第46話 宝籤箱
「じゃあ、これってエイリアさんの旦那さんの形見ってことですか……?」
冒険者とは聞いていたが、まさかその形見を拾うことになるなんて思わなかった。
確かに魔獣が飲み込んだものがドロップアイテムとして出てくることはある。でも、たいていは消化液で溶かされてしまう。こうして戻ってきたのは奇跡というしかない。
「すみません。そうとは知らずに使ってしまって」
「いや、気にしてないよ。……こいつは役に立ったかい?」
「ええ……。おかげで大事な相棒を失わずに済みました」
横で寂しそうにしていたミィミの頭を撫でる。
「ハルバン、エイリアのだったの?」
「ハルバンはエイリアさんの亭主――パパのだったらしい」
「ハルバンともうたたかえない?」
ミィミの瞳はすでに濡れそぼっていた。別れがおしいのだろう。俺とて、惜しいと思っている。このミスリルハルバードは優秀なマテリアルデバイスだ。ミィミとの相性も良かった。今後も鍛え上げて、ミィミと成長していけば心強い仲間になるだろう。
俺が答えに逡巡していると、エイリアさんは重いハルバンを持ち上げた。
「なら、持って行くかい?」
「いいんですか?」
「ここで埃を被っているよりは、その……ハルバンもいいだろう」
エイリアはミィミに向かって差し出す。当の本人は思わぬ提案に目を大きくしていたが、やがて首を振った。
「いい。ハルバンはきっとエイリアのそばがいい」
「それはどうしてだい?」
「エイリア、さびしくなくなるから」
「…………っ」
エイリアさんは思わず口を押さえた。
俺はハルバンとの決別を選んだミィミを讃え、また頭を撫でる。
「ありがとよ。大事にするよ」
そう言って、エイリアさんはハルバンを抱きしめた。嗚咽を漏らしながら、涙を流し続ける。それは悲しいというよりは、喜んでいるように見えた。
旦那さんを連れ帰ることはできなかったが、これで少しでもエイリアさんの気持ちが上向けばと思った。
「そうだ」
俺は他にも拾ったドロップアイテムをその場にいた冒険者や遺族に見せる。どうやらいくつかはハルバンと同様に、冒険者の形見が発見された。
たぶん、散っていた冒険者の強い願いが形見をここまで運んだのだろうと思った。
肉体や魂がなくなっても、せめて自分が生きた証しを誰かに届けたかったのかもしれない。
「クロノ、聞かせておくれ。あんたはこれらをどうやって見つけた。そして、鉱山で一体何があったんだい」
そして俺は少し長い話を始めた。
「クィーンスパイダーだって! あんたたち、よく生き残ったねぇ」
話を終え、顔を上げると、みんなが驚いていた。そりゃ驚く。話している俺ですら、現実味がないのだから。
「あんたたち、よく生きて帰ってこれたね」
「自分でも驚きます」
今思えば、ハルバンを持っていたエイリアさんの旦那さんを始め、冒険者の無念が俺たちの背中を押したのかもしれない。何より俺には頼もしい相棒がいる。ミィミじゃなかったら、もしかして俺はあの鉱山の底で骸になっていたかもしれない。
「しかし、クィーンスパイダーがいるとはね。魔鉱の暴走は鎮静化するどころか、放置したことでより悪化したとみるべきだね」
「おそらくですが、今回の件は魔鉱の暴走だけが原因じゃないと思います」
「何か気づいたことがあるんだね」
「鉱山の魔力の溜まり方が異常でした。確かに洞窟の中は風の通り道がないので、魔力は奥でたまりやすくなる。結果、魔力が暴走する」
「その通りだ。けれど、パダジア精霊王国は風の精霊パダジアの加護に守られし国だ。鉱山に吹き込む風は、うまく魔力を散らしてくれる」
パダジア精霊王国が、何故こうも鉱業が盛んなのかは実は風の精霊パダジアの加護に寄るところが大きい。
大昔、女王が精霊と契約をむすんだことによって、この国と風の精霊パダジアの蜜月は始まったと言われる。定期的に流れる風は国土の7割といわれる森林と、鉱山で働く者の助けとなってきた。
特に鉱山内部にまで吹き込む風は鉱夫たちに新鮮な空気を与え、魔力溜まりやダンジョン化を防いできたといえる。他の国の鉱山ではこうもいかず、定期的に聖水の散布や換気を行って防止しているのだ。
「あくまで俺の憶測ですが、今パダジア精霊王国の風の加護が止まってるんじゃないでしょうか?」
「……クロノの話を総合するとそういことになる。しかし、1つだけ腑に落ちないことがある。仮に加護がなくなっているとしたら、何故王国政府は……女王陛下は対策を採らない。向こうには精霊人と呼ばれる精霊の巫女がいるのに」
エイリアさんの意見にずっと黙って聞いていた他の冒険者も同調する。それまで通夜のように静まっていたギルド内はにわかに騒がしくなってきた。
「女王陛下や精霊人ですら、どうしようもない事態に陥っている可能性が高い――ということでしょう」
精霊の加護を止めて、国にも女王にも何の益もない。あるとすれば、国外の人間か、政府しかいない。
(嫌な予感がする。……まさかこれもティフディリア帝国の陰謀とかじゃないよな)
