第45話 ドロップアイテム
クィーンスパイダーから勝利をもぎ取った俺たちは、あちこちに落ちていたミスリルを回収し始めた。
正直、あちこち痛くて、立っているのも辛い状況ではあるのだが、甲斐あってレア素材をゲットする。
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【名前】 アダマンタイト
【レア度】 ★★★★★
【使用推奨レベル】 LV 30
【効果】ミスリルよりもさらに純硬度の魔鉱。ハイランクのマテリアルデバイスの作成時に使用
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ここでアダマンタイトが手に入れられるとはな。ロスローエン鉱山にたまった魔力は、かなり濃いことは感じていたが、まさかミスリルの上位であるアダマンタイトが自然精製されるなんて。
マテリアルデバイス作りが楽しいことになりそうだ。
「ん?」
魔獣たちが落としたのは、魔鉱だけじゃない。ミスリルハルバードを見つけたように、いくつかドロップアイテムを見つける。
中でも異彩を放っていたのは、白くて丸い球体だ。周りが魔獣の骨と同じ成分でできている謎の球体の名前は『宝籤箱』――別名『ハッピーボックス』だ。
ハッピーボックスには、魔力に秀でた魔獣の体内で超自然的に生まれるアイテムが存在する。
その中身は完全なランダムで、魔獣による傾向もない。ただこれは俺の感覚だが、ドロップした魔獣以上のレアアイテムが中身だったことはない。クィーンスパイダーの中から、いきなり魔王を倒せるほどのレアアイテムは現れないという意味だ。
「早速開けたいところだが、これは帰ってからのお楽しみだな」
近くで寝ているミィミの方を振り返る。
「痛ッ!」
突如、鼻先に何か落ちてきた。
見ると、石の破片だ。続いてきこえてきたのは、落石の音だった。壁伝いにカラカラと音がなり、段々と激しくなってきた。
「まずいな」
こちらはかなり自重して戦っていたが、クィーンスパイダーやミスリルゴーレムはお構いなしに暴れ回っていた。震動で地盤が脆くなった可能性は高い。
こうして分析している間も、あちこちで落盤や落石の音が聞こえる。濛々と砂埃が上がり、余計に視界も悪くなってきた。
「のんびりに回収してる場合じゃないな」
俺はすぐにミィミに駆け寄り、背負う。ひとまず広い空間内から脱出しようとした時、大規模な落盤が起こった。
頭上が見上げると、大きな岩が俺たちの方に向かって落ちてくるのところだった。
スゥウウウウウウンンンン!
ロスローエン鉱山から噴煙のような煙が飛び出したのは、その直後だった。
◆◇◆◇◆ エイリア ◆◇◆◇◆
クロノたちがロスローエン鉱山に向かった次の日の朝――――。
エイリアはまだイールの街の門が開く前に立っていた。
彼女は自責の念に駆られていた。
未熟な冒険者を、条件付きとはいえロスローエン鉱山に送ってしまったことをだ。
クロノたちは間違いなくエイリアとの約束を守る。しかし、鉱山は複雑で入り組んでいる。それに数ヵ月前と洞窟の状況が変わっている可能性もある。彼らが帰ってくるのが遅いのも、偶発的な事故に巻き込まれたことが考えられた。
門の前を言ったり来たりしていると、稜線に光がかかる。白々と眩い光を湛え、太陽が昇ってきた。それを確認した衛兵が、大きな門を開く。すると、門を開くのを待っていた商人や旅人が入ってきた。
少し前までは、この列が昼まで続いたものだが、今はまばらだ。20人ぐらいが通過したところで、列が途切れてしまった。
今のイールの状況を物語る朝の景色に、一抹の寂しさを覚える。同時に亭主の帰りを待った日のことを思い出してしまった。
(あの時もこう……)
おーい!
