第36話 マテリアルデバイス
☆★☆★ 6月14日 書籍第1巻発売 ☆★☆★
「ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者〜現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する〜」第1巻がサーガフォレスト様より発売されます。
イラストレーターは「チート薬師のスローライフ」の松うに先生です。
ヒロインがめっちゃかわいいので、ご予約お願いします。
「助かったよ。あんたたち、強いんだなあ」
森にまで逃げていた馬を連れ戻し、乗合馬車は再び動き出した。
先ほどまでの激戦が嘘のように辺りは静まっており、牧歌的な光景を広がっている。乗合馬車はそんな光景に挟まれながら、轍が続く街道を進んだ。
「それに比べて、雇った護衛どもと来たら……」
雇い主の御者はため息を吐く。
乗合馬車にはこんな時に雇った冒険者がいたのだが、コドモドラゴンの姿を見た途端、いの一番に逃げ出してしまった。
馬車の中では、武器や防具を纏った俺やミィミの姿を見て散々こき下ろしていたのだが、見た目に反して肝心な時に役に立たなかったのは、向こうらしい。
事が終わった後、ひょっこり護衛たちは帰ってきたのだが、その前に怒った御者が馬車を進めて置いてきてしまった。
命あっての物種というのはわかるが、金をもらっておいて依頼主の安全も何も守らずに逃げたのは、さすがに擁護できない。
あの辺りは人間よりも魔物の方が多いだろうが、コドモドラゴンの臭いが残るうちは誰も近づかないだろう。運良ければ、次に走ってくる乗合馬車に乗れるはずだ。
「あるじ、ミィミたちはこれからどこへいくの?」
「ん? あ。そうだな。次の街に入る前に、これからの方針を共有しておこうか」
俺はメルエスを起つ前に揃えておいた地図を広げる。
「今、俺たちが向かっているのは、パダジア精霊王国の玄関口クワンドンだ。ここで武器と防具を揃える」
「え? でも、ミィミにはアンジェの防具とあるじが作ってくれた武器があるよ」
ミィミはナックルガードを装備すると、その場で軽くシャドーをしてみせる。
しかし、そのナックルガードだが、すでにボロボロだ。コドモドラゴンが相手なら、あと2、3回が限度だろう。原因はやはりミィミの膂力に、武器がついていっていないのだ。
ちなみにアンジェというのは、アンジェリカ・プラントンという小さなドワーフのことで、合法ロ――じゃなかった、腕の立つメリエス郊外に住む徒士のことだ。
俺が持っている刀も、アンジェに鎚ってもらった。
「前にもいったけど、ミィミの基礎能力に武器が合ってないんだ。それに【獣戦士】のようなレアクラスのクラスアップアイテムは、なかなか手に入りにくい」
「ええ! それじゃあ、ミィミ。これ以上つよくなれない?」
「その可能性はある。だからこそ、武器をいいものにする。具体的には武器をマテリアルデバイスにしようと思う」
「まてりあるでばいす?」
ざっくり言えば、武器に『成長』を持たせる工程だ。使い手の使い方によって、武器もまたレベルアップし、最終的には聖剣や魔剣といった類いに成長していく――そういった武器防具を、マテリアルデバイスという。
高い性能を持つ武器は知能を持ち、使い手と対話しながら一緒に成長していく。それは究極系だが、稀にそういうマテリアルデバイスが生まれる。
残念ながらかつて俺が振るっていた武器がそこまで昇華することはなかったが、仲間の1人の武器は完全に人とのコミュニケーションを体得し、使い手と一体となって戦っていた。
まあ、そこまで望まなくとも、マテリアルデバイスは強力な武器になることは間違いない。
「じゃあ、ミィミとこの武器がおしゃべりできるってこと」
ミィミは尻尾を振って、目を輝かせる。まだまだ子どものミィミにとっては、普段自分が身に着けているものと会話できるのは楽しいことなのだろう。
ちなみに俺が知っている知能を持つ武器の所持者は、しょっちゅう武器と喧嘩していた。あれで戦闘では息の合った連携を見せるのだから、実に不思議だ。
「マテリアルデバイスには、ミスリルという魔鉱が必要になる。ちなみにこの先にあるクワンドンでは、良質なミスリルが採れて、優秀なドワーフの鍛冶師が多数在籍しているそうだ」
「おお! ミィミ、さらにつよくなっちゃう!」
ミィミはまたシュッシュッとシャドーをしてみせる。
「それであるじ、その後はどうするの?」
「さらに北上して、パウンモディアに向かう」
「パウンモディア!!」
大きな声を上げたのは、ミィミではなく、馬車を引いていた御者だ。その声に馬が驚き、立ち止まる。急停車したことで、ミィミが思わずスッ転んでしまった。
対して御者は青白い顔をしながら、まくし立てた。
「旦那、あんな危険なところに行くんですか? あそこは強力な魔獣の巣窟ですよ。なんでも魔族も目撃されてるとかで」
「あそこはまだそんな状態なのか。魔王が倒されて、もう1000年以上も経つのに」
なら余計に行かないとな。
俺にはまだ思い出していないことがある。1000年前、魔王との戦いで何が起こったのか。そしてどうして今のような世界になったかだ。
それを紐解くピースの1つが俺のギフト『おもいだす』だ。このレベルを上げて、すべてを思い出せるかはわからないが、今は手がかりはない。
