第40話 ミスリルゴーレム
頭上を照らすと、天井が見えないぐらい高い。それなりの高さから落ちてきたらしい。
事実、地図を見ると、鉱山の相当深くまでやってきてしまったようだ。
「ミィミなら登れそうだが、俺じゃあこの高さは難しそうだな……」
「あるじ、だっこしてミィミが登ろうか?」
「抱っこ……」
ミィミにお姫様抱っこされて、壁を登っている自分を想像すると、少し目眩をする。
「それはちょっと……。それに壁を登ってる最中に魔獣に襲われたら一溜まりもないだろ」
「あっ。そうか。あるじ、頭いい!」
「ありがと。ともかく上にのぼる通路を探そう」
「あるじ、あっちに大きな穴があるよ」
ミィミが早速横穴を見つける。
意気揚々とその穴に近づく相棒を、俺は寸前のところで止めた。
底の深い穴に、比較的空けた空間……。そこにぽっかりとできた大きな横穴。……嫌な予感がする。
「ミィミ、止まって!」
「ほへっ?」
俺の予感は当たった。
横穴に一対の光が見える。それはどう見ても、生物の目のようだった。
続いて震動が起こる。
崖の一部が崩れ、パラパラと小片が振ってきた。
ぬっと横穴から巨体が現れる。
人の形に見えるそれは、禍々しい牙と硬いミスリルに覆われたゴーレムだった。
「大きい!!」
「ミスリルゴーレムか!!」
天井の高い時点で予感はしていた。
魔鉱を背負った幼獣がいるのだ。全身ミスリルに覆われたゴーレムがいてもなんらおかしくはない。
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【名前】 ミスリルゴーレム 【ランク】 B+
【クラス】 戦士 lv3 【スキルツリーレベル】 65
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『ぶおおおおおおおおおおおお!』
口を目一杯開けて、自分の巣穴に迷い込んだ獲物を歓迎する。そしてまるで飛びつくように俺たちの方へと走ってきた。
「あるじ! 来たよ!!」
「チャンスだ!!」
「え? チャンス??」
「俺の狙いは元々ミスリルゴーレムだ。何せあいつは大量のミスリルを持っているからな」
「おお! あるじ、頭いい!!」
「ゴーレムの動きはさほど速くない。落ち着いて戦えば、勝機はあるぞ」
「うん。わかった」
「そのためにはまずミスリルゴーレムを覆っているミスリルを破壊する」
「できるかな。ミスリルってとっても硬いでしょ?」
「できるさ。俺には優秀な相棒が付いているんだからな」
「おお! ふふん! ミィミに任せて!!」
向かってくるミスリルゴーレムに対して、ミィミは逆に距離を詰めて行く。
大きくハンマーを振りかぶり、ミスリルゴーレムに迫った。
「でやああああああああああ!!」
『ぶおおおおおおおおおおお!!』
緋狼族の娘と、ミスリルゴーレムが火花を散らす。
勝ったのはミスリルゴーレムだ。
ハンマーがミスリルゴーレムの胸板に振り下ろされた瞬間、ミィミが吹き飛ばされたのだ。そのままミィミは反対側の壁際に叩きつけられる。
「ミィミ!!」
「だい、じょうぶ!!」
ミィミは立ち上がった。
派手に吹き飛ばされたが、さほどダメージはないらしい。むしろ頭に血が上って、緋狼族の本来の正確性を取り戻したかのようだ。
「あるじ、今のは?」
「アームバッシュだな」
身体を震動させて、敵の攻撃を逆に撥ね返す攻防一体のスキルだ。
ゴーレム系は他の魔獣とも比べても、知能が低い。早々スキル攻撃なんてしないものだが……。
「ミスリルラーバといい。一筋縄ではいかないというわけか?」
「あるじ?」
「わかってる。今度は連係で行くぞ、ミィミ」
「うん!!」
俺は刀の切っ先をミスリルゴーレムに向ける。
〈号雷槍〉!
ミスリルゴーレムの動きよりも遥かに速い雷の槍が、分厚い胸板を射貫く。派手な爆発音とともに、ミスリルゴーレムはよろけた。だが、そこまでだ。ミスリルゴーレムの胸板は、まったくの無傷だった。
ミスリルゴーレムは猛る。
開いた口は笑っているようだった。
大きく足踏みすると、再び鉱山が揺れた。さらに頭上から岩や石が落ちてくる。ミスリルゴーレムにとって、どうってことないかもしれないが、俺とミィミにとっては死活問題だ。
「くそっ!! これならどうだ!」
揺れる足場の上で踏ん張りながら、俺は二の矢を放つ。
〈魔法の刃〉!
