第49話 星火竜
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「生まれるよ!」
ミィミの叫びが狭い洞穴の工房に響く。声を聞いて、俺は思わずギョッとしたが、とりわけ驚いていたのは、ガルナンさんの方だった。
「う、生まれるって……。おい。お前」
濃密な疑いの目で、ガルナンは俺を睨む。
「おいおい。こんな小さな子を……。ハッ! お前、まさかわしのアンジェまで!! 貴様、そういう趣味だからと――――」
「違いますってば! あと、この際いっておきますけど、いつからアンジェはガルナンさんのものになったんですか!?」
ツッコみ返す。
大の男が言い争う中、ピシャリと言い放ったのはミィミだった。
「うるさい! うまれるよ。だまって」
腰巻きの中で温めていた卵を取り出す。すでに一筋のヒビが入り、さらに広がっていく。やがてもぞもぞと動くと、中の子ども自ら周りの殻をはね除けた。
「生まれた!」
「これは!!」
「おいおい……」
それぞれ目を丸くする。
卵の中から現れたのは、当然だがミィミ似の可愛い獣人ではない。ぎょろっとして大きな青い瞳に、河馬のような大きな口。背中には鱗があり、さらに蝙蝠羽のような小さな翼がパタパタと動いている。爬虫類を思わせる尻尾に、最大の特徴は頭からちょこんと伸びた山羊のような角が生えていることだろう。
「竜だ。しかも、子どもの竜……」
『宝籤箱』から卵が出てくること自体珍しいのに、まさか竜を引き当てるとは……。特に霊獣の中でも、竜の霊獣はレア度が高く、その卵は滅多なことでは手に入らない。1000年前、仲間と色んなところを旅したものだが、その行程にて竜の霊獣とあったことは1度もなかった。
3人で囲んでしばし子竜を観察する。
生まれたばかりの子竜はどうしたらいいわからず、首を右に左にと動かしながら戸惑っている。最初に手を差し出したのはミィミだ。慎重に手を近づけると、子竜はミィミの指先に鼻を近づける。自分の卵を温めていた人間の匂いを覚えているのだろうか。子竜は今度はミィミの指を舐めると、ついに囓った。
「イタッ!!」
「ミィミ!」
「だ、だいじょうぶ。これぐらいいたくない」
いや、結構痛いのだろう。
生まれてきたばかりとはいえ、結構鋭い牙が生えていた。それでもミィミはグッと我慢する。薄く微笑んだ表情は、母親のそれだった。ミィミが一生懸命育てたのだ。本人が小さくとも、それなりに母性を持ってもおかしくない。そんな母親の苦労を知らずに、子竜はミィミの手を舐めたり、囓ったりしている。
「あるじ、この子おなかすいてる」
「みたいだな。霊獣――しかも、竜の子どもが食べるものか」
昔賢者と呼ばれていた俺もよく知らない。今回は初めて尽くしだ。
「牛よりは、羊乳の方がいい。ぬるま湯ぐらいの温度で飲ませるんだ」
「ガルナンさん、詳しいですね」
「竜についてはちょっとな。ひとっ走り言って、羊乳を分けてもらってくる。お前らはここにいろ。外よりはここの方が温かいしな。竜の鱗が乾燥しないうちは、くれぐれも外に出るんじゃないぞ」
生まれたての竜の鱗は敏感で、乾燥しないうちに日光や、外の汚れた空気に当てると、病気の原因になると、ガルナンさんは教えてくれた。
そのガルナンさんは1度洞穴を出ていくと、1時間ほどで戻ってきた。ほ乳瓶に入った羊乳を手慣れた様子で、子竜に飲ませる。最初は戸惑っていた子竜だったけど、グビグビと飲み始めると、あっという間にほ乳瓶を空にしてしまった。次第にうとうとし始めて、瞼を閉じる。ミィミの胸の中で眠ってしまった。
「やっと落ち着いたようだな。おそらくこいつは、星火竜の子どもだ!」
「星火竜!! それって星をも燃やすっていう……」
「そいつはあくまで迷信だ。そうはいっても、強力な霊獣に違いない。覚悟しろよ。大きくなったら、神殿よりもでかくなるぞ」