俺を召喚し、この前までいた国の影がちらつく。実はどうやって風の精霊の加護を止めたのか皆目見当も付かないのだが、勇者――あるいはそのギフトならばあり得るかもしれない。
「しかし、せっかくクロノに大ボスを倒してもらったのに、原因が原因じゃ、しばらく閉山を継続した方がいいかもしれないね」
「いえ。逆です。すぐ再開した方がいいと思います」
「なんだって? 危なくないかい?」
「現状、鉱山で起きている現象は魔鉱の暴走です。そして原因は鉱山内に魔力溜まりができやすいことだということもわかっています。なら、魔力溜まりがないように換気と浄化を徹底すればいい。それだけで魔鉱の暴走は未然に防げるはず」
それに魔鉱を取れば取るほど、その暴走のリスクは抑えることになる。
逆に採掘を止めれば、1年も2年も閉山すれば、今度はどんな強力な魔鉱獣が生まれるかわからない。
「じゃあ、鉱山を再開できるってことか」
「はい。むしろそうした方がいいと思います」
『おおおおおおおおおおおおお!!』
集まった冒険者が俺の話を聞いて歓声を上げる。中には泣き出すドワーフの姿もあった。どうやら冒険者に交じって、元鉱夫もいるらしい。街の生活よりも、洞窟の中の方を好むドワーフにとっては、俺の話は朗報だったろう。
「あるじ……」
ミィミが俺の服の袖を引っ張る。何か悲しげな表情を見て、俺は思わずドキッとした。
「ど、どうした、ミィミ」
「あのね……」
くぎゅるるる……。
可愛く小さな腹の音が鳴る。
それを聞いて、ドッと笑いが起こった。クスクスと笑いながら、エイリアさんは俺とミィミの肩を叩く。
「よーし! しめっぽい話はここまでだ。今回はあたしのおごりだ」
すると奥から大量の料理が運ばれてくる。鼻腔を吐くいい香りに、俺のお腹も早速反応する。
「おごりって……、いいんですか?」
「ガンガン騒いでおくれ。なんせうちの旦那がやっと帰ってきたんだからね」
飲め飲めという感じでエイリアさんはジョッキいっぱいに入った麦酒を勧めてくる。
「お肉ぅぅぅうううううう!!」
ミィミも目を輝かせて、テーブルにならんだ漫画肉みたいな肉にかぶりつく。頬を目一杯膨らましながら、なんとも幸せそうだ。
そこからは歌え、騒げ、食えのどんちゃん騒ぎだ。日本では死者を静かに弔うものだが、この世界ではまったくの逆。死者となった魂はとても耳が遠いので、大きな声を上げて騒がなければいけないと考えられていた。
「うお! なんだ、この肉うめぇ!!」
ミィミが食べていた漫画肉が気になって食べてみるとめちゃくちゃうまい。
囓るとほとばしる肉汁に、軟らかくて食べ応えも抜群だ。よく熟成させてあるのか肉の旨みが、非常に舌にしみ入る。
何より麦酒にあう!!
「ぶははあああああ! うまい!!」
思えば召喚されてから、こんなに豪勢に飯を食ったのは初めてかもしれない。剣闘試合とかに祝勝会的なことがあったかもしれないが、あの時は騒ぎが広がらないうちに、早々にミィミと一緒に退散したしな。
「その肉、気に入ったのかい、クロノ」
「エイリアさん。ええ……とっても」
「そうか。そいつはマンモスボアっていう……」
「ブーッ!」
思わず吹き出した。
おいしいと思ったら魔獣の肉か!
ファンタジーにありがちではあるけれど、まさか魔獣の肉とは。
いつの間に魔獣の肉を食べるようになったんだ、この辺りでは。
聞くと、ここ500年ほどのことだそうだ。なんでも魔獣の肉のおいしさを広めた山育ちの料理人がいたらしい。なにそれ……。なんか本当に漫画みたいだな。
なんか魔獣の肉だと聞くと、少し食欲が……。
「ミィミ、あまり食べ過ぎは……」
横でがっついているミィミに言葉をかける。
しかし、堆く積んだ皿の前でマンモスボアの肉を食べていたのは、可愛い緋狼族の娘ではない。まるでマンモスボアに取り憑かれたように大きな腹をした獣人の娘だった。
「? あるじ、どうしたの? 食べないの?」
「いや、あ……あの…………?」
どちら様?
おかしいな。目の前のデ――――おっと失礼……。ふくよかな女の子から相棒の声が聞こえたような気がしたんだが、気のせいだろうか。
その女の子は最後に残ったマンモスボアの肉をペロリと食べる。ゴクッと飲むと、明らかに肉の形をした何かが喉を通り、膨らんだ胃の中に落ちていく。こんこんとお腹を叩くと、急激に膨らんだ胃が萎んでいき、そして突如ミィミが現れた。何を言っているか俺ですら理解しがたいのだが、ミィミが現れたのだ(大事なことなので以下略)。
なに、今の……。消化液が強力過ぎないか。
「あるじ、どうしたの?」
「え? あ、いや……。あ! そうだ。思い出した。ミィミと一緒に開けようと思っていたものがあるんだ」
俺は鉱山でドロップした『宝籤箱』を取り出す。壊す準備を整えていると、野次馬が集まってきた。
(何だか余興みたいになってきたな)
野次馬の視線を一身に浴びながら、俺は『宝籤箱』を叩くのだった。