無数の白刃がミスリルゴーレムに迫る。動きの遅いミスリルゴーレムに回避という選択肢はない。ただただ硬いミスリルの鎧で受けるのみだ。
当然、着弾する。
今度はかなりよろけた。やや悲鳴じみた声を上げながら、ミスリルゴーレムは悶える。
「やはり効いたな」
ミスリルは魔法に対する耐久性が優れた鉱物だと、世間一般で思われていたが、そうではない。
厳密にいえば、魔法に通っている属性に対する耐久性が高いのだ。事実、ミスリルは火に強く、水などの腐食にも強い。故に、魔法攻撃自体の耐久性が高いのではない。むしろ逆……。魔法との親和性が高い。それは高度なマテリアルデバイスを作ることができることからも明らかだ。
「だから、無属性魔法は通る!」
先ほどの〈号雷槍〉にほぼ無傷だったが、ミスリルの鎧に綻びが生じる。
それを確認した上で、俺は〈魔法の刃〉を連射して、隙を作った。
「今だ、ミィミ!!」
「うん!!」
うちの切り込み隊長が走り出す。
大きくジャンプと同時に、身体を捻ると独楽のように回転した。
「今度は全力だよ!!」
〈フルスイング〉!!
回転に加えて、スキル〈フルスイング〉。そこに緋狼族の膂力が加わる。
全力で打ち抜いた攻撃に、ミスリルゴーレムは吹き飛ばされる。一気に壁に叩きつけられた。
「ふん!!」
先ほどのお返しということだろう。
大きなハンマーを持って、ミィミは少し得意げに鼻を鳴らす。緋色の髪を乱した彼女の背中は、もはや歴戦の冒険者のそれを思わせた。
「あるじ! やったよ!」
「ああ。さすが俺の――――ミィミ!! まだだ!!」
俺は叫ぶ。
クリティカルを食らったと思ったミスリルゴーレムが再び立ち上がったのだ。しかも自身が巻き起こした砂煙に隠れて、前面に出ていたミィミに襲いかかる。
「この!!」
幸いミスリルゴーレムの動きは鈍い。ミィミはひらりと交わすと、ミスリルゴーレムの頭に、ハンマーを食らわせた。
再び全力の攻撃を受けて、ミスリルゴーレムの頭が崩れる。だが、次の瞬間回復を始めた。
「自己回復!!」
レベルは低いようだが、間違いない。
ランクの高いゴーレムの一部が持っているスキルだが、ミスリルゴーレムが持っているなんて初めて聞いた。
(最初のアーマーバッシュといい。ここの魔鉱獣はどうなってるんだ!?)
迷っていても仕方ない。
「ミィミ、さっきの攻撃……。もう1度いけるか?」
「うん。こんどはぜったいこわす!」
ミィミにも無念はあったのだろう。
1度仕留めた獲物を、仕留め損なったどころか、反撃された。温厚なミィミが許しても、緋狼族の血が騒ぐといったところだろう。
俺は早速〈魔法の刃〉を放つ。
ミスリルゴーレムの動きを止めると、再びミィミは飛び上がった。
先ほどよりも1.5倍高く跳んだ少女は、ハンマーを大きく振り回す。
〈フルスイング〉!!
そのままゴーレムの巨体を地面に叩きつける。だが、その場からまた自己修復が始まった。
「させるか!!」
〈貪亀の呪い〉
こちらも無属性魔法だ。
状態異常は通じないと考えられているゴーレムだが、実は結構効く。実際、ゴーレムの自己修復が遅くなる。
そこに、ミィミの用意が調った。
〈狂化〉
いつも可愛い緋狼族の娘の顔が、鬼の形相に変わっていった。
「これがほんとうの全力だよ!!」
高々と振り上げたハンマーは真っ直ぐミスリルゴーレムに向かって振り下ろされた。
どぉおおおおおおぉぉおぉおぉぉおおぉおぉぉおおおお!!!!
爆発音にも似た音が鉱山奥で響くのだった。