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第3話 賢者覚醒

 冒険者としての初陣は、ゴブリン退治に決まった。

 帝都北の森に棲みついたゴブリンを掃討するという、初心者向きのクエストだ。

 報酬は安いが、達成すればしばらく『勇者の墓場』から出ていかなくてすむ。

 管理人の話では、冒険者はハイリスクな分、リターンも大きいらしい。異世界で一発逆転を狙いたい俺としては、打ってつけというわけだ。


 帝宮を中心に広がる帝都を出て、もらった地図を頼りに件の森にたどり着く。

 森の中は黒い霧のようなものに覆われていた。瘴気というものらしい。

 説明してもらったギルドの受付嬢曰く、この世界の空気の中には『魔素』が含まれている。この世界の人間は魔素を吸うことによって、俺が魔法と呼んでいた『スキル』というものが使えるようになるらしい。ちなみにその上位スキルといえるのは、異世界から召喚された勇者だけが使える『ギフト』なのだそうだ。


 しかし、魔素の恩恵を受けるのは何も人間だけじゃない。魔素は動物、植物、果ては土地の神にすら影響を与えるという。特に濃い魔素の溜まりのことを瘴気といい、その力は時に空間そのものを歪ませて、迷宮を作り出す。それをダンジョンとこの世界では言うそうだ。


 時間が経てば自然に消えるらしいが、ダンジョンは魔物を生み出す。

 冒険者たちは日々、そうした魔物たちを討伐し、その報酬やドロップする魔獣の素材などを売って、日銭を稼いでいるのだという。


「いた」


 獣道すらない森の中を進むことおよそ一時間。ついに俺は件のゴブリンを見つけた。

 小男で頭が異様にでかく、耳も長い。瘴気でよく見えないが、ギルドで聞いた特徴と一致する。

 ゴブリンは耳が利くと聞いたが、向こうはまだ俺に気づいていないらしい。おそらく近くに沢があるおかげで、俺の足音が聞き取りづらくなっているのだろう。


 相手は一匹。周囲を窺ったが、仲間の姿はない。チャンスだ。

 俺は茂みに隠れながら、ゆっくりとゴブリンの背後に回る。すると手が見えた。木で作った粗末な棍棒を握っている。……あれに当たったらどうなる? 骨ぐらい折れるだろうか。


 大きく深呼吸し、ざらついた柄を強く握りしめた。

 茂みから顔を出して、ゴブリンの位置を最終確認する。


(いくぞ!)


 俺はゆっくりと茂みから出ると、剣を大きく上段に構えた。


 パキッ!


 枯れ木を踏んでしまった。

 ゴブリンは振り返る。そのまま振り下ろせばいいものの、俺は一瞬ビビってしまった。

 前に出した足を後ろに引く。すると、枯れ草に足を取られ、転倒した。


「しまった!」


 いつか感じた死の恐怖が蘇り、一瞬で俺の身体を支配した。


『自分のことは自分の力で解決しろ』


 ふとミツムネの顔が浮かんだ時、カッと頭が沸騰する。闘士が蘇り、それまで動かなかった身体が嘘みたいに動き始める。今一度、持っていた剣を握りしめ、がむしゃらに突き出す。すると、思いの外強い感触があった。

 恐る恐る顔を上げる。ゴブリンの胸に俺の剣が刺さっていた。


『ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』


 ゴブリンはそのまま手から棍棒を取り落とす。俺が剣を抜くと、そのまま横に倒れた。

 ピクリともしないと思ったら、肉体は消滅し、小さな石だけになる。

 拾い上げてみると、黒光りした宝石だった。


「ギルドで説明を聞いた魔石だな」


 ギルドに持ち込むとお金になるらしい。当然、拾って回収しておく。

 小さなポシェットの中に入れると、俺は尻餅を付いた。ホッとしたら身体の力が抜けたのだ。

 手を見ると震えている。ゴブリンを刺したあの感触が残っていた。


(やった! 俺、クエストをクリアしたんだ)