そのために強くなる。
その後にゆっくりするのか、世界を巻き込む戦争に参加するのか、ラーラの力になるか、見極めればいい。
◆◇◆◇◆ クワンドン ◆◇◆◇◆
クワンドンに到着した。
長旅だったから、お尻がゴワゴワだ。
1度腰を伸ばすも、広がっていた光景に思わず絶句した。
クワンドンはパダジア精霊王国の玄関口だ。
近くには良質なミスリルや、その他鉱物が取れ、鉱夫や売り買いする商人でごった返していると聞いた。
小さなパダジア精霊王国では数少ない中核都市とも訊いていたから、さぞかし賑わっているかと思ったのだが、やたら街は殺伐としていた。
戸はしっかりと閉められ、街行く人のまばらだ。新鮮な野菜を売りに来た行商人の横を人々は足早に歩いて行く。ただただ威勢のいいかけ声だけが、響いていた。
「へっくし! なんかへんなにおいがする~」
横でミィミがくしゃみをすると、不満を漏らした。確かに空気が悪い。パダジア精霊王国の国土は、ほとんど森に覆われている。この辺りはそうでもないが、街に滞留した鍛冶場から出る臭いを風が散らしてくれるため、さほど気にならないはず。
(街が荒れているのと、何か関係あるのか)
俺はその辺にいた行商人に事情を訊いた。
「魔鉱の暴走……?」
ミスリルに代表される魔鉱は、魔力が結晶化したもので、そのものにも強力な魔力を秘めている。
この世界に満ちる魔力が風や地場の影響によって、強力な魔獣を生み出すダンジョンになるように、魔鉱も周囲の空気に含まれる魔力と反応して、大きく暴走することがあるのだ。
魔鉱の暴走は、普通に形成されるダンジョンと違って、強力な魔獣が生まれやすい。
下手をすれば、Aランクの冒険者でも死ぬことはあり得る。
たいていの場合一時的な現象なのだが……。
「もう3ヵ月だよ。鉱夫は仕事にならんと出稼ぎにいって、鍛冶屋も店を閉めたまま。護衛の冒険者も他の街に移っちまった」
「どうりで人がいないわけだ……」
「仕事か、武器の新調かは知らないが、残念だったな、兄ちゃん。他の街を当たりな」
そう言って、行商人自身もそそくさと荷物をまとめると、南へと向かう乗合馬車に乗り込んでいった。
弱ったな。
まさかマテリアルデバイスを作ってもらうどころか、ミスリルが採れる鉱山まで閉鎖されては、もはや強くなるどころではない。
「あるじ、どうする?」
行商人から買ったやや割高な林檎を囓りながら、ミィミは質問する。
「気になることがある。一旦街のギルドに行ってみるか」
先ほども言ったが、一過性のものであることが多い、魔鉱の暴走が3ヵ月も続くなんておかしい。
原因は鉱山の地形か、あるいは鉱山に魔力を引き寄せる強力な魔導具、遺物が存在するか否かだ。
詳しい話を聞くため、俺はミィミを伴って、ギルドに向かった。
鍛冶場はおろか、店の大半がしまっていたが、現代でいう職業斡旋所であるギルドは開いていた。といっても、中はがらんとしている。ほぼ開店休業状態らしい。
「すみません。誰かいませんか?」
冒険者がいないのは予測できたが、受付嬢すら座っていない。いよいよ開店しているかどうか怪しくなってきたが、不意にキツい酒の匂いが鼻を突いた。
「あるじ」
ミィミに袖を引っ張られ、振り返る。壁際の席に女がいた。机に脚を投げ出し、大きく背もたれにもたれかかっている。およそ行儀がいいとは思えない。
「あんた、冒険者か。それともギルドの関係者か?」
「冒険者? 関係者? 昼間っから酒を飲んでるような女が、そんな風に見えるかい?」
(メルエスには割と日常的にいたんだがな……)
「あんたら、ここには何の用だい?」
「魔鉱の暴走と、今の鉱山の状況を知りたい。ミスリルが欲しいんだ。武器をマテリアルデバイスにしてもらいたくてね」
「やめときな」
「どうしてもというなら……」
「あんたたちが死ぬだけさ」
「ミィミとあるじは強いんだよ」
「わかるさ。それなりの死線をくぐり抜けてる冒険者なんだろ、あんたたち。だけど、クラスレベルが低すぎる。あんたはクラスレベルが1……。そっちは2かな?」
「[鑑定]か……」
人の一部の能力を見ることができるスキルは存在する。[鑑定]はその1つだ。
「そんなスキルなんてなくても、なんとなくわかるのさ。これでもギルドマスターだからね」
「クワンドンのギルマス……」
女は酒瓶を引っかけて、おもむろに立ち上がる。
エルフだ。
くすんだ金髪に、充血した青い瞳。肌は白く、細身、何より俺と同じぐらいの身長で、すらりと手足が長かった。
エルフは長寿なため、老いるのが遅く、若い姿の期間が人間よりも長い。そのため正確な年まで類推できないが、見た目は40前後の妙齢の女性だった。
「あたしはエイリア・オレバイン。鉱山に行きたいなら、あたしを倒してからにするんだね」
エイリアは薄く微笑むのだった。
☆★☆★ 6月新刊 ☆★☆★
6月25日発売!!
「魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~」1巻
レーベルはブレイブ文庫!!
イラストレーターはふつー先生です。
回復魔術を極めたい魔王様は、聖女に転生し、聖女の訓練校で大暴れをするお話になります。こちらもご予約お願いします。