が良く、多くの城塞や王宮などにドンガの樹木が使われている。


 一方、昔から森林に棲みつくエルフたちは、このドンガと共生してきた。具体的にはドンガに穴を掘り、居住地として活用していることだ。ドンガをよく見ると、人が1人入れるほどの小さな穴が開いている。穴は王都に近づけば近づくほど、増えていった。


「あるじ、おうとにはまだつかないの? ずっと森だから、ミィミあきてきた」


『くわー!』


 ミィミは乗り合い馬車の椅子に腰掛け、プラプラと足を動かす。横でミクロもまた抗議の声を上げた。ミクロはともかくとして、活動的なミィミにとっては、ずっと動かない方が苦痛なのだろう。


「ふふ……。何を言ってるんだ、ミィミ。王都にはもう着いてるぞ」


「ふえ?」


 ちょうど馬車が止まる。そこは森林のど真ん中だった。他にも乗り合い馬車が止まっているが、街らしき場所はどこにも見当たらない。しかし人の流れは、目の前の大きなドンガへと向かっている。ドンガに開いた穴の中に入ると、長い螺旋階段が上へと上っていた。

 階段を上り、頂上までやってくると、騒がしい人の声が耳に入ってくる。


「あるじ! 木の上にまちがあるよ!」


『くわー!』


 階段を上った先には、一面ドンガの青葉が広がっていた。ドンガの寿命は1万年とも2万年ともいわれている。その間、伸ばしに伸ばし続けた枝葉は隣同士で複雑に絡み合い、まるで地面のように硬く結び付いていく。結果、ドンガの上に街――パダジア精霊王国王都の基礎となったのだ。


「木の上なら魔獣も襲ってこないからな。この方が街作りとしては安全だったんだよ」


 木の上に置かれた戸板の上を歩いていく。いくら枝同士が結び付いて強固といっても、さすがに歩きにくい。戸板は編み目のように王都に道を作り、さらに伸びた枝葉は店や住居になっていた。

 そして王都の奥にそびえ立つのが、パダジア精霊王国王宮――『翡翠宮』だ。


 ミスリルと翡翠を掛け合わせた壁は吐息が漏れるほど美しく、幻想的。この城を見るだけで、毎年他国から旅行者が来るぐらい人気の観光スポットになっていた。事実は街のあちこちでは『翡翠宮』をキャンパスに描こうと、絵描きたちがこぞって絵を描いている。その後ろでは『翡翠宮』を描いた小さなレリーフがお土産として売られていた。


 俺はミィミと一緒に『翡翠宮』を目指す。古い知り合いに会うためだ。しかし見えているのに、行けども行けども王宮には辿り着かない。これは別に魔法のせいではなく、単純にドンガの上に設置された戸板の道が複雑に入り組みすぎているからだ。無計画に道を広げ過ぎたのだろう。


(都市計画失敗のお手本みたいだな)


 呑気に考えていると、太い枝と枝に挟まれた暗い路地に入ってしまった。『翡翠宮』を目指していたというのに、その『翡翠宮』がどの方角にあるかわからなくなってしまったのだ。


「おかしいな」


「あるじ、もしかしてほーこーおんち?」


『くわー!』


「なっ! ミィミ、いつの間にそんな難しい単語を……。ミクロまで」


 ミィミとミクロにジト目で睨まれていると、背後でドッと音がした。かけていた洗濯物でも落としたのかとでも思ったが違う。倒れていたのは、エルフの少女だった。


 金というよりはプラチナに近い色の髪に、濃い碧眼。色白の肌は無残にも泥や血にまみれている。華奢ながら身体が鍛え抜かれていて、手に細剣を握り締めていた。頭を打ったのだろう。パックリと開いた傷口から血が、眉間を通って流れている。他にも無数の打ち身や切り傷があった。


「う……」


 エルフの少女には意識があった。

 かなりの深傷を負っているにもかかわらず、立ち上がろうとする。

 俺の方に寄りかかると、服の袖を強く握りしめた。


「に、……げて…………」


 声がかすれすぎて、なんと言ったかわからず、ミィミと一緒に呆然と立ち尽くす。

 異変にいち早く反応したのは、ミクロだった。


『くわー!』


 ミクロは炎を吐く。小さな火の塊は、何もない中空で爆ぜる。

 悲鳴を上げながら現れたのは、3人の男たちだ。どうやら〈霧隠れ〉と似た隠遁系スキルを使って、姿を消していたらしい。


(俺もミィミもわからなかったのに……。ミクロの奴、すごいな)


 さすが星火竜と頭を撫でてやりたいところだが、そんな暇はない。

 顔を隠した男たちは火を消し、手にした武器を握り直す。一般人を前にしても殺気を隠さず、じりじりと詰め寄ってきた。


「にげなさい……」


 エルフの少女は立ち上がる。

 重傷を負ってるはずなのに、細剣を握ると、男たちに斬りかかる。


 怪我をした少女が逆襲してくるとは思わず、男たちの反応が遅れる。そこにつけ込み、まず1人の男が袈裟に斬られる。少女は油断しない。1つのところに留まらず、動き回ると、相手の剣をかいくぐりながら、もう1人の男の喉を切り裂いた。

 最後に背後から襲いかかった剣士は上段に構えたが、剣を振り下ろすことなくピタリと止まる。少女は背中を向けたまま男の心臓を正確に刺し貫いていた。急所を突かれ、男はカッと血を吐き、絶命する。


 ぶる……。


 身の毛がよだつとはこのことだろう。華麗でいながら、ゾッとするほど恐ろしい圧勝劇だった。

 というより、彼女の剣はどこかで……。


「なあ、君……」


 質問をする前に、少女の瞼が下がる。

 そのまま頽れると、古い戸板の上に倒れた。


『役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~』という毎日更新しております。久しぶりの新作です。


物の設計図が見えるレシピの力を持つ6歳の主人公が、未開の獣人の国を発展させていくというお話になります。すでに10話分更新していますので、もし良かったら読んでください。

リンクは下部にございます。よろしくお願いします。

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