不意に声が聞こえて、エイリアは顔を上げる。眩い太陽を背負い、まるでその黒点のような黒い髪が見えた。ゆっくりと青年はこちらにやってくる。
心のどこかで覚悟していた。でも、心のどこかで生きているのではないかと思った。
亭主は戻ってこなかったが、彼らは戻ってきた。
「すみません、エイリアさん。その……じつは」
クロノは肩を落とす。
そんな彼をエイリアは背負っているミィミと一緒に抱きしめた。豊かな胸がクロノの顔面を捉えると、頬は真っ赤になっていた。
「え、エイリアさん……!!」
「何も言わなくていい。あんたたちの顔を見れば、何が起こったか察しはつくさ。よく戻った。戻ってきてれた。ありがとう」
エイリアはクロノの黒い髪を撫でながら、涙する。
「はい。すみま…………せん……」
エイリアの胸の中で、クロノはずり落ちる。そのまま地面に倒れてしまった。エイリアは慌てるが、続いて聞こえてきたのは、安らかな寝息だ。相当疲れていたのだろう、往来の真ん中で、クロノは豪快に舟をこぎ始めた。
「ムフフ……。あるじ、ステーキがいっぱい! お肉がいっぱいだよぉ。ムフフフ」
その顔の横では、ミィミも寝息を立てている。こっちはお腹が空いているらしく、夢の中でステーキを食べているようだった。
2人の寝顔を見て、エイリアはくすりと笑う。
「まったく……。幸せそうな顔だね。心配したこっちが損してるみたいじゃないか……。ん?」
ふと目に付いたのは、ミィミが背中に背負っていたミスリルハルバードだった。
◆◇◆◇◆ クロノ ◆◇◆◇◆
「はっ……」
不意に覚醒した俺は思わず飛び起きた。周りを見ると、どうやらここ数日泊まっている宿屋だった。
どうやらイールに戻ってきたようだが、イールに戻ってきて、ここまでの記憶がハッキリしない。
「最後にエイリアさんと出会って……。俺、どうやって宿屋まで帰ってきたんだ?」
「むにゃにゃにゃ……。あるじ、もうミィミのおなかにはいらないよぉ」
俺の質問に寝言で答えたのは、ミィミだった。俺以上にボロボロだったが、さすが緋狼族だ。回復も早い。擦り傷はほとんど回復して、赤くなった打ち身も引いている。絶好調にはまだほど遠いかもしれないが、日常生活を送る分には問題ない。
何より本人に食欲がある。夢でご飯を食べるぐらいだからな。
相棒が無事なのはいいとして、こうして男女が同衾しているのはまずい。それが可愛い娘ぐらいの女の子ならなおのことだ。
「ミィミ! ミィミ! おきてくれ」
「もごもご……。おいしい。あるじのソーセージおいしいよ」
寝ぼけながらミィミは俺の指を舐め始める。ゆっくりと丁寧に。ちゅぱちゅぱと音を立てながら。実に淫靡に…………って!
「違う! そういうことじゃない!」
何を想像してるんだ、俺は。
相手はまだ十代前半だぞ。現代ならまだランドセルを背負っていてもおかしくないんだぞ!!
というか、なんでソーセージなのに舐めてるんだよ。夢の中の俺は一体ミィミに何を食べさせてるんだ。
様々な葛藤に苛まれていると、突如ミィミが口を大きく開けた。俺の指を持ったままでだ。
「あーん。いただきます」
「へっ?」
ガチンッ!
指先に感じた激痛に、俺は思わず悲鳴を上げるのだった。
宿にお湯を借りて、ミィミの頭を洗っていると、宿屋の亭主が部屋に入ってきた。
ギルドマスターのエイリアさんから伝言を言付かっていたらしい。
「俺たちが目覚めたら、ギルドに来るように」とのことだった。
俺とミィミは身なりを整え、ギルドに向かう。
「あるじ、やったね。ミィミたち、とってもほめられるよ」
「お前もな、ミィミ。よくやった」
「わーい! あるじにほめられた。もっとほめて、ほめて」
よしよしと頭を撫でてやる。
小躍りするミィミだが、俺はまったく違うことを考えていた。何せエイリアさんとの約束を破った上に、鉱山を半壊させてしまった。大ボスのクィーンスパイダーを倒したからといっても、また魔力が満ちれば魔鉱の暴走が始まり、新たな魔鉱獣が生まれる可能性もある。
両手を上げて喜ぶミィミと裏腹に、俺はどんよりとした気持ちを抱えながら、ギルドの門をくぐった。
パンッ! パパンッ!!
「へっ?」
ギルドの中に入った瞬間、破裂音とともに紙テープや紙吹雪が飛んできた。
それがクラッカーだと気づくのに、たっぷり5秒かかってしまった。どうやらクラッカーまで、昔の勇者がこの世界に持ち込んだらしい。構造はさほど難しくないからな。
クラッカーそのものを知らないミィミは、耳と尻尾をピンと立てて呆けていた。
驚くといえば、ギルドの雰囲気も変わっている。閑散としていたのに、そこにはたくさんの人がいた。おそらく冒険者だろう。その奥で笑っていたのは、エイリアさんだった。
「よく来たね、あんたたち」
「エイリアさん、これは一体?」
「わからないのかい? パーティーだよ」
「パー……。え? でも、俺たち」
「あー!! ハルバン!!」
突如、ミィミが声を上げる。その指差した方には、鉱山でミスリルゴーレムからドロップしたミスリルハルバードが丁重に台に置かれていた。
持ち物にないと思ったら、エイリアさんが預かっていたらしい。
「鉱山で何があったかは今からじっくり聞くとして、まず付き合っておくれよ。うちの亭主がやっと戻ってきたんだからさ」
「え? 亭主? じゃあ、あのハルバードって」
エイリアさんの旦那さんの形見……?