 喜びに打ち震える。今日の戦いはもはや博打みたいなものだ。運の勝利と言っていい。

 だけど俺は人生の博打に打ち勝った。やれる。……これでやり直せる。


 ドゥン……。


 突如、森に重たい音が響く。胃の底まで震える音に、初勝利の喜びは霧散した。

 再び剣を構え、足音の方向を探るが、木に反響して判別がつかない。

 その時、木々が倒れる音がした。その隙間から大きな足が見える。

 恐る恐る顔を上げた時、一つ目の化け物が俺を睨んでいた。


「あれは……。もしかしてトロルか」


 ギルドではこう説明された。ダンジョン化した地形には必ずといって、ボスキャラがいると。

 この森で確認されているボスは、トロル。一つ目の巨人で発見した場合、即刻逃げろと。

 俺は素直に背を向けて逃げ出した。会ってみてわかった。あんな化け物に勝てるわけがない。


 だが、絶望は続く。

 別方向からも同じ音がしたのだ。

 むろん、それは同じトロルだった。


「夢でも見てるのか。二匹どころか、五匹もいるじゃないか」


 トロルは五匹もいた。俺を包囲するように近づいてくる。いや、俺と目が合うなり走り始めた。


「しかし、どうしてトロルが……」


 一つ心当たりがあるとすれば、ゴブリンの断末魔だ。

 俺が中途半端に攻撃したばっかりに、仲間を呼ぶ余力を与えてしまったのだ。

 そして俺は向かってきたトロルに為す術なく跳ねられた。



 ◆◇◆◇◆  そして冒頭に至る……  ◆◇◆◇◆



 トロルに跳ねられながら、俺はそれまでの経緯を思い出す。

 つまり走馬灯というヤツだろう。なに一ついいことのない、短い異世界生活だった。


 結局、俺は勇者になれず、ハズレ勇者が関の山らしい。

 別にヒーロー願望があったわけじゃない。ただ今の自分から変わることができれば、何者でも良かったのだ。ついに俺は死ぬ。もうそれでいいのかもしれない。


 身体がバラバラになりそうな痛みが襲う。

 衝撃が頭を貫通し、脳が頭蓋の中でシャッフルされる。

 また死を覚悟した瞬間、空間が広がったような妙な意識が生まれた。

 トロルに囲まれ、黒い瘴気が立ちこめる森が一変し、どこかの建物に俺は立っていた。


(城……)


 崩れた居城……。その中で激しく鍔迫り合いをしていたのは、二人の強者だ。

 目で追えないスピードで動き回り、互いの攻撃をブロックした瞬間、暴風が吹き荒れる。

 一人は人間。もう一人は背中に禍々しい翼を伸ばし、頭から角を生やした異形の悪魔。

 二人の戦いは、もはや神と悪魔のそれを思わせた。


 俺はただただその戦いを、目に焼き付けながらも、一つのことを理解していた。


「あの人間……。あれは俺だ」


 直後、目の前が真っ白になる。

 浮かんできたのは、文字だ。


『前世の記憶を思い出したことを確認しました』


『『おもいだす』レベル1になりました。スキルツリーが解除されます』


『[魔法効果][知識][魔法]を獲得しました』


『[魔法効果]レベル1になりました。魔法の効果が3%上昇します』


『[知識]レベル1になりました。〈賢者の記憶〉を獲得しました』


『[魔法]レベル1になりました。〈魔法の刃〉を獲得しました』


『〈賢者の記憶〉の実績が解除されました』


『クラス【大賢者】を獲得。【大賢者】の固有スキルの獲得に成功しました』


『固有スキル【メテオラ隕石落とし】を獲得しました』


『固有スキル【エマージェンシー緊急離脱】を獲得しました』


『呼吸、脈拍の乱れから危機状態にあると判断。また周囲に敵性反応を確認しました』


『固有スキル【メテオラ隕石落とし】の発動条件を満たしています』


『発動しますか? Y/N』


 俺は迷わなかった。もはやその時間も、状況を理解している暇などなかったからだ。

 そうして俺は選択した。


「YES!」


『広域殲滅魔法【メテオラ隕石落とし】の発動が承認されました。カウント開始します。3、2、1』



 ゼロ発動……。



 赤い剣閃のようなものが、空を大きく横切っていった。

 続いて聞こえてきたのは轟音だ。それを聞いて、寒々しい風を感じた魔獣たちが空を見上げる。

 天が光っていた。それは星の瞬きのように見えたが、輝きが違う。

 どれも赤く光り輝き、星と言うよりは花火の明るさに近い。


 しかし、徐々にその光の大きさは度を超えていった。

 トロルたちが騒ぎ出す。本能的に危機を察したのだろう。持っていた棍棒を放り投げ、再び森の奥へと逃げていく。


 もう遅い。

 広域殲滅魔法は完全に起動した。

 あとは十キロ範囲にあるものすべてを根絶やしにするだけだ。


 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ!!!!


 巨大な隕石がまさしく雨あられと大地に降り注ぐ。

 トロルは口を開けて吠えたが、轟音と隕石の衝撃の中に消えていった。


おかげさまで、異世界転移ジャンルで34位まできました。

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