第38話 ギルドマスターの事情
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「やったー、あるじ!!」
エイリアが倒れると、直後ミィミが俺に飛び込んできて喜びを爆発させる。エイリアにはかなり殴るなり蹴るなりされていたが、本人はいたって元気だ。この時ばかりは緋狼族の頑丈さに感謝した。
俺は赤い毛と耳を一緒に撫でる。
「ミィミもよくやった」
「わーい! あるじにほめられた! あのね。あのね。あるじの言うとおりにしたら、スキルをおぼえてね。そしたらぶわーっていろんなものが見えやすくなったんだよ」
土壇場でミィミが覚えたのは、『鷹の目』というスキルだ。名前の通り、フィールド全体を俯瞰して把握することができる。室内全体を常に監視していれば、〈シャドウステップ〉で影の中に隠れようと、ミィミの反射神経なら対応できると考えたのだ。
その予想は見事当たり、俺たちは〈シャドウステップ〉を攻略したというわけだ。
「なるほど。〈鷹の目〉か……。室内空間でそれを使われたら、さすがのあたしの〈シャドウステップ〉も形無しか」
エイリアがむくりと起き上がる。
おいおい、嘘だろ。ちゃんと顎を抜いたはずだ。少なくとも3分は昏倒していてもおかしくないはず。あの一瞬で、打点をずらしたとしか思えない。
「さすがギルドマスターか。まだやりますか?」
「いや……。あたしの負けだ。君たちの実力もよくわかったしね」
「やはり今のはテストだったのですね」
「気づいていたのか。クラスレベルは新人も同然なのに、知識、動作、対応能力はまるでベテランだな。特に黒髪の君は……」
「ま、まあ……。こちらも色々と事情があって」
というより、事情を話したところで信じてもらえないだろう。
1000年前に魔王を倒した賢者とか言われてもな……。
「最後のは隠行スキルか?」
「ええ。あなたの戦法を参考にさせてもらいました」
「人の戦術を素直にパクる切り替えの速さ……。これは完敗だな。よくやった。合格だ」
すると、エイリアは俺とミィミの肩に手を置く。さらに何か言うのかと思ったが、何故かエイリアは固まってしまった。
「エイリア……さん……」
「ところで、君たち……。袋みたいなものは持っていないかね」
「へっ?」
「今頃酔い……」
「うぇ……。ちょっ! ストップ! 待って、エイリアさん。耐えて! たえ――――」
「もう無理……。ごめん」
洞窟の底のような暗い室内に、汚い虹がかかったのだった。
◆◇◆◇◆
「あるじ、臭い……」
ミィミは鼻を摘まむ。人族と比べて匂いに敏感なミィミにとって、今ギルドに漂うすえた臭いは、さぞ不快だろう。
一応床を水拭きしたのだが、まだ臭いっている。アルコールと混じっているから仕方ない。
「すまないね。メイドみたいなことをさせて」
肝心の主犯はすっかり元気になっていた。心なしかお肌が艶々しているように見えて、正直もう少し殴っておくべきだったと、今さら後悔している。
「いや~、酒って初めて飲んだけど、あんなに気持ち悪いものだったなんてね」
「初めて飲んだんですか?」
「飲みたくもなるさ。鉱山は閉鎖され、ギルドは開店休業状態。やることといったら、酒を飲むことぐらいしかないだろう」
「だからって、酒を飲んだ後にあんなに動けます?」
「いや、だから知らんし。酔うってあんな感覚なんだな。あっはっはっはっ」
飛んだビギナードランカーがいたものだ。この年で初めて酒を飲むというのも驚きだけど、酔った状態であれほどの動きができるとは……。
この人、実は『酔拳』の才能とかあるんじゃないだろうか。
「改めてクワンドンのギルドマスターを務めるエイリア・オレバインだ。見ての通り、殺風景な場所だが、まあゆっくりしていってくれたまえ」
「クロノです」
「ミィミだよ!」
「クロノに、ミィミか。名前からしてクロノくんは異世界から来た勇者だね」
「まあ……」
「そう警戒するな。あたしは君たちを認めている。危害を加えるようなことはしないよ」
