第47話 霊獣の卵
『宝籤箱』を叩くと、卵を割った時のようにヒビが入った。
やがてヒビは全体に走り、完全に割れてしまう。出てきたのは、卵だ。
卵のように割れた『宝籤箱』から、卵が出てきた。
ちょっと何を言っているかわからないと思うが、事実は事実だ。
白にお馴染みの形なのはいいが、まず大きい。紫や緑の斑点なんかがついていて、1つ言えることは普通の卵ではないということだろう。
「ふわー! あるじ、卵だ! でっかい卵がでてきたよ! たべよう! ミィミ、大きな目玉やきたべたい!」
卵を見た途端、ミィミはずるりと唾を飲み込み、目を輝かせる。
あれほど食べた後だというのに、まだ食べ足りないらしい。
「ダメだよ、ミィミ。こいつは霊獣の卵だ」
『おおおおおおおおおお!!』
『霊獣』という単語を聞いて、野次馬から歓声が上がる。
特に驚いていたのは、エイリアさんだった。マジマジと俺の両手の平に乗せた卵を見つめる。
「まさか霊獣なんて引き当てるなんてね。あんた、相当運がいいよ。『宝籤箱』で霊獣を引き当てたなんて初めて聞いた」
100年は生きていると思われるエルフのエイリアさんが初めてというのだから、確かに珍しいだろう
はっきり言って、俺も初めてのことだ。『宝籤箱』の中に卵が入っているのだけでも珍しいのに、まさか霊獣の卵なんて。
「あるじ、れーじゅーって?」
1人聞き慣れない単語に首を傾げていたのは、ミィミだ。
「精霊と神獣の境にいる獣だよ。簡単にいうと、とっても貴重で強い獣だ」
「つよい? ミィミとどっちが? ミィミ、つおいよ!」
「さ、さあ……。戦ってみないとわからないかな。それにミィミ、霊獣の良い所は人間でも育てられることだ」
「ミィミでもそだてられる? おおきくなる? どれだけおおきくなる……ハアハア……」
ミィミ、涎、涎……!
本当に食いしん坊だな。
あくまで食の対象ということらしい。
「たぶん、ミィミでも育てられるかな」
「やったー! じゃあ、ミィミがそだてる」
まだ生まれてすらいないのに、ミィミは自信満々に胸を叩いた。
まさかクィーンスパイダーから出てきた『宝籤箱』の中から、霊獣の卵が出てくるとは。かなり異例だけれど、クィーンスパイダーそのものが異例だったしな。こういうこともあるかもしれない。
「それで、その卵……。どうやって孵化させるんだい? あたしは霊獣なんて育てことないよ」
「人肌で温めれば問題ないと思います」
「ミィミがやる!」
「え? ミィミが?」
「ミィミがあたためるの!」
俺から卵をひったくると、離そうとしない。まあ、クィーンスパイダーを倒せたのは、ミィミの奮戦があってこそだからな。
ま、いいか。
「よし。わかった。ミィミに卵を温める役目を命じます」
「やった!」
ミィミがぴょんと飛び跳ねる。弾みで落としそうになった卵を慌てて、受け止めた。覚悟はしているが、危なっかしいなあ。
「そうだ。ちょうどいいのがあるよ」
エイリアさんが1度ギルドの奥に引っ込むと、すぐに戻ってきた。
手に持っていたのは、太めの毛糸でできた腰巻きだ。それをミィミの腰に巻く。お腹の腰巻きの間に卵が挟むと、落ちにくくなるという寸法だ。
悪くない案だ。
若干可愛さという点に関してはマイナスだが、露出を抑えられて、保護者としては減点よりも加点の方が上回っている。
(でも、お腹で温めるのには、何か作為的なものを感じる。小さな女の子、ケモ耳、ポテ……うっ! 頭が!!)
思わず頭を抱える。
ダメだ。俺の心はあまりに汚れ切っている。エイリアさんの行動は、ただ良心から来るものなのだ。
「これなら落ちないし、卵も温められるだろ」
「おお! ありがと、エイリア」
「どういたしまして? 元気な子を産むんだよ、ミィミちゃん」
言い方! その言い方は、さすがにダメです、エイリアさん! ミィミはまだ子どもなんですから!