神殿って……。40メートル以上ってことか。参ったな。そんな竜を俺とミィミだけで育てられるだろうか。てか、そんな竜に飲ませる羊乳って一体何リッター飲ませればいいんだよ。
「わははははは! まあ、それぐらい成育するまでには俺たちの寿命は尽きてるだろうがな。100年ぐらいじゃ、そんなに大きくならねぇよ」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「ガルナンさん、竜に詳しいんですね。昔飼ってたとか?」
「……まあな。そもそもわしのクラス【魔法鍛冶師】と竜は切っても切れない関係にあるんだよ。何せアダマンタイトを武器や防具に成形するには、竜の息吹が必要不可欠だからな」
さっき説明しかけていたのは、そういうことか。
アダマンタイトはミスリルや鉄よりも融点が高く、石炭を使った火床の熱ぐらいでは溶けないらしい。
「じゃあ、俺たちが頼んでも無理だったんですね」
「ああ。だが、今ここに子どもとはいえ、竜の子どもがいる」
「え? でも、ミクロはちっちゃいよ」
「子どものうちは成長が早いんだ。3日もすれば、炎を吐くようになるぞ。燃えやすい物はあまり近くにおくなよ」
燃えやすいものって……。
この世界には耐熱ガラスも、コンクリートもないんだけど。陶器も少なくないが、現代と比べても木製のものが多いし。これでどうやって自主防衛すればいいんだ。
「聞き流しそうになったが、名前が決まっていたんだな、ミィミ」
「うん。ミクロって名まえにした。かわいいでしょ」
かわいいのは、ミクロを抱いて満面の笑みを浮かべているミィミのほうだけどな。それにしても「ミクロ」か。「小さい」って意味だけれど、ミィミが知っているわけもないから、それぞれの名前から文字を取ったのだろう。ミィミらしい発想だ。
「なんだか、新妻と夫みたいだな」
「からかわないでください、ガルナンさん」
俺の腕を小突くガルナンさんに注意するのだった。
3日後にはミクロは空を飛べるようになっていた。身体こそ大きくなっていないが、筋肉や骨格がしっかりし始めたらしい。鱗も完全に乾いて、今では外を飛び回っていた。
くるくると旋回したあと、ミィミの胸に戻ってくる。ミィミもすっかりお母さんだ。
「くわー!」
ミィミの方を見て訴える。
「あるじ、ミクロなんて言ってるの?」
「お腹空いたってさ。干し肉を羊乳でふやかして、食べさせてみるか」
ガルナンさんが言うには、牙が硬くなったら肉を食べさせても問題ないそうだ。消化もできるらしい。
ちなみにミクロとは、【大賢者】のスキル[中級魔物の知識]で話せることがわかった。星火竜ほどの霊獣を中級扱いしているのは、ミクロがまだまだ小さいからだろう。実際、俺が聞き分けることができるのは、片言だけだ。まだミクロの中で言語を体系化できていないのだろう。
さて本日からは、ガルナンさんの工房で火を吹く訓練だ。洞穴ではなく、外で行う。穴の中で火なんて吹かれて脱出できなかったら、蒸し焼になってしまう。
「よーし。あの竈に向かって火を放つんだ」
ガルナンさんが指示する。
でも、ミクロはよくわからず、首を傾げていた。ミィミもやってみたが、ペロペロとお腹を舐めるだけだ。
そこで俺がやってみる。竜の言葉を使って、ミクロに指示を出してみた。
「ほのおだ、ミクロ!」
なんてな……。
ははは。こんな指示が通るわけないか。ポ〇モンじゃあるまいし。
「くわぁぁあああ!!」
ミクロは大きく口を開ける。
そこには炎の塊が燃えさかっていた。
周囲が真っ赤になる中、炎の塊は目の前の竈に向かって行く。ドンッという轟音とともに着弾すると、炎柱が燃え上がった。
とてつもない威力と、熱に俺とミィミは呆気に取られる。まさかあんないい加減な指示で、炎を出すとは。しかも、子どもとは思えない威力だし。
ミクロ、恐ろしい子!
「くわー!」
ミクロは得意げにお腹を膨らませる。俺は白目になりながら、新しい仲間を歓迎するのだった。