ありがとうございます、と言っていいものか。正直、第一印象があれだったから、妙に信用できないところがある。老獪という言葉もあるしな。ここは言葉半分に聞いておくのが無難だろう。
「それでエイリア……さん。俺たちは」
「鉱山にいって、ミスリルを取りたいんだろ。君たちの実力を鑑みて、特別に許可を出してあげてもいい」
「ありがとうございます」
「やったね、あるじ」
俺とミィミはハイタッチをする。
しかし、エイリアの神妙な表情は変わらなかった。
「ただし採掘できるのは、こちらが示した一定区画内までだ。……くれぐれも今回の魔鉱の暴走を調べようとしないこと」
「え? それは……」
「2ヵ月前……。魔鉱の暴走が収まらないため、ギルドで手練れを集って、鉱山の調査をさせた。結果、誰も帰ってこなかった」
「その時の冒険者のランクは?」
「Cランク以上の、クラスレベルもレベル3。1人はAランクの冒険者で、クラスレベル4も混じっていた。総勢20人だ」
かなり規模のでかい調査隊だ。
しかし、Aランクの冒険者まで混じっていて、誰も帰ってこないなんて。
「すぐに救出隊を向かわせたが、その救出隊も安否不明だ。もうあそこはあたしたちが知っている鉱山じゃない。高難度ダンジョンだからな」
「わかりました。エイリアさんの指示に従います」
エイリアさんの言うことは至極真っ当なことだ。Aランクの冒険者すら帰ってこない魔窟。今の俺たちが挑むのはさすがにリスクがありすぎる。
洞窟内となれば、頼みの【隕石落とし】も使えないし、【緊急離脱】は残念ながら1人用だ。ミィミを置いて、俺だけ街まで戻るわけにはいかない。
それにエイリアさんほどの使い手が慎重になっている。長いものには巻かれろではないが、大人しく従うのが得策だろう。
「ふふ……」
「どうしました、エイリアさん」
「いや、素直だなと思ってな。若い冒険者ほど、勇猛を気取りたくなるものだが」
「ギルドマスターの指示です。当然、従います。それに命あっての物種ですから」
「うむ。では、これを持っていきたまえ」
エイリアさんは胸元から何やらアイテムを取り出す。
ちょうどスマホぐらいの大きさで、硝子の結晶化と思いきやミスリルでできていた。
「あたしが設計・開発に携わったマテリアルデバイスだ。軽く魔力を込めてみたまえ」
指示通りにすると、マテリアルデバイスが光る。出てきたのは……。
「地図か!」
ミスリルの結晶から地図が浮かび上がる。しかもただ地図が映し出されるだけじゃない。スマホのようにフリックすると、移動、あるいは拡大縮小することができる。操作性はまさしくスマホの地図アプリだ。
「これ……。エイリアさんが作ったんですか?」
「正確にはあたしの夫との合作だよ」
「夫って……。まさか!」
「そう。クロノくんと同じく勇者だった」
「だった? 旦那さんは……」
つい口に出て尋ねると、エイリアさんは瞼を伏せて、首を振った。
「2ヵ月前にね」
その言葉を聞いて、俺はすべてを察した。おそらく鉱山の調査隊か救出隊に、旦那さんが参加していたのだろう。そしてまだ戻ってこない……。
たぶん、いの一番に鉱山に行きたいのはエイリアさんだろう。だけど、ギルドマスターの立場として抑えている。同時に経験からもうわかっているのだ。
もう旦那さんの命はもう……。
「マテリアルデバイスには、今のところ安全な場所を記しておいた。といっても、強力な魔獣は出るがね。ま、あんたたちの腕なら問題ないはずだ」
「心遣いありがとうございます」
「それと余計なことを言っちまったが、くれぐれも英雄ぶるんじゃないよ。あたしが望むのは、旦那の形見でも骸でもない。これ以上犠牲者を増やさないことなんだからね」
「はい……。わかりました」
俺はエイリアさんからもらったマテリアルデバイスを手に、十分な用意をした後、鉱山へと向かったのだった。
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