「そう言えば、エイリアさん。俺たちマテリアルデバイスを作りたいんですけど、腕のいい鍛冶屋を紹介してくれませんか?」
「お安い御用さ。明日またギルドに寄ってくれよ。リストを渡そう。鍛冶屋によって、得意としている武器や防具が違うからね」
「わかりました。明日また伺います」
俺はエイリアさんと約束を取り付ける。すると、早速霊獣の卵を温めだしたミィミは歌などを聞かせ始めた。もうお母さん気取りだ。
「ねぇ、あるじ! どんな大きさの子が生まれるのかな?」
目と一緒に、口元の涎が輝いていた。
果たして卵は明日まで持つだろうか。
◆◇◆◇◆ 次の日 ◆◇◆◇◆
俺とミィミはイールの街へと繰り出していた。
昨日の今日なので、特に変わった様子はない。だけど、「鉱山が再開するかもしれない」という噂は徐々に広まっているらしい。心なしか人の表情に笑顔が戻ったような気がする。朝から確認のため、エイリアさんがいるギルドに駆け込む人の姿が見られた。
これがあと3日もすれば、寂れた鉱山街も活気づいてくるだろう。
「イテテテテッ」
俺はというと、頭痛に悩まされていた。微かな嘔吐感に、身体のだるさ。2日酔いというヤツだろう。
1000年前は割と酒には強い方だったが、現代ではあまり飲んでこなかったせいか、随分弱くなったような気がする。
調子に乗って飲んで、急性アルコール中毒にならなかったのが救いだろう。
「ふんふん。ふんふん。はやくうまれないかな~♪」
膨らんだおな――――ゲフンゲフン――――腰巻きの卵を大事そうに抱えながら、ミィミは鼻唄を歌っている。
昨日からずっと抱えて、何か語りかけている。もうすっかりお母さんだった。
当然、寝る時も一緒のお布団で寝ている。
「ミィミ、名前は決めたのか?」
「名前? あっ! そうか。何にしよう。あるじ、何がいいかな?」
「そう。すぐに生まれるものじゃないと思うから、ゆっくり考えていいと思うぞ」
「うーん。じゃあ、目玉やきとか?」
「え?」
「じゃあ、スクランブルエッグ?」
「いや、ミィミ……さん……」
何度も言うけれど、食べるために温めているわけではないぞ。そこんとこ、もう勘違いしていないよな。
やりとりをしているうちに、目指していた鍛冶屋にやってくる。看板には『ガザン工房』と書かれていた。どうやら個人でやっている鍛冶屋ではなく、工房のようだ。建屋の奥から、鉄を叩く音が聞こえてきた。入ってみると案の定たくさんの職人たちが作業をしている。ちなみにみんなドワーフだ。
硫黄に似た臭いが鼻腔を衝く中、俺はガザン工房の親方と話をする。
「マテリアルデバイス……。あんた知らねぇのか? 鉱山は魔鉱の暴走で――――」
どうやら親方はまだ知らないらしい。
ガザン工房の作業を見ると、ミスリルではなく鉄――主に包丁や鍋を作っていた。大きな工房だから販路を活かして、よその街の仕事を請け負っているのかもしれない。
「あとでギルドから発表されると思いますが、鉱山はまもなく開業すると思います。あと、これミスリルです」
【収納箱】
俺は魔法の袋の中から鉱山で拾ったミスリルを取り出す。ざっと1t近くはあるだろう。俺やミィミの武具を揃えるのには十分なはずだ。
案の定、親方は山のように出てきた未精錬前のミスリルの塊を見て、固まる。まるで親方自身が物言わぬ鉱石に成り果てたようだった。
「な、なんじゃ、こりゃ……。こんなに大量のミスリルを1人でどうやって……」
「こっちには便利な魔法があってね。どうする作ってくれるか? マテリアルデバイス? 嫌なら他を当たるが……」
「わ、わかった! 全部買い取らせてもらう。あんたの武具も是非うちでやらせてくれ」
「じゃあ、頼んだ」
「助かる。ただこのミスリルの半分は余所にも売ってやってくれないか? それとうちでは武器と盾、あと胸当てを担当するが、他は余所に発注してくれ。腕利きの職人を紹介するから」
「それは構わないが、いいのか? あんたたちの利益が少なくなるぞ」
「確かにここら一体の職人はみんなライバル店だ。けど、子どもの時分は鼻水を垂らしながら走り回っていた同級生なんだ。困ってるダチを見過ごすことはできねぇんだ、おいらよ」
いい話だ。
帝国の皇帝に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「気に入ったぜ、親方」
俺はそう言うと再び【収納箱】を開く。
出てきたのはミスリルだ。
「同じ量がある。分けてやってくれ。お金は売上が上がってからでいい。儲けの……そうだな。2%でいい」
「分けてやって……。それに後払い売上の2%って……! いいのかよ。本当なら20%持って行ったって罰は当たらねぇぞ」
「なら18%分、いい仕事をしてくれ。それにこっちは旅人でな。いくら便利だからって、ミスリルだけゴロゴロ持ってても仕方ないんだ」
「くぅっっっ!!」
「おいおい。泣くなよ、親方」
って思ったら、後ろで聞いていた弟子たちまで泣いている。俺としては取り過ぎたミスリルを安値でもいいから引き取ってもらいたかっただけなのだが……。
「あんた、めちゃくちゃいい奴だな。気に入った! 18%! いや、180%分、いい仕事してやるよ!」
「ああ。期待してる」
気持ちの良い音を鳴らして、俺たちは固く握手する。
ゴツゴツとして固い手の平はまさに職人という感じだった。
「それにしても、兄ちゃん。結構モテるだろ」
「え? そ、そんなことないですよ」
「だが、こんな小さな子をはらま――――」
「ちーがーいーまーす!」
お腹をさする(腰巻きの中に入った霊獣の卵)ミィミを指差す親方を見て、俺は全力で否定する。
このネタ、もしかして霊獣が生まれるまで続くのか? 続